第17話:村正、取引する

「――と言う訳ッス……」

「…………」


 酒呑童子の供述が終える。

 途端に全員が深い溜息を吐いた。

 実にくだらない。村正は呆れるように童子切村正を鞘へと納める。今の彼女に斬る価値はないと判断した。

 要約するとこうだ――大の酒好きである酒呑童子は都にある酒を何よりも好んでいる。されど積み重ねてきた借金にとうとう店側の堪忍袋の緒が切れて、返済しない限り一切売らないと出禁を食らってしまう。

 今回の誘拐事件は、その多額の借金を返済するべく仕組まれたことだった。


(あの鍛冶師が心底憐れでしかないな……)


「そんなくだらないことで巻き込んだのか⁉」

「うぅ……だって、だって……アチは酒が大好きなんッスよ~! でもツケもやりすぎちゃって、店主からももうツケは駄目だって言われちゃって……」

「いや知るかそんなもの」

「お前さぁ、金ぐらい自分で稼げなかったのか? エルフに化けられるんだったら、どうとでもできただろうに」


 たまらず、村正も指摘する。

 すると酒吞童子の目がまるく見開かれた。その手があったかと言わんばかりの驚きに、村正は再度深い溜息をもらす。


(どうしてこんな簡単なことに気付けないんだよ……)

「そうか……最初っから部下達に働かせればよかったんッスね!」

「いやお前が働けよ」

「え~働くのって面倒臭いじゃないッスかぁ。それに一応アチは女だし? 家事をするのが本来の仕事みたいな?」

「なんで疑問形なんだよ……。お前が家事をしている姿がまるで想像できないんだが」

「なんでアチは家事ができると思うんスか。できるわけないッスよ」

「じゃあ役立たずもいいところだな」

「まぁ、それがアチの良きところってやつッスけどね~」


 穀潰ごくつぶし――今の彼女にこれほど相応しい言葉もまぁあるまい。開き直り、何故か得意げな顔をしている酒吞童子に村正は苛立ちを募らせた。

 やはりこのまま、この場で叩き斬ってやろうか。村正が再び童子切村正を抜こうとすると、酒吞童子は慌てふためきながら土下座をした。


「うぅぅぅ勘弁してほしいッス~! そ、それツケを払い終わったらちゃんと鍛冶師にもこれでお金を返済するつもりでいたんスよ~!」


 そう言って、酒呑童子は一つの鉱石を取り出した。

 自らの豊満な胸にいきなり手を突っ込んだのは、そのためであった。

 同時に、何故か杏二郎より背後から槍の石突で小突かれた。やられる理由が皆目見当もつかない村正にしてみれば、ただただ解せない。


「なんだよいきなり……」

「別に、なんでもないでござる」

「なんでもないならするなよ……普通に痛いんだよ、手加減してもお前の突きは」

「……ふん」

「おい……」


 不貞腐れるようにしてそっぽを向いてしまった杏二郎を、村正は怪訝な眼差しを送るしかなかった。

 それはさておき。

 村正は酒吞童子が手にする鉱石に着目した。

 彼女が出したのは玉鋼ではなかった。群青色の中に無数の細かな輝きを宿している鉱石は、村正も生まれて初めて目にする。


(これがもしかして……霊力ってやつを宿している鉱石なのか?)


 不思議な力を、村正はその霊石から感じていた。

 言葉で表現するのが極めて難しい。あえて言うのだとしたら――心が安らいでいく。

 大自然の中に身を置いているかのような穏やかさを、村正は感じていた。


「……不思議な鉱石だな」

「もちろん! この霊石さえあればがっぽがっぽッスよ!」

「……ん? だったらそれを売ってお金にすればよかったんじゃないのか?」

「いや、それは無理だムラマサ。この鉱石はそこまで高値で買い取ってもらえるものではないんだ」

「……へ?」


 トウカの無慈悲な一言に、酒呑童子が固まった。


「この霊石は天鋼あまはがねと言ってだな、その名のとおり天空そらより飛来した鉱石ではある。ここまで聞くと希少であるし高値で売買されそうなものなんだが……未だかつて誰にも扱えないとして、価値が大きく下落してしまった。今では玉鋼と同格程度でしか買い取ってもらない」

