村正は今日も異世界にて鉄を打つ
龍威ユウ
第一章:妖刀村正
第1話:村正、家をなくす
鉛色の雲に覆われた空からぽつり、ぽつりと雨が降り始める。
やがて本降りとなって地上へと雨が勢いよく打ち付けられた。
その雨に打たれながら、男達が怒号を上げて地上を蹴り上げる。
時は戦国時代――力なき者は淘汰され、力ある者が支配する時代。
今日もまた、どこぞの国とで争いをやっているらしい。遠くにまで及ぶ戦場の声に、村正は静かに溜息をもらした。
「そ、それで村正殿! 先日にお願いした某の刀であるが……」
「ん? あぁできてるぜ、ほらよ」
今か、今か、と。その様はさながらお預けを食らった子犬のよう。
そわそわとして落ち着きがない侍に村正が日本刀を渡してやれば、たちまち強面に一凛の花がぱっと咲いた。
「おぉぉ……っ! こここ、これが噂の名刀村正! た、高い金を出してよかった!」
「毎度ありな。後、博打はほどほどにしておけよ? 今回はたまたま勝てたみたいだが、次また勝てるとは限らないぞ?」
「無論わかっておる! こうして村正も手に入ったことだから博打はもうしない――多分!」
「多分かよ。まぁいい、それじゃあな」
意気揚々と出ていく侍を見送って、村正は小さく溜息を吐いた。
鍛冶師を生業としている彼は、当然ながら日本刀を作るのが主な仕事だ。これまでに数多くの侍を客としてきて、村正に
それが故に、顧客が多く増えた。
これだけならばいい。村正にとっても悪い点は一切ない。
ただ如何せん、根も葉もない噂に振り回される輩がここ最近になって増えたのが、村正を現在大いに悩ませている。
「御免! ここに村正殿はおられるか?」
「俺がその村正だが? なんだ、お前さんも刀が欲しいのか?」
「左様。拙者は――」
「あぁ別にいい。名乗られたって憶えてないだろうから――で? どの刀が欲しいんだ?」
「いや、拙者は村正殿に是非とも拙者だけの日本刀をどうか打っていただきたく」
「……因みにだが、どんな刀にしてほしいんだ?」
「まず山でござる」
「は? 山?」
「一振りで山を断てるほどの凄い切れ味を持ち、更にはどんなに遠くに敵が離れていようとも突けば必ず切先が心臓へと命中する――」
「それはもう日本刀じゃないだろ帰れ!」
話の途中であったが、村正は侍を追い返した。
まだ何か色々と要求してきたが、知ったことではなかった。
男を追い返し、今日はもう店じまいにいしたところで、村正は大きな溜息を吐く。
「まったく……どうしてこんなことになってしまったもんかねぇ」
と、誰に問うわけでもなく一人愚痴った。
村正打つ刀の売りはなんと言っても切れ味にある。
剣術において究極系とされているのが、
かの剣士は、別の刀を用いておよそ三寸ほど斬り込んだというが、ついに両断することは叶わなかった。
ところが村正の刀を用いたところ、見事彼の剣士は偉業を成し得たのである。
日本刀は斬れることにこそ真の価値あり。折れず、曲がらず、そして美しい……芸術品としての一面を持ち合わせている日本刀であるが、村正は斬れることをとにかく追及した。
それがいつしか、こう怖れられるようになった――村正の打つ刀は、妖刀である、と。
妖刀という噂は更に根も葉もない事実へと歪められていく。
やれ、村正で雷を斬った――これはまだいい。なかなかに現実味があって面白い、と村正の中では高評価よりだ。
やれ、湖に住んでいるという龍を退治した――これも面白い。だが日本において龍は神聖な存在であるので罰が当たりそうな気がしたから、評価も厳しめだ。
やれ、村正の刀を一振りすれば敵の首を一度に千人も刎ね飛ばせられた――まるで意味がわからない。切れ味こそ確かに追及しているが、未だそのような日本刀は生み出せていない。
などなど。とにもかくにも村正にお願いすればどんな刀でも打ってるくれるから、という迷惑極まりない喧伝に村正はほとほと困り果てていた。
先の客も、その喧伝に振り回されてやってきたのだ。
「……いつまでこんなことが続けられるのかねぇ」
村正はごろりと寝転がる。
見慣れた天井をぼんやりと見つめては、大きな欠伸をこぼした。
外では相変わらず、激しい戦が繰り広げられている。
ここも危ない、が村正がここに居を置いているのを知らぬ者はいないので、被害に遭うことはない。
そう高を括っていたものだから、突然天井が突き破られて村正は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をして飛び起きた。
「ななな、なんだなんだ⁉」
慌てふためく村正の声をかき消すほどの轟音が一斉に鳴り響く。
大砲による砲撃を不幸にも受けてしまったようだ。天井のみならず床に深々とめり込んでいる砲弾がなによりの証だ。
「おいおいおいおい! 無関係な俺を巻き込むな……っていうかここまで砲弾って届くものなのか⁉」
村正は急いで身支度を整えると、その場から飛び出した。
彼が避難してから、そのすぐ後。第二、第三の砲撃が容赦なく降り注ぎ、ついには跡形もなく消し飛ばしてしまった。
かつて我が家だったものを前にして、村正の顔はぞっと青ざめていく。
後少しでも遅れていればどうなるかは、わざわざ確認する必要もない。
「おいおいおいおい‼」
村正はとにかく、戦の火の粉が降りかからない場所まで逃げることにした。
いつまた砲撃が飛んでくるやもしれぬ恐怖に晒されながら、体力が尽きるまでひたすらに走り続ける。
どれほど走っただろうか。息が大きく切れたところで、ようやく村正は休止を挟んだ。
ぜぇぜぇと息を乱す彼の額からは、滝のように汗が滲んでいる。
日頃鉄を打っている身だ。全力疾走をしたのは実に久しぶりだったので、余計に体力を消耗してしまった。
「あ~しんど……でも、ここまでくれば問題ないだろ」
そう言った村正の顔には安堵の
ただ闇雲に逃げ回っていたのではない。逃げるべき場所はきちんと選定している。
帰らずの森――それが村正が逃走するに用いた経路だった。
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