第21話:村正、都に着く

 穏やかな気候は、争いの気配を一切含んでいない。

 片道およそ二時間程度ではあるが、道中何事もなく目的地に着いた村正は開口一番に驚きの声を上げた。


「これが都……」

「そうだ。ここが太安京たいあんきょうだ」

「す、すごいでござる……!」

「慣れてしまえばどうということはない」


 見慣れていない二人が強い関心と驚愕に支配される中で、トウカは面白そうに見やっている。

 太安京たいあんきょうは十万人以上からなる大都市である。人々が行き交う光景はさながら合戦の如く。普段鍛冶場にこもっている村正が驚くのは、無理もない話だった。

 そして、これだけの膨大な人口数である。

 町中でばったりと知人に出くわしたとしてもなんらおかしくもない。


「おぉ! 貴方様は!」

「……えっと」


 見知った顔が前方からやってきた。

 どうやら相手側も気づいたらしく、ぱたぱたと村正の元へ駆け寄ってくる。

 一瞬だけ思い出せなかった村正も、特徴的な声質を聞いて記憶が蘇らせる。

 かつてその武士は単刀直入によく斬れる刀を所望してきた。それが本来の刀としてあるべき形であると豪語したのを気に入って、村正は丹精を込めて武士のために刀を打った。


「あぁ、お前さんか」

「その節は大変お世話になりました。貴方様が打ってくださったこの刀は、今までにないほど私の手によく馴染んでくれます。よく斬れるのは当然として、刃毀れもしない。最高の刀ですよ」

「そう言ってもらえたら何よりだ――それじゃあ俺達はこれで」


 武士と別れた後、村正は活気に溢れた町中を進んでいく。


「遠くに城が見えるだろう? あそこが目的の場所だ」

「おぉ、これはまた見事な城だな」


 城下町から遠く離れていても、その城はとてつもなく大きかった。近付けば更に巨大に見えることであろう。


(これならいざ敵が攻めてきたとしても、安易に落とせそうにないな……)


 かつて己がいた国でさえ、これほど立派な城を持った者はおるまいと感じた村正であったが、道中にてあるものに視線を奪われる。


「送れるわけにはいかないからな。道草を食わずこのまま行くぞ」

「あぁちょい待った」

「言った尻からなんだ?」


 トウカの制止をも無視した村正の興味をその店は惹かせた。


「いらっしゃい。ようこそ施術屋へ」

「施術屋? ここは鍛冶屋じゃないのか?」


 店舗にはありとあらゆる武具が並べられている。

 てっきりと武器を売っている店であるとばかり思っていた村正は店主へと尋ねていた。


「武器や防具を売っているのは近いところだとお向かいさんだよ。ここは施術屋、武器や防具なんかに特別な効果を付与する店だよ」

「特別な効果?」

「そうさ。例えば、この剣なんかに魔力を込めてやると――」


 店主が振るった剣から瞬く間に赤々と輝く炎が燃え上がった。轟々と燃ゆる炎と斬撃との組み合わせは、村正に大いに関心を抱かせる。

「い、今のはどうやったんだ⁉」


 村正は店主へと詰め寄るようにして尋ねた。炎を生み出せる、よく斬れることだけに執着していた彼では至らなかった発想は、村正の好奇心を強く揺さぶったのである。


「まぁまぁ。秘密の種はここさ」

「……これは」


 興奮冷めやらぬ村正を宥めるような口調の店主が指を差したのは、刀身に刻まれた文字にあった。

 平仮名でも漢字でもない、どちらかと言えば梵字に近しい形をしている。


「この文字がさっきの炎を生み出したのか?」

「その通り。俺の固有技能は【印字】、対象にこうやっておまじないを刻むことによって効果を武器に付与させれてやれるんだ」

「なるほど……こういうのもありか」


 そう思う村正であったが、自身では実現させられないことをこの後に彼は知ることとなる。

 千子村正の固有技能【鍛造】は主に物理的な効果しか発揮しない。即ち、思うがままに斬れることはできても、何かを発生させることは不可能な域にあるのだ。


(俺でも雷や炎を付与させた刀を打つのは無理ってことか……)


