第4話『燕尾服の男』
突然現れた男は、
実際にそう言ったわけではないが、そういったニュアンスである事は伝わった。
真城自身、先ほどまでは命に係わる程の危機を迎えていた。
しかし、あの男が割り込んだおかげで、その危機は無いと言っていいのかもしれない。
あの
信じたくはない事だが、事実である可能性は非常に高い。
しかし、もしかすると、原田はまだ何処かで生きているかもしれない。
今はそれを、微かな希望を信じるしかないのだ。
あの原田に聞いたところで、本物の原田が居る場所を教えてくれる事は無いだろう。
ならば自分で探すしかない。
横では既に男と原田の戦闘が始まっている。
素人の真城があの中に入っても足手まといになるだろう。
真城のする事は決まった。
可能性も手がかりも少ないがやるしかない。
真城は現場を後にし、走り出した。
~ ~ ~ ~ ~
男は真城が立ち去った事を確認し、影人に目を向ける。
(やれやれ……、一般人を前に本気で戦うわけにはいかないからな)
男は鉄パイプを強く握りしめると、影人に向けて振り下ろす。
(これで終わりだ……!)
ドゴォ……!!
っと、すさまじい音が響きアスファルトの地面を抉る。
下の地面にまで軽いクレーターを付けるほどの一撃。
しかし……。
(手応えがねぇな……)
……っ!!
突如、土煙をかき分けるような回し蹴りが男の横腹を襲う。
ギンッ。
鈍い金属音。
咄嗟に鉄パイプでガードしたため肉体へのダメージはない。
しかし、鉄パイプで攻撃を受けた箇所が一部凹んでしまっていた。
(……これは)
「やっと俺の出番かな」
男と影人に割って入る乱入者。
「
土煙が晴れると一人の男が立っていた。
その横には尻餅をつく影人が一人。
どうやら間一髪のところでこの“黒鉄”に救われたようだ。
「厄介なのが来たな……。なんでこんな所にいる?」
「……その理由、お前なら察せているんじゃないのか?」
「……ッチ」
どうやら理由は同じらしい。
なら……、引くわけにはいかねぇか。
問題は鉄パイプ一本でどこまでやれるか、だが……。
「何をしてんだ原田くん。とっととアイツを追えって。
ここは俺にまかしとけ。協力してやるって言っただろ?」
「……わかりました」
……ッチ、さっきの奴の所へこいつを向かわせるってわけか。
「させっかよ!!」
男は“黒鉄”を無視して影人に迫る。
この程度の影人なら一撃で事足りる。
が、“黒鉄”もそれを許すわけが無く……。
ガキンッ……!!
再び響く金属音。
攻撃が“黒鉄”によって弾かれた音だ。
「こちとら鉄パイプ一本で頑張ってるってのに……、少しは手加減しろよ」
「本気で出来ないってのは難儀だなぁ。“影狩り”は」
にやりと笑う“黒鉄”。
既にその場にはもう一人の影人の姿は無かった。
(俺としたことが……。
無事でいてくれると助かるんだがな……、あいつ)
~ ~ ~ ~ ~
真城は走っていた。
理由は明白。
本物の原田を見つける事だ。
――『死んだよ。あいつなら』
あの原田の言葉が頭を過るが振り払う。
信じたくない。
信じられるわけがない。
原田が待ち合わせ時刻に遅れた理由。
それがもし、偽原田に襲われた事であったなら、原田は、原田家と待ち合わせ駅とを繋ぐ道なりのどこかで倒れている、という可能性が高い。
待ち合わせ時間を一時間もオーバーして現れた偽原田の事を考慮しても、少なくとも、付近の人気のない場所や人目に付かない場所へと原田を運ぶのがやっとであろうし、そう遠くへは運べまい。
時間もかかるし肉体的にも辛くなるのは覚悟の上。
唯一の救いと言うならば、原田との待ち合わせ場所を決める際、原田家は最寄り駅から遠くないといった話を真城が聞いていた事だろう。
駅の周囲を走り回り、原田を見つけ出す。
原田家がどこか分からぬ以上、闇雲に走るしかない。
それでも、それだけが今の真城に出来ることだ。
しかし真城の推測は、“原田が今日襲われたこと”が前提となった代物だ。
少し考えれば分かること。
原田が今日襲われたとは限らない。
……前提が覆らないこと。
ほんの僅かな、吹けば飛んでしまうほどちっぽけな希望を信じ、祈り、縋る。
もしも今日でないのなら、原田を見つけられる確率も格段に下がる。
いや、可能性は無いと言うべきだ。
それでも諦めない。
原田が助けを求めているなら、今度こそ。
「ねぇ、君」
最初の路地裏から離れ、別の路地裏に入った真城は突然声をかけられた。
後ろを振り向くが誰もいない。
「こっちこっち」
上を見ると、ビルの屋上から手を振る人影が見えた。
ほっ。
という、掛け声と共にその人影が屋上から飛び降りてくる。
「うわ!?」
真城は慌てて受け止めようと駆け出すが、その人影は空中で速度を落とし、そのまま着地した。
その者は灰色の
こんな街の路地裏に燕尾服の男……。
明らかに場違いだ。
「君は原田という男を探しているんだろ?」
……ッ!!