「そ、そんな……」

「ざっくり言うとゴミだな」

「あじゃばー!!」


 更なる追い打ちによって、衝撃のあまり酒吞童子の手からするりと天鋼あまはがねが転がり落ちた。


「ご愁傷様だな」


 霊石があるから大丈夫と踏んでいただけに、無慈悲な現実を突きつけられた酒吞童子には、さしもの村正も同情するしかなかった。


「……まぁ元気を出せって」

「うぅぅ……こんなのってあんまりッスよぉ……」

「……さて。とりあえず貴様をどうするかだな」 


 酒吞童子の処遇をどうするべきか。同じことを考えていたであろう、他の兵もトウカに視線を向けた。


「……とりあえず、貴様がやったことは到底許されるものではない」

「後生ッス見逃してくださいッスよ~!」

「できるか! 貴様は私の部下に酷い手傷を負わせたのを忘れたか!」

「そ、そりゃあ殺されそうになったら抵抗するに決まってるじゃないッスか!」

「問答無用! 貴様は今ここでその首を――」

「ちょっと待ってくれないかトウカ」


 抜刀しようとした寸前のトウカを、村正は制した。

 どよめきと共に村正に注目が集まる。

 この場にいる者達は、全員が酒吞童子の処刑を求めている。その中でたった一人だけ異を唱えたのだから、彼らの反応に村正も異議はない。

 周りに意を介することなく、村正はひょいと天鋼を拾い上げる。次の瞬間――見えていななかった……誰の目にも映ることのない概要ものが彼の目には映し出されていた。

 なるほど。思わずそう呟いていた。

 固有技能……自分だけに与えられた恩恵に、自然と口角が釣り上がる。恐らくは、自分だけがこの路傍の石に等しき霊石の真なる価値に気付いたであろう。

 今世紀初となり得る日本刀が生まれるやもしれぬ。その可能性を見出したことが、村正はとても嬉しくて仕方なかった。

 一頻り構想をしたところで、村正は酒呑童子にあることを尋ねた。


「酒呑童子、お前いくら借金してたんだ?」

「えっと……ざっと二百両ッス」

「に、二百両? お前さんそれだけツケで飲んでいたらそりゃ酒屋も怒るだろ。そもそも酒屋もよく二百両もツケを許したな……」

「なんとかツケは払ったしこれで酒が飲めるようにはなったッスけど今度はあの鍛冶屋に……うぅぅ……」

「ならその借金、俺が肩代わりしてやる」

「えぇっ!?」

「ほ、本気でござるか村正殿⁉」

「あぁ、本気も本気だ」


 トウカと杏二郎に詰め寄れるが、村正は己の意志を変えない。百両もの借金をどうやって返済するのか、村正にはある考えがあった。

 その鍵となるものこそが天鋼あまはがねである。


「条件はあるけどな」

「じょ、条件ッスか?」

「この天鋼あまはがね……お前さんどれぐらい持ってる?」

「え? えっと、山に返ればまだまだたくさんあるッスよ」

「よしっ! じゃあそれを全部俺に寄こせ。そうしたら交渉は成立だ」

「本当ッスか⁉」

「待て待てムラマサ。何を勝手に決めている! それに天鋼あまはがねを使って何をするつもりだ?」

「そいつは鍛冶師である俺にしたら愚問だぞトウカ。天空そらから飛来したっていうこいつを使って俺が刀を打つ。それを都で一番偉い奴に売りつける」

「しかし、それは誰にも扱うことができなかったものだぞ? いくら貴様と言っても……」

「そういう意味では俺のこの固有技能とやらに感謝だな。この天鋼を使ったら……とてつもない刀が作れそうな気がしてならないんだ。こんなにもわくわくするのは久方振りだ……」

「ムラマサ……!」

「じゃ、じゃあアチは早速天鋼を取りにいくッス! 約束ッスよ!」

「男に二言はないってな。任せておけ、俺は一度引き受けた仕事は絶対に投げ出したりはしない」


 嬉々として走り去っていく酒呑童子に、村正は笑みをもって見送った。周りからは疑問と一部軽蔑にも似た視線が突き刺さるが、まるで気にならない。


(さてと……今からが楽しみだ)


 その後、酒吞童子に右腕を返却した。

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