159.しっかり食べよう

 王帝陛下には、メティーオと一緒に休んでもらうことにして。

 部隊の皆が交代で休憩、そして食事を取り始めた頃。


「ひとまず、サファード様の配下に引き継いできたでござる!」


 ファンランが元気に戻ってきた。どたばたしまくって、帝都まで往復した割には顔の色艶もいい……ああ、存分に縛り倒したと見える。かなり多かったもんな、推定スパイの皆さん。


「お疲れ様ー。何か情報つかめました?」


「あの愚か者共は、住民の監視役だったようでござるねえ。ゴルドーリア側の動きを察知したシオンの命令で住民に化けてこちらに移動、その後は内部からの撹乱を狙っていたようでござる」


 シノーペから保存食主体の食事を渡されながら、ファンランはこっちに報告をくれた。あーあーあー、元々帝都の人たちを監視してたわけか。……本気で大変だったんだな、ベンドルの一般人の皆って。


「もっとも、怪しい気配がむんむんしていたでござるでな」


「テムさんもいるのに、バレないと思ったんですかねえ」


 いやうん、もっとも。俺はそういうのってどうも鈍いところがあるんだが、ファンランやテムは敏感なんだよね。そんなわけで、俺の代わりにスパイとかをきっちり識別してくれるのはありがたい。お世話になっています。

 ……ま、ファンランは怪しい相手なら遠慮なく縛れるから、ってのも理由だろうけどさ。逃亡阻止にもなるからいいよな。


「ともかく、急かして何だけど早めに食っちまってくれ。シオンがこのまま、おとなしくしてるわけがない」


「それは同感でござる。いただくでござるよー」


 ひとまず、飯食いながらでも話はできるのでまず食ってもらおう。下品だけど、時間は惜しいしな。いつ、帝都の中からシオンなり神魔獣なりが出てくるか分からない、今の状況では。

 もっもっも、とノースボアの干し肉をしっかり噛みしだきながら、ファンランが周囲をキョロキョロ見回していた。何か探してるのか、と思ったら。


「そういえば、テム殿は?」


 なるほど、確かにテムは今ここにはいないからな。猫でも獅子でも、神獣なので何というか目立つんだよな。外見、というよりは気配が。

 その答えは知っているので、ちゃんと伝えよう。


「部隊全体の見回り。特に避難民の人たちには、ちゃんと結界作って護っておかないといけないからって」


「なるほど。シオンの企みに巻き込まれる可能性、この後もないとは言えないでござるからなあ」


 もぐもぐ、がりがり。固めのパンと、干し肉と、干し野菜。あと水、の食事を喉から腹に流し込む。

 軟らかいパンやお弁当なんかは、全部避難民の方に回した。もともと食事を満足に取れてない様子だったから、固いものだと食べるのも大変だろうし。

 俺たちは、帰れば食べられるから。あー、絶対サンドラ亭に食いに行くぞー。


「ランディス殿はその間に食事をして、かの大宰相殿との戦に万全を期すわけでござるね」


「そういうこと。最悪、テムの魔力補充もしなくちゃいけないからな」


 ぶっちゃけ、俺の魔術でシオン……はともかく神魔獣に対抗できるとは思えないし。テムが苦戦した相手、だからな。

 復活用の魔力の元、すなわち王帝陛下や帝都住民は避難させてるから、もし復活したとしても少しは弱い気がするけれど……あーうん、どちらにしろ最低限テムと力を合わせないとだめだろうな。

 もし、シオンが神魔獣を呼び出せずに自滅してくれれば、こっちは楽勝なんだが……多分それはない。かの大宰相殿のことだ、最低でも神魔獣を暴れさせるくらいの準備はしてあるだろうし。


「主戦力はテム殿とランディス殿、それからブラッド公爵軍でござるな」


「ファンランも期待してるんだぞ。動きの素早さは、公爵軍を入れてもトップクラスだろ」


「もちろん、でござる。素早く動けなくては、動く相手を縛ることなぞできないでござるからねえ」


 いや基準がおかしい、と突っ込むより、ファンランのその自信を今は信じたい気持ちだ。

 確かに、動く相手を的確に拘束して芸術的に変態縛りするには、自分の方にそれ以上の速度がなければならないもんなあ。うんまあ、やることが問題と言えば問題なんだけど。というか、普通に縛るより手間も時間も縄の量もかかるはずなんだけど、まあそれはそれ。


「無理してシオン縛らなくてもいいぞ。死んだりしたら大変だからな?」


「理解しているでござる。自分で縛った相手をしっかり鑑賞できねば、面白くないでござるからな」


「あ、うん」


 死なないように、と注意したつもりなんだけれどファンラン自身、そういう理由でしっかり分かってくれているようで何よりである。

 まあ確かに、成果を見られないのはつまらないか。

 ………………何か俺、ファンランの思考に毒されてる感ねえか?


「ごちそうさま、でござる」


 いろいろ考えているうちに、ファンランは自分の分をきれいに平らげていた。早いな、と思ってたけど俺も九割食い終わってるのでそうでもないか。最後の干し野菜をもぐもぐと噛みしめる。


「さて、そろそろ待ち構えておく、かな。気配、は……」


 そんなことを言いながら帝都側に意識を向けて、はっとした。

 シオンを押し止めるために展開した数々の結界が、だいぶ薄れてきている。中で何やってんだか知らないが、魔力の減衰が激しい。


「ランディス殿?」


「もうすぐ出てくると思う」


「承知でござる」


 何が、何を、と言わなくてもファンランは、それで察してくれたようだ。にやり、と口の端を引き上げた笑みは多分、獲物を見つけた肉食獣と同じもの。

 テムやエークが敵を見つけたときに見せるものと、割とよく似ているなと俺は思った。

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