第13話『夢へ』



 全ての点と点が繋がった気がした。


 原田はらだの過去。

 “ドッペルゲンガー”。

 影人の不可解な行動。

 待ち合わせ時間の遅れに至るまで。


 いままで何とか堪え、ギリギリの所で踏みとどまれていた意思が……。


 心が……、折れた気がした。


「分かっただろ。

 お前があの燕尾服えんびふくの男と交わした取引は、全て無駄だったってことが。


 『原田一喜はらだかずき』という人間に助ける価値なんてなかった。

 お前は無駄に自分の影を失っただけ。

 

 でも、良かったじゃねえか。

 『原田一喜』は記憶を失った。

 お前がこれからも会おうとしない限り、もう二度と会うことも無い。

 

 この一件でお前も十分に理解したはずだ。

 無暗に人を救うものじゃない。救えるものでもないと。


 これに懲りたら、金輪際“人助け”なんてしないことだな。

 『原田一喜』も、“影狩り”も、影人も、燕尾服の男やその“力”も全て忘れて、元の日常へ帰れ。

 お前にはそれが出来る。

 “選択”で日常へ帰りたいと願うだけでいい。

 ……何を迷う必要がある?」

 

 一ノ瀬いちのせの言い分。

 それは、間違っていないのだろう。

 真城ましろが日常へと戻るチャンスは、この機会しかない。

 今現在、真城が置かれている状況、“選択”を先延ばし出来ている現状さえ、九条蘭くじょうらんの優しさに他ならない。

 

 全てを忘れ、原田という人間のことさえ忘れて、ただ平和に。

 どこにでもある、ありふれた日常へと帰還する。

 多少の制約はかかるものの、そこさえ目を瞑れば問題ない。

 

 影人と戦ってみて分かった。

 非日常。

 命のやり取り。

 一歩間違えば、死んでしまうような世界。


 誰が好き好んで、そんな場所に行きたがる?

 頭のネジが外れたキチガイ? 或いは戦闘狂か?


 はたまた、影人に強い恨みを抱く者……。

 友人、両親、恋人達を殺された復讐者ぐらいのものだろう。


 真城にはそれが無い。

 影人に襲われた原田でさえ、“生きている”のだから。




 ――だが、


(……ははっ)


 “それ以外の理由”なら、……真城も影人に持ち合わせている。


 不敵な笑みがこぼれる。

 この一件を通して真城が壊れ、歪んだのか。

 或いは元から壊れ、歪んでいたのか。

 少なくともそれは、真城に訪れた“転機”であったことだろう。


 

 一ノ瀬の言う様に、原田を助けたのは失敗だったのかもしれない。

 助ける価値が無かったのかもしれない。

 でも。

 だけど。

 助ける意味はあった。


 真城の“夢”。……それは“人を助けること”。

 それが“親友”であろうが無かろうが、真城には関係ない。

 “救うことに意味がある”。

 だからこそ、原田を助けたこと、救ったことに後悔なんてしてない。

 むしろ、誇りにさえ思っている。


 原田が真城に切っ掛けをくれた。

 医者になりたいと願うもかなわず、それでも尚追い求めた『人を救う為の方法』。


 医者ではなかった。

 介護士でもなかった。

 ボランティアでもなかった。


 散々遠回りし、右往左往して見つけられなかったもの。

 手に入れられなかったもの。


 それが今、真城の手の中にある。

 影人によって操られ、救うことの出来ない者達を救う手立て。

 この“力”さえあれば、真城は、真城にしかできない方法で“人助け”をすることが出来る。

 他に代わりのいない、この世界で真城ただ一人が。


 燕尾服の男、“灰”も、一ノ瀬さえも言っていたではないか。

 現在“影に取り込まれた人間を救う方法はない”らしい。……と。

 唯一の例外が、真城の宿した“力”だとか。


 真城の考えが確かなら、この“力”は“影狩り”にとってこれ以上ない代物であるはずだ。

 “影狩り”が影人と戦う為に設立された組織であり、人々を助けることを目的としているのなら、より多くの人々の救済を望んでいるはずだ。

 影に取り込まれてしまった人々さえ救う方法。

 それは“影狩り”が欲している“力”ではなかろうか?