原田の名前が出た途端、食いつきそうになる心を必死に抑える。
……何故こいつは、原田の事を知っている?
……何故こいつは、原田を探している事を知っている?
真城の警戒を悟ったのか、燕尾服の男は少し困った顔をする。
「まぁそんなに警戒しないでよ。俺は君に色々と情報を持ってきたのよ」
そうは言われても、警戒は解けない。
先ほど、空中で落ちる速度が弱まった事を忘れてはいけない。
こいつもきっと、ろくな人間じゃない。
原田が黒いモヤを使っていたように、こいつもまた“そちら側”の奴なんだろう。
ここは冷静になるべきだ。
向こうが話し合いを提案してきている以上、怒らせる言動は控えるべきだ。
何をされるか分かったものではない。
「……そんなことを教えて、お前に何の得がある?」
「それはまた、追々説明するよ」
燕尾服の男は少し不敵に笑みを浮かべる。
やはり、警戒は怠らない方がいいだろう。
「まず、君の探している原田という男。
彼ならさっき君があったあの原田くんで間違いない」
「なに?」
それはどういうことなのか?
あの原田は明らかに真城の知る原田ではなかった。
故に、同一人物だとはとてもじゃないが思えない。
「そうだね。確かに今の原田くんじゃない」
ん?
心を読まれた?
そんなに分かりやすい表情をしていただろうか?
「どういうことだ?
さっきは原田だと言ってたじゃないか」
「まあ、そんなに急かさないでよ。順番に話していくから」
言うと燕尾服の男は「よっこらしょ」とあぐらをかいて地面に座る。
見たところ、かなり高そうな燕尾服ではあるものの、彼はどうやら服が汚れることを気にしていないらしい。
「まず君は、影についてどう思う?」
どう?と言われても質問の意味が分からない。
「そりゃ、影は影だろ」
「……まあ、そうだろうね。
しかし現在、この日本において影が自我を持つ事態が発生している」
燕尾服の男は少し真剣な顔になって語る。
「そんなこと……、あるわけないだろ。
影が喋ったり動いたりするところなんて見たことないぞ」
「そりゃ、そうだよ。
影を影としてしか認識できない人間には、影が動いていようが無くなっていようが分からない。
ただそこにいつも通り、普通の影があるようにしか見えないんだから。
影の変化に気が付けるのは大きく分けて二通りの人間だ。
一つ目は、影を影と認識しなくなった人間。
二つ目は、影から何かしらの影響を受けた人間。
君なら……どうだろうね?」
なるほど、と納得する真城。
真城が、原田の影の有無に気付けたのは、あの黒いモヤをくらった事が原因だろう。
あの黒いモヤこそが影だったのだ。
いや、もしかすると原田と接触した事自体が要因となった可能性もある。
「自我を持った影はいずれ、自らの意思で動けるようになり、一週間もすれば影が本体から離れて活動をし始める。
活動を始めた影は次第に本体と同じような姿かたちへと変わり、今まで気付かなかった人間達にも認識されるようになる。
初めは黒一色で口もなく、喋れなかった影もそのうち人間と会話も出来るようになる。
これこそが、君達人間が言うところの“ドッペルゲンガー”の正体さ」
“ドッペルゲンガー”
淡々と語っていた燕尾服の男の口から思わぬ言葉が飛び出る。
ここでその言葉を聞くとは思っていなかった。
しかし、これなら原田の話にも繋がる……。
繋がってしまう。
初めに原田の友人が目撃したという原田は、遠くから見ただけというのもあるが、人間に見えるように変化していた影という事になり、その後の友人と会話をしたという原田は既に喋れるようになった影。
……ということになる。
つまり結論から言って、原田が出会った瓜二つの原田然り、友人達が目撃した原田というのは……。
“原田から離れて行動をしていた影”。
という事になる。
真城の思考が終わった事を確認し、燕尾服の男は再び語り始める。
「本人と同じ見た目になった影が次に行う行動は“本体の抹消”だ」
まあそうだろう。
原田もその後、影の襲撃を受けて殺されかけたと言っていたのだ。
自分も影なら、きっと同じ考えに至るのだろう。
本体が本物だとすれば、影は偽物ということになる。
偽物が本物になる為の条件は簡単だ。
本物を消してしまえばいい。
「……つまり、影は自分が本物になりたいわけか?」
真城は燕尾服の男に質問をする。
「それもある。でも実際の理由としては“実体が欲しい”からだ。
本体と姿かたちは同じといっても影は影。
実体があるわけではないからね」
あれ?
