第19話:村正、星を刀とする

 空がまだ東雲色しののめいろの頃から、村正は鍛造に精を出していた。


「お前さん、もう完全にワシの鍛冶場を我が物顔で使っとるな……」

「まぁ、ここしか鍛冶場がないからな。それに、ここが気に入ったんだよ俺は。だからすまないけど、今日も使わせてくれ」

「……はぁ。お主がおるとワシの鍛冶師としての自信がことごとく壊されていくわい」

「とか言いつつ、しっかりと俺の隣にいて熱心に観察してるくせに」

「当然じゃ。使用料と思えば安いもんじゃろ」

「違いない」

「しかし、ここ最近お主……ちと客に厳しくはないか?」

「仕方ないだろ。俺だってそんな刀は打ちたくない」


 千子村正の名がこの地に広まるのにそう時間は掛からなかった。

 かの酒吞童子を斬ったという喧伝は一人、また一人と知れ渡っていき、今や村正の名を知らぬ者は少ないと言っても過言ではない。

 そうした経緯から、多くの武士はこぞって村正の刀を欲し求めた。最強の鬼さえも斬れるというお墨付きとあらば、是が非でも手に入れたいと思うのが武士の性。

 今日も村正の元に数多くの武士が訪れる。

 村正は決して彼らを快く迎え入れることなかった。


 それは固有技能を得たことで、ある懸念が村正にはあった。

 村正の固有技能【鍛造:A】は彼の意志一つであらゆる特性を宿した日本刀を生成することが可能となる。これを使えば例え神仏悪鬼羅刹をも斬れる刀も不可能ではないだろう。

 だが、世界に害をなしてしまう恐れもあった。

 世界の行く末が如何様なものか、村正にはまったく興味がない話である。されど世界が消えてしまえば刀を打つどころの話ではない。

 村正は自らに固く禁じた。決して安易に要望を引き受けてはならない。

 歴史はまたしても繰り返される。

 そのことに嘆く間もなく、村正の元に一人の来客者が現れた。


「ムラマサはいるか?」

「おぉ、これはトウカ様。よくお越しくださいました」

「俺がどうかしたのか?」

「今から私と出掛ける。鍛錬をしているところ申し訳ないが、一緒に来てもらいたい」

「え? 今から?」

「そうだ。先程私の屋敷に都からの使者がきてな。先日の一件のこと、そして……ムラマサ。貴様に逢いたいという現皇からのご指名でもある」

「現皇……? この国の一番のお偉いさんってことか。けど、なんでまた?」

「それは行ってみなければわからない。とにかくすぐに発つから準備をしてくれ」

「了解っと」

 村正は天鋼を用いた刀をつい先日完成させたばかりであった。固有技能たる【鍛造:A】を使用しても、できあがったのはたったの一振のみ。


 たくさんあったはずの天鋼は、もはや数えられる程度にしか残されていない。よくて後一振しか打てぬだろうと村正は判断する。

 この一振の商談相手に相応しいのは、この国の天下人を置いて他にない。そう決めたのはよかったが、一介の鍛冶師が面会を果たそうなど現実的に考えれば不可能である。

 何か良い手はないかと考えていたところに、今回の申し出がやってきた。これは運命であると感じた村正はすぐに出発の支度を整えるのであった。


「ちょっと待った!」


 準備をしようとしていた村正をトウカが止める。


「どうかしたのか?」

「どうかしたのか? でなない。よもや貴様……そのような格好で行くつもりではないよな?」

「いやこれは作業着だぞ? さすがにこんな格好でいく阿呆はいないだろ」

「……それもそう、だな」

「って言っても他所行きに適しているかどうかって問われたら微妙なところなんだがな」


 あの戦火から逃れる時、村正の私物のほとんどが合戦の犠牲となった。荷物と呼べるものも、鍛冶道具を除いてしまえば満足にはまったく至らない。

 するとトウカは、村正に大きな包みを手渡した。


「ほらっ」

「これは?」


 包を受け取って、村正は尋ねる。


「き、貴様にはその、色々と世話になってしまったからな。その礼だ」

「そいつは悪いな。それじゃあちゃっと汗を流してくる」


 風呂敷を手に、村正は川の方へと向かった。

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