 であれば、諦めるしかない。

 それ以上村正が思考を働かせることはなかった。

 できないものはできない。ないものを強請ったところで何も解決しない。潔くきっぱりと諦める心を養うことも、生きていく上で必要なことだ。


「どうだい? アンタもその刀に刻んでやろうか? そっちの嬢ちゃんは?」

「……いや、俺はいいかな」

「某も遠慮するにござる」


 杏二郎が大千鳥村正をずずいっ、と差し出した。

 途端に施術屋の顔色が変わる。

 穂先をまじまじと見やる目は真剣そのもので、驚愕の|感情(いろ)をその瞳に宿していた。


「おぉ、嬢ちゃんの槍か――ってこれはまた見事な槍だなぁ。こんな立派な槍はこの都でも見たことがないぞ」

「左様! 某の槍……大千鳥村正はここにおられる村正殿が某のためにと打ってくださった物! 他の鍛冶師にも負けない腕前をもっておられる刀匠にござる!」

「おいおい……いやそう言ってくれるのは嬉しいんだけどな」

「事実でござるからな! 故に、このままがいいんでござる」

「そう言われちゃ仕方ないな。でもまっ、気が向いたらいつでも来てくれよ」

「気が向いたらな」

「もう行くぞムラマサ」

「あぁすまない、すぐに行く」

「わかっていると思うがキョウジロウよ、ここから先は私とムラマサの二人だ。貴様は私達が戻ってくるまで、どこかで時間を潰しておくがいい」

「……承知」

「悪いな杏二郎――あぁそうそう。お前にはこれを渡しておこう」

「これは?」


 村正から渡された小さな布袋に、杏二郎が小首をひねる。受け取って、ずしりとした感覚に彼女も察しただろう。ばっ、と顔を上げて拒否する姿勢を見せる。


「そんな、受け取れませぬ!」

「無一文で長い時間すごすつもりか? いいから受け取っておけよ」

「村正殿……か、かたじけない! この御恩、必ずや身体で返す!」

「いやいいから。返すとか考えなくていいから。それじゃあ俺達はいこうかトウカ」

「あ、お、おい」


 押し付けるように布袋を渡した後、村正はトウカの背中を押しながらそそくさと城へと向かった。

 城へと近づいていくにつれて、それは濃厚になっていく。一人、二人ではない。ありとあらゆる角度からまるで包囲するかのように視線が飛んでくる。

 最初こそ、これだけの規模の人が行き交いをしているのだから無意識に視線を向けてしまうことだって少なからずある、と村正も気に留めていなかった。

 気のせいなんかではない。

 視線は確実に村正を捉えている。

 敵意あるか否かは、今後の自身の行動一つで変わるだろうと村正は確信する。視線の主は間違いなく、これから面会を果たす主の従者であろう。

 真に敵意ある者であれば、トウカも既に気付いている。何の反応も示さないのは、視線の主にとっても彼女は敵ではないからに他ならない。


「よく気付いたな」


 ふと、トウカが言った。


「……一応確認しておきたいんだが、敵じゃないよな?」


「貴様が私やあの御方に対して無礼を働かない限りは敵とはならない。彼らの役目はこの国の治安維持並びにあの御方をお守りすることにある」

「なるほど。つまり素性の分からない俺はいつ牙を剥くかわからない警戒するべき対象ってことか……別に取って食ったりなんかしないんだがなぁ」

「そればかりは信頼を勝ち取るしかあるまい。まぁ安心しろムラマサ、貴様のことは私からあの御方にしっかりと口添えしておいてやる」

「そいつはどうも」

「っと、見えてきたぞ」

「おぉ……」


 間近にしたことで、改めてその大きさを痛感する。

 この城はどの城に比べて難攻不落だ。これも異界の技術と彼らエルフだからこそ成せる業であろう。城に興味がない村正でも、技術面に関してだけは強い関心を持った。

 門兵の簡単な取り調べを受けた後、そのまま中へと通される。

 城主はどのような人格者なのであろう。道中で考察するに、人望が厚いことだけは兵の様子を見やれば一目瞭然であった。

 皆とても生き生きとしている。主のためならば喜んで命を差し出せる覚悟がひしひしと伝わってくる。


「わかっていると思うが――」

「粗相のないように、だろ? 俺はそこまでガキじゃない」


 心配してくるトウカに、村正は呆れた口調で答えた。

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