(これじゃ、俺も原田を悪く言えないな……)


 原田が真城を馬鹿にしていたこと、見下していたこと。

 勉学の為の糧としてきた事実。


 今度は原田がその糧となる番だ。

 真城の“人助け”。その最初の一人として。

 “夢”へと向かい、歩み進もうとする、真城晴輝の糧として……。




「……あぁ、そうだな。決めたよ。


 ――俺は、“影狩り”に入る」


「……何?」


 覚悟を決めた真城の声が病室に響く。

 次いで怒気を孕んだ一ノ瀬の声が響く。


「……いったい、何に入るって?」


 もう一度確かめるように、一ノ瀬は問う。

 その瞳は真城が、もう一度『“影狩り”に入る』といった戯言を許さないと訴える。


 ゾクリと、真城の背筋が凍る。

 真城は、それが一ノ瀬の放つ“殺気”であるとは気づかない。

 しかし、一ノ瀬の抱いている感情が真城にとって良くないものだとは分かる。


 それは、今までの一ノ瀬の行動からも察していたこと。

 元々、一ノ瀬は真城が“影狩り”へと加入することを嫌がっているふしがあった。

 原田が目を覚ます前にも一度、一ノ瀬から釘を刺されている。

 未だにその理由は分からないが、それは今後真城が“影狩り”としてやっていく為にも避けては通れない道である。

 

 直接聞くしかあるない。

 例えそれが真城にとって到底理解の及ばないものであったとしても。



「…あんたは、俺に“影狩り”へ入って欲しくないみたいだな」


「……っ!?」


 一ノ瀬が息をのむのが分かった。

 場の空気が一転する。


「あんた言ってたよな。

 俺のこの“力”は進行した影人の“フェイズ”を巻き戻す効果があるって。

 それはあんた達“影狩り”にとっても得な話じゃないか。

 ……にもかかわらず、俺を“影狩り”に入れたくない理由はなんだ?」


「…………」


 真城は一ノ瀬へと疑問をぶつける。

 それは真城の“力”の使い方。可能性。

 それが真城にのみ許されたものであっても“影狩り”が望む“力”であるはずなのだから。


 押し黙る一ノ瀬へ向け、真城は更に言葉を続ける。

 もし“そう”であるならば、考えうる答えは限られてくる。


「……燕尾服の男に関係あるのか?

 俺のこの“力”が、燕尾服の男から貰ったものだからか?」


 燕尾服の男。

 一ノ瀬があまり良い印象を持ち合わせていないであろう人物。


 真城が今まで仕入れた情報で、未だに判明していないもの。

 それは一ノ瀬達“影狩り”がどうやって影人と戦えているのか、という点だ。

 真城が初め、一ノ瀬に助けられた際、或いは“黒鉄くろがね”と言われる影人と戦闘していた際。

 一ノ瀬は鉄パイプを鈍器として振り回し、戦っていた。


 原田の影人が放った黒いモヤ。

 “黒鉄”が放ったであろう大小様々な黒い球体。

 それら全てを鉄パイプ一つで撃ち落としてした。

 驚異的な身体能力もさることながら、武器としていたのは何の変哲もない鉄パイプでだ。

 初めはそれが一ノ瀬の持つ、影人に対抗しうる“力”であり、真城と同様に燕尾服の男から貰ったものだとも考えた。

 しかし一ノ瀬、九条蘭でさえも自身の影はしっかり持っているようだった。

 それは最初、病室で目を覚まし、色々と話を聞いた際にも確認済み。


 燕尾服の男から“力”を貰ったのなら、その対価は影であるはず。

 勿論、対価に影を払ったのは真城のみで、一ノ瀬や九条蘭は別の対価を払った可能性もある。

 しかし、現在の一ノ瀬の状態、態度に加え、燕尾服の男との接点を持つ真城を“影狩り”へ入れたくないという意思から推測するに、真城の持つ“力”と一ノ瀬の持つ“力”では入手方法が異なる可能性が高い。

 


 ……いや、それよりも、

 