おかしい。
ならどうやって原田を殺したというのか。
そもそも真城自身、奴の放った黒いモヤで怪我をしているし、原田からの肘鉄もしっかりと受けている。
実体がないのなら真城が攻撃をうける事はないはずだ。
燕尾服の男が怪しく微笑んだのが見えた。
真城の思考、困惑していることがわかったのだろう。
「影にも唯一触れるものがある」
なるほど、そういう事か。
「……人間だな」
「ハズレ」
……あれ?
「影が唯一触れるもの、
それは本体の人間だ」
ん?
なら、真城が攻撃をうけた事はどうなる。
アレのおかげで影の変化がわかるようになったのであれば、あのモヤは影という事だ。
何か間違っているのだろうか?
「それは原田くんが襲われた時と君が襲われた時とで状況が少し違うからだね」
(また俺の思考を……)
やはり、燕尾服の男は真城の心を読んでいるのだろう。
「初め、影は本体である人間にしか触れることができない。
しかし、本体の人間を取り込み同化する事で、実体を得ることが出来る」
……なるほど。
真城を襲った時には、すでに原田を取り込んでいて、実体を得ていたという事なのだろう。
「いや、ちょっと待て。
取り込む? 人間をか?」
「そう、人間をだ。
まあ取り込めるのは本体の人間だけなんだけどね」
「……取り込まれた人間はどうなるんだ?」
「時間をかけて肉体が影と同化いていく。
肉体が同化すれば本体の精神は深く沈められ、戻ってくることも出来なくなる」
「……っ!!」
「なにも、本体の抹消と言っても本当に抹消するわけじゃない。
さっきも言ったが、影は実体が欲しいし、その為に肉体を求めている訳だからね」
肉体が影と同化する?
精神が戻ってこれなくなる?
じゃあ原田は、原田はどうなる……?
「……取り込まれた人間を助け出す方法は無いのか?」
真城は絞り出す様は声で、もっとも重要な事を聞く。
最悪の考えが頭を過るが関係ない。
何故真城はこんな怪しい男の話を長々と聞いているのか?
真城は元々、原田を助ける為に走っていたのだ。
この男の話が事実であるのなら、真城が探していた本物の原田は影に取り込まれて肉体を乗っ取られていることになる。
原田の居場所がわかったのだ。
なら後は、助け出す方法を知るだけでいい。
「どうした? 答えてくれ」
いつまで経っても口を開こうとしない燕尾服の男を不審に思い、真城はもう一度問う。
燕尾服の男が、まるで待っていたとばかりに怪しく微笑むのが分かった。
……何かを企んでいる。
そういえば、この話をする得とやらを真城は未だに聞いていない。
ここからが本題とばかりに燕尾服の男は立ち上がる。
「君の考える通り、ここからが話の本題だ」
やはりそうか。
少し体が強張ったのが分かる。
「単刀直入に言えば今の人類に、影に取り込まれた人間を救う方法はない」
「……え?」
燕尾服の男が放った答えに真城は言葉を失う。
予想をしていなかったわけでは無い、しかしいざ、実際に言われてしまうと声が出ない。
いやまだだ。
この男が知らないだけで、諦めなければ影から救い出す方法が見つかるかもしれない。
……絶対に諦めない。
諦めてなるものか。
真城の表情から悟ったのか内心を読んだのかは定かではない。
しかし燕尾服の男はタイミングを見計らうと、神妙な面持ちで告げる。
「しかしだ。
俺は今、影に取り込まれた人間を救う手立てを持っている」
「……っ!?」
それは、今まさに原田を救う手立てが無いと言われた矢先のことであり、先ほど燕尾服の男自身で告げた一言を否定する言葉であることが真城を困惑させる。
“何故この男はそれを知っているのだろう?”
