第23話:村正、探す

 商談が終わってからはほとんどが世間話だったが、長かった招集を終えた頃には、空はすっかり茜色へと変わっていた。

 もうすぐ夜が訪れる。夜になれば野盗のみならず、怪物がより一層活動的になって凶暴性を増すと村正は聞かされた。それならば今日は|太安京(たいあんきょう)で過ごして方が賢い選択だ。

 例え数時間で行き来できる距離だとしても、危険が少ないに越したことはない。城で振る舞われる料理にも興味がある。

 そうなってくると、もう一人ここへ連れてきてやらねばならない。村正には献立よりも気になるものがあった。 

 それを確認するべく、再び町の方へと出向いている。


「あいつ……どこに行ったんだ?」


 行き交う通行人の数は、昼間と大差なく多い。この中から特定の人物を見つけ出すのは難しい。杏二郎が行きそうな場所を連想こそしてみるも、いざ思考を巡らせてみればこれが驚くほどに出てこない。

 思い返してみて、うるさくて武術に秀でていてあろうことか恋慕されていた――これぐらいにしか真加部杏二郎のことを理解していないと、今更ながらに気付かされた。かと言って別段彼女をよく知りたいとも村正は思っていない。

 何を好き好んで彼女のことを知りたいと考えるのか。両想いであったのならばまだしも、杏二郎に対しての恋愛感情は一かけらさえも村正は持ち合わせていない。

 きっとこれからも、彼女に恋愛感情が芽生えることはないだろう。

 それはさておき。


「……あいつ、本当にどこにいるんだ?」


 村正が焦りを顔に滲ませたのは、もうすぐ迫ってきている夕餉についてだった。どうせ食べるのであれば出来立ての温かい内がいいに決まっている。杏二郎を探すことでせっかく用意された食事を冷ましてしまうのも、サクヤはおろか作ってくれた者に対しても失礼である。

 町中を駆け回り、大声で杏二郎の名を呼ぶことももはや辞さない。道中では何事かと視線を浴びるが、気にしていられる状況でもないので村正はひたすら無視をして杏二郎の名を口にし続けた。


(……さっきからなんだ?)


 途中からある違和感が村正を襲う。

 これまで村正に向けられていた視線というのは、疑問によるものが多かった。

 町中を駆け回り、大声で特定の人物の名を口にしていれば気になってしまうのは仕方がない。それが今ではまるで違う性質の目が村正に向けられているのだ。

 どの目も微笑ましい、何かを優しく見守っているかのような、そんな印象を受ける。

 たまらず、近くにいた者へと村正は尋ねた。


「一つ聞いてもいいか?」

「ん? どうしたんだい?」

「この辺りで変わった女を見かけなかったか? 十文字槍を背負ってエルフなんだけど赤い髪色に碧眼をした……」

「え? それならアンタの後ろにいるじゃないか」

「へ?」


 その者に言われたとおり振り返ってみれば、件の探し人がいた。人差し指を口元に当てて必死になって口外しないよう促している。

 とりあえず、声も掛けずにいたこの女に村正は問わなくてはならない。


「お前何やってるんだ?」

「いやぁ、その……別にぃ」

「そんなんで通るわけがないだろ」

「……村正殿が何度も某の名を口にして探していてくれたのが妙に嬉しくて……その……」

「本当は気付いていたけど黙ってこっそり追い掛けていたってことか……まったく、くだらないことするんじゃない」

「申し訳ござらん……」

「まぁいい。それよりも早く行くぞ。こうしている時間でさえも惜しいぐらいなんだ」

「え? あっ……」 


 およそ槍を振るい戦場を駆けている者とは思えぬほど、その手はとても柔らい。幾多の敵を屠り、その血を浴びてきている手には優しいぬくもりがいっぱいだった。


(本当に……かつての面影はないな)


 もはやどんな顔をしていたかさえも、段々と霞んでいてよく思い出せない。

 城へと連れて帰ってからというものの、村正は温かい視線に眉をしかめた。誰も彼も、優しく見守るような眼差しをむけてくる。

 何か、とてつもない勘違いをされているやもしれぬ。それに気が付いた時には既に就寝時間に入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る