「原田の過去を教えたのも、俺を絶望でもさせ、“影狩り”へ入ろうとする意思を摘む為。

 『原田は俺の親友じゃない』、『助ける価値の無い奴だ』ってな。


 ……間違ってるか?」


「……ッチ」


 一ノ瀬の舌打ちが聞こえた。

 頭を片手でガリガリと掻くと、一つ大きな溜息をした後、忌々し気に真城を睨みつける。

 どうやら図星らしい。


 心をへし折り、再起不能にするはずが、逆に焚きつける結果になろうとは一ノ瀬も思っていなかったのだろう。


「穏便に済ますはずだったんだがなぁ……」


 一ノ瀬の目が座る。

 構えた右手をポキポキと鳴らす。


 真城は、一ノ瀬が戦闘態勢にはいったのだと理解する。



「……っ!?」


 まさかの事態。

 先程真城が感じ取れなかった“殺気”とは比べ物にならない程の気。

 一ノ瀬の放つそれを肌で感じ、身体が震え上がる。


「安心しろ。殺しはしない。

 お前の記憶を飛ばすだけ……、お前は“影”が無いから上手くいくか分からねぇし、加減も分からんが、……まぁ、いい。

 幸いにもここは病院だ。死にはしないだろ」


 一歩。

 一ノ瀬は歩みを進める。


 真城は後退ることもかなわず、その場で立ち尽くすことしか出来ない。

 一ノ瀬の歩み、その一歩一歩だけで寿命をゴリゴリと削られているような感覚。


 その中で真城は、一ノ瀬の身体を纏う黒いモヤを捉える。


「……っこれは」


 真城にも見覚えのあるもの。

 

 それは、一ノ瀬の足元。

 うねうねと揺らめく、一ノ瀬の影が変化し、身体を薄くコーティングするように覆っていくモヤであった。


 次いで、次第に一ノ瀬の右拳へと収束し――、


「――眠れ」


 真城は既に一ノ瀬の攻撃圏内。

 振り下ろされる拳。



 真城の脳裏を伝う“死の感覚”。


「う、うああああああああああああああああああああああああ」


 直観。本能。

 真城はとっさの判断で右手の“力”を発動し、一ノ瀬の拳を受けに行く。

 抵抗しなければ、という一心で。


 真城の右手。

 一ノ瀬の拳。


 互いにぶつかり合う寸前、一ノ瀬の拳の角度が微妙に修正され、真城の“力”を躱しながらも一直線に自身の顔面へと突き進む拳を、真城は目撃する。

 原田の影人との決戦時。

 排水の陣という極限状態で体験したのと同様、スローモーションの世界の中で。


(――あ、死)




『――そこまでです!!』




 刹那。

 病室に女性の声が木霊した。



「「――っ!?」」



……


…… ……



 真城の眼前。

 顔面へと向けられた一ノ瀬の拳は、しかし真城へと直撃することなく制止していた。


「はぁー……、はぁー……」


 膝をガクリと折り、崩れるように尻餅を付く真城。

 その身体からは滝のような汗を流し、肩で息をする。


 まるで生きた心地がしない。


「いつから聞いていた……?」


 一ノ瀬が虚空へとつぶやく。


『最初から。私が出て行って以降、室内での会話は全て聞かせて頂きました』

 

 どこからともなく聞こえてくる女性の声。

 その正体は、九条蘭であった。


『一ノ瀬さんが真城さんと接触して以降、様子かおかしかったので色々探っていたんですよ……。

 

 誠に勝手ながら、この部屋に通信機を仕掛けさせて頂きました。

 一ノ瀬さんでも気づけなかったというのなら、この最新型は折り紙付きということですね』


 通信機の向こう側で、九条蘭が微かにほほ笑んでいるのが分かる。

 してやったり。ということなのだろう。

 一ノ瀬もそれを感じたのか露骨に舌打ちをする。

 