そんな疑念が頭を過るが、その後の一言が更に真城を困惑させた。
「君にこの“力”をプレゼントしたいと思ってね」
“力”……?
その“力”で原田を救え。……ということか?
しかしそれでこの男がいったいどんな得をする?
よほどのバカか物好きでない限り、自分に得の無いことをしようなんて思わない。
そこまで考え、理解する。
この男の目的が分かったのだ。
……ならば聞いておかねばならない事がある。
「条件はなんだ?」
もちろん、タダという事はなかろう。
少なくとも、この燕尾服の男は真城に対して何かを要求、……つまりは、取引を持ちかけていることが分かる。
“それ”をして彼に何の得があるのかは分からない。
しかし、少なくとも今に至る“影”に対する情報の提示、原田の救済条件などは全てこの取引の為の前振りであり、その取引自体が目的であったのなら合点がいく。
何より、原田を助ける為の一手。
この男が、どんな目的で真城に“力”を渡したいのか分からないにしろ、降って湧いたチャンスである。
この機を逃す手はない。
「そうだね。俺が君に求めるものはただ一つ」
燕尾服の男が怪しく微笑むと真城の足元を指さす。
「君の影が欲しい」
影が欲しい……?
この男が何を言っているのかと一瞬考えるが、影が自分の意志で離れるように、影を切り離す事も出来るのではないか? という発想に至る。
しかし、それには問題がある。
影を切り離すという事は、この男気分次第で真城の身が危うくなるという事だ。
真城が男との取引に応じた後、この男がその影を使って真城を襲わないとも限らない。
「そこは気にしなくていい。
俺は影をコレクションするのが趣味なんだ。
逃がしたりなんてしないよ」
また思考を読まれた。
もうつっこまない。
「どうだろう? 君はこの“力”で友人を救える。
悪い条件ではないはずだ」
最後に「それに影が無くなってしまえば、君が自分の影に襲われる心配もない」と、付け加える。
まだ聞きたいことがある。
「お前にとって俺の影は、それだけの価値があるということか?」
「そうだね。
どこが? と聞かれると困るけれど、ピンッと来るものがあったのさ。
直観だよ。直観」
真城は少し考える。
普通に生きていれば、影を欲しがる奴になんてまず会わない。
それに、真城の影に思わぬ価値があるらしい。
男は原田を助ける為の“力”をくれると言っている。
その上、真城が影に襲われなくなるというおまけ付きだ。
悪くはないのかもしれない。
「別にこの“力”じゃなくても構わないよ?
君が望むなら、金だろうと名誉だろうとそれを成し遂げる“力”を与えようじゃないか」
燕尾服の男は不敵に笑う。
思わぬ価値が付いたものだ。
この男はよほど真城の影を気に入ったのだろう。
男は「ただし一つだけだけどね」と、付け加える。
まぁそれは仕方ない。
迷っている真城を見て燕尾服の男は言う。
「別に俺はいつまででも待っているけれど、原田くんを助けたいのなら早くした方がいい。
君を助けたあの男が原田くんを斃さないうちに」
「……何?」
「影に取り込まれた人格は、影が殺されると一緒に消滅しちゃうからね」
「……!?」
それはマズイ。
急いで助けなければ、間に合わなくなる。
どうするか?
ふと、脳裏を原田の顔が過る。
「……ふっ」
無意識に笑みがこぼれる。
……何を迷っている?
同時に、今まで迷っていた自身を恥じる。
そんなこと最初から決まっているじゃないか。
原田は真城の友人……いや、親友だ。
助けない道理はない。
待っていろ、今助ける。
真城は燕尾服の男に向かって告げる。
「影はくれてやる! その“力”を俺にくれ!! 原田を救う力を!!」
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