83.互いの主張

「ベンドル王帝国軍第三凱旋大隊を統べる大隊長、イグンマ・ガンドン! いざ、参る!」


 本気で、あの隊長さんは偉い人らしい。大隊長……イグンマが大剣を振りかざし、サファード様目掛けて振り下ろした。


「おおおおおっ!」


「はぁっ!」


 ……んでまあ、何で受け止められるかと言うとサファード様だから、としか俺には言いようがない。そして、受け止めるどころか押し返して弾き飛ばしたんだからもうすごい、と言うしかない。俺の補助魔術なんて大したことないしな。


「こちらから参ります!」


「来い!」


 姿勢を立て直したイグンマに向けて、今度はサファード様が走り出す。ただ、スピードを乗せたとしても多分、あの大柄な隊長は受けてみせるだろうな……ほら、金属音だけがした。剣同士がぶつかった音だよ。


「わしと真正面から打ち合えるとはな! 公爵は、良い男を射止めたものよ!」


「お互いに射止め合ったんですよ! ははは、羨ましいでしょう!」


「おうよ! わしはまだ独り身だからな!」


 ……剣をぶつけ合いながら何の話してるんだ、あんたら。サファード様、この期に及んでのろけか。

 いやまあ、きちんとお屋敷に帰れるならどこでのろけようがかまわないんだけどさ。


「マスター、あれの邪魔はさせたくないな」


「うん、同感」


「うにゃ」


 ひそ、と話しかけてきたテムに頷く。と、エークがするすると前に出た。ああ、イグンマ大隊長についてきた兵士たちが、乱入しようとしているわけか。


「隊長!」


「助勢します!」


「来るな!」


「ぎゃう!」


 その兵士たちの声にイグンマと、そしてエークの声が答える。大隊長は部下たちを睨みつけ、黒虎の魔獣が兵士たちの前に立ちはだかった。


「我らが王帝陛下に捧ぐべき強者の首を、わし一人で取れなくばそれはただの恥!」


「それに、このような楽しい戦は久方ぶりなんですよ。邪魔をしないでいただけますか」


 彼らの長である大隊長と、敵の長とも言えるサファード様。その二人が邪魔をするな、と言っているのだ……兵士たちも俺たちも、そんなことをすべきではない。

 二人は、自分たちの一騎打ちで決着をつけたいと考えているのだ。それを邪魔するなんて、無粋でしかない。


「……仕える相手は違いますが、よい相手で良かったと思っております」


「それはこちらの台詞だ。だが、勝つのはわしだ!」


「僕ですよ!」


『おおおおおっ!』


 ほら、ああやって剣をぶつけ合う二人の何と楽しそうなこと。だから、俺はそのお手伝いをちょこっとだけ、させてもらおう。


「防御結界、タイプ物理、魔術、更に重ねがけ」


 二人の周囲を、厚手の結界で覆う。誰も邪魔しないように、誰にも邪魔させないように。

 例えば今、サファード様に向けて弓の狙いをつけていたベンドルの兵士たちのような。


「邪魔しちゃだめ、ってそちらの隊長さんも言ってたじゃないか。失礼だな、あんたら」


「全く……そなたらの長が邪魔をするなと命じたのだ。従え、愚か者ども」


「ぐわお!」


 俺とテムにたしなめられ、エークに吠えられて兵士たちが「ひいっ!」と後ずさる。いや、この程度で顔をひきつらせて大丈夫なのかあんたら、敵国侵略しに来た軍人だろうが。


「このまま見ているんですか? ランディスさん」


「うん、そのつもり。あの人たちが邪魔しないようにね」


 こそっと尋ねてきたシノーペにそう答えて、俺は視線を二人の戦いに戻す。上から降ってくる攻撃も結界で防いでいるし、あの兵士たちはいざとなったらお片付けするしかないか。


「それなら、邪魔しないようにしちゃいましょうね。土魔術……見物用の檻、はいどうぞ!」


 にんまりと笑顔になったシノーペが、魔力を蓄えた手で土の壁に触れた。流れ込んだ魔力が次の瞬間、兵士たちの前に細く丈夫な格子となって立ち上がる。


「な、何をする!」


「戦に邪魔者が入らぬように、という我が方の魔術師の心遣いだ。ありがたく、長の戦を見ておれ」


 何もしてないけれど、テムが偉そうに彼らに命じる。ああいや、神獣って人間より偉いもんな。神様の御使いの獣、なんだから。

 ぐる、と喉を鳴らしてエークがその前にどっかりと寝転がる。見張り役は僕がやりますよ、とか何とかなんだろうな。後で撫でてやろ、よく頑張ってるもんなあ。


「サファード、だったな! なぜ、貴様ら『偽王国』は王帝陛下に従わんのだ!」


 がぎん、と音がしてイグンマ大隊長の剣がほんの微か、欠ける。


「僕たちにしてみれば、ベンドルの王帝陛下は小さな北国の王様でしかないんですよ! 現実的にね!」


 がぎん、と音がしてサファード様の剣の切っ先が、僅かに欠ける。


「貴様ら反逆者のせいで、正当なる王統が北の地に追いやられたのだ! 故に我らは、我らの正当性をもって『神なる水』の都に戻る!」


「あいにくですが、その主張を支持する国はほとんどありませんね!」


 がんがんとぶつかり合う金属から、かけらがぱし、ぱしと勢いよく飛んでくる。慌てて結界を強化して、防御力を強めた。あんな小さな金属片でも、あの速度で飛んできたらかなりの殺傷能力があるからな。


「我らは我らの力をもって、我らの主張を正当なるものと認めさせる!」


「申し訳ないが、それは受け入れられません!」


 ベンドルの主張とゴルドーリアの主張が、正面切ってぶつかった。ばぎんという、何かが折れた音がした。

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