『勝手に持ち場を離れるだけならいざ知らず、今回は少し目に余りますよ。

 “影狩り”のデータバンクからは何やら「原田一喜」の情報を集めていたようですし、“フェイズ2”で処理したと言うにもかかわらず、「原田一喜」をエリアBへ入れたりと。

 怪しむな、という方が無理というものです。

 それでも私なら干渉してこないだろうと、踏んでいたんでしょうが……。


 能力使用での一般人への危害となると、流石の私も黙っていられませんよ?』


 ハァ。と溜息をつく一ノ瀬は両手をひらひらと肩の辺りまで上げると降参の意を示す。

 もう何もしない。ということなのだろう。

 その行為自体、通信機を通してのみ物事を把握している九条蘭にはわからないものだ。

 一ノ瀬もどちらかと言えば九条蘭ではなく真城に対しての意思が大きいだろう。

 しかし、通信機からも、“もうしない”という場の空気が伝わったのか、ふぅ、と溜息が聞こえた。


『もうじき到着しますので、諸々の事情くらいは説明してもらいますよ。

 一ノ瀬さん達の言う“燕尾服の男”の件や、真城さんの持つ“力”についても』


 「はいはい」と了承を告げる一ノ瀬。

 その顔に、動揺は見れない。


 この事態すら読んでいたのか、或いは九条蘭なら問題も少ないのか、言いくるめやすいのか。

 九条蘭が到着する数分間。

 一ノ瀬は無言のまま、立ち尽くしていた。



~   ~   ~   ~   ~  



「……なるほど、そういうことでしたか」


 程なく九条蘭が到着し、今まで経緯含め今回の一件、燕尾服の男や真城の貰った“力”の詳細までを大まかに説明した。

 その上で、九条蘭の放った第一声がそれである。


 時刻は既に0時を過ぎていた。

 正直、こんな時間になるとは思ってもいなかった。

 何より一度、真城を労わってもらい「今日はもう遅い」という理由で話を切り上げて貰っていたにもかかわらず、再び呼び寄せてしまい申し訳なく思う。

 彼女自身、確かにこの部屋に仕掛けた通信機から盗聴を行っていたものの、何もそれしかやっていなかったわけでもあるまい。

 元々、彼女が一旦別れたのも、今日の一件のレポートを仕上げる為だと言っていた。


 話を聞き終えて以降、「うーん」と目頭を押さえ考え込んでいた九条蘭も、大まかにだが内容の整理が追いついたのだろう。


「とりあえず、真城さんが出してくれた“選択”の件。

 “影狩り”に入るということでよろしいですね?」


 真城の意思。

 それは今までの経緯として語った内容により、既に九条蘭にも伝わっていた。

 九条蘭としても、通信機で一度聞いているので、一応考えが変わっていないかを再度確認する為にしたものだ。


 九条蘭、一ノ瀬の双方の前で、今一度“影狩り”に入ることを宣言する。

 それには真城を“影狩り”へ入れたくない一ノ瀬を諦めさせる意図もあった。

 まさか一ノ瀬も、この状況下では先程のような強行策に出ることもあるまい。


 真城は一ノ瀬の顔をちらりと確認するが、その表情からは何も読み取れず、九条蘭に目線を移し、


「はい」


 と、大きく宣言する。

 真城の“選択”。

 それは今後の人生を大きく左右するものとなる。

 

 しかし、それでも悔いはない。

 真城の“夢”への第一歩。

 その、大きな一歩なのだから。


 それを聞いて九条蘭も頷く。


「わかりました。

 我々はあなたを歓迎します。


 ……一ノ瀬さんも、問題ないですね?」


「わかってるよ……」


 一応、上司ではある一ノ瀬に対し確認は取るものの、拒否権などは認めていない。

 一ノ瀬もそれを分かっているので、何か起こす気ももう無いのだろう。

 右手をしっしと払う動作をしながら、「早く話を進めてくれ」といった鬱陶しそうな表情を浮かべている。


「……現状“影狩り”は人手不足なんですから。

 理由は知りませんが、大人気ない事を言って貴重な戦力を削がないでください。


 真城さんの“力”が我々の役に立つ、というのは確かなんですから……」


 一ノ瀬が“こんなこと”をした理由。

 それは九条蘭が到着して尚、一ノ瀬の口から明かされることは無かった。

 

 しかし完全、全てではないものの、一ノ瀬が真城を“影狩り”へと入れることを拒んだ理由に少しばかり九条蘭も心当たり、もとい察したようではある。


 真城へと向き直ると、


「真城さん。

 申し訳ないのですが、あなたが“燕尾服の男”なる人物から貰い受けたとする“力”の件。

 一旦、我々に預けて頂いてもよろしいですか?


 具体的に言いますと、その“力”が果たしてどういった『能力』であるのかが判明するまでは、その“力”を扱うのを控えてもらいたいのです。


 我々はまだその『能力』がもたらす“良い部分”しか知りません。

 真城さんも“燕尾服の男”から、能力の詳細を聞いてはいないようですし、……何よりその“燕尾服の男”という人物を我々、“影狩り”は信用できません。

 本部に確認をとってみない事には何とも言えませんが、少なくとも私個人、そういった人物の情報を聞いたこと自体が初めてなのです」


 「この人は何か知っているようですが……」と、一ノ瀬を睨む視線を送るが、当の一ノ瀬は目線を逸らし知らん顔をする。


 真城も今日会って間もない九条蘭の苦労を察し、同情を禁じ得ない。


「それに真城さんの持つ“力”は、“影狩り”にとって良いものであることには変わりありません。……しかし」


 と、そこで九条蘭は言い淀む。

 それは、今までの彼女の表情としては初めてのもので、どこか申し訳ない、ばつが悪いといった様子が感じ取れた。



 それを見た一ノ瀬はニヤリと笑い、


「特にお前の男がなぁ……?」


 と、茶化し、


「うっさい、黙れ」


 と、一蹴されるコントの様な何かが起こったが、その意味を真城が理解できるはずもなく、またそれほど重要でも無かろうと真城もスルーする。

 彼女が放ったドスの利いた声があまりにも強烈で、質問を投げるタイミングを逃したからである。

 決して怖かったわけでは無い。……決して。


 真城の引き攣った表情を確認し、こほんと一つ咳をすると、再び真城に問いかける。


「それで……、いかがでしょうか?」


 質問の内容は先程のもの。

 それに対し真城は、びくりと軽く身体を震わすと、


「は、はい。分かりました」


 と即答する。

 九条蘭の雰囲気、その落差に、完全に呑まれてしまっていた。

 ……恥ずかしい話である。




 それが決まると、今後の真城の待遇など軽く説明を受け、解散することとなる。

 時刻は深夜。

 一時を軽く過ぎてしまっていたからだ。


「それでは我々は今度こそ失礼します。

 今日はここで、お休みください。

 明後日のお昼頃、改めてこちらへ伺いますので」


 深く頭を下げた九条蘭は一ノ瀬を連れて病室を後にする。


 今度こそ本当に一人とった病室。

 電気を消して目を瞑る。

 

 明日この病院で一日、検査入院を受ける事が決められた。

 理由は真城が“力”を貰う為に払った代償、“影が少しも無い”といった状態で肉体に何らかの障害、或いは問題が起こっていないのか。それを調べるものである。

 

 その検査を終えた後。

 明後日の昼頃から九条蘭主導の下、“影狩り”の本部へと案内される事が決まってる。

 真城の“夢”がここから始まる。


(……今日は、色んな事があったな)


 原田との待ち合わせ、……かと思えばその偽物、影人で。

 燕尾服の男に出会い“力”と引き換えに“影”を失った。

 生まれて初めて、人と戦う、殴り殴られるといった経験をした。

 秘密結社“影狩り”の存在を知った。

 助けられたはずの原田が記憶を失っていた。

 自身が、……“影狩り”に入ることになった。


 思い返すだけでも、本当にたくさんのこと。


 中でも衝撃だったのは影人や、それに対抗する組織のことだろうか?

 自身もこれから、そういった道に進むことだろうか?


 いや……。

 今思い返しても、ズキリと胸が痛む。


 原田が記憶を失ったこと。

 原田が真城に対して抱いていた感情についてだ。


 本当の意味で真城と原田は“親友”ではなかった。

 原田の中には怒りや憎しみが籠っていた。

 それは真城を殺したいほどのものだった。


 真城もそれを知って、「助ける価値がなかった」と言われ、否定することができなくなった。

 それが言えるほどの聖人でもなかった。


 でも。


 原田を助けたかった気持ちは本物だ。

 “それ”を知ろうが知るまいが真城の気持ちは変わらない。


 それでも。


 欲を言うのなら。

 言っていいのなら。


(……俺は、本当の意味で原田を救いたかったよ)


 記憶を失わせることなく。


 そうすれば、本当の意味でも“親友”として。

 歩み、やり直せる。

 このことを笑って話せるようになる、……そんな未来も、あったはずなのだから。





―完―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る