75.念には念を入れ
静かに行軍した俺たちは、ベンドル軍の最後尾からある程度距離をとって、小さな丘を間に挟むように陣を配した。昔は岩山だったものらしく、王都の防衛には便利だとかでいくつか残ってるものだ。
このへんまで来ると、『神なる水』の恩恵を受けて緑が多い。かつて岩と砂の大地だったこの辺は、緑の草原とポツポツ生えた木々、そしてあちらこちらに見える林や森で構成されている……んだが。
「そのうち、この辺りも元の荒れ地に戻っていくのであろうなあ」
「『神なる水』がかれてしまえば、そうなりますね」
「自分たちは、この辺りが緑である風景しか知らないでござる。どのように移ろっていくのでござろうな?」
「水不足で枯れた畑を見たことがありますけど、あのような感じかしら?」
簡易的な寝床を作りながら、テムと言葉をかわすサファード様とファンラン、シノーペ。全員ま、そうなるよねーといった軽い口ぶりで、あんまり感情が乗っていないのは王都近辺にさほど思い入れがなかったからだろうな。
「うにゃー」
そんなところへ、ひょこっと黒いものが出てきた。鳴き声でエークだと分かるから、まあいいけどさ。
「エークか。いかがであった?」
「にゃうにゃう、うにゃにゃ」
「ふむふむ」
エークはテムと違って人の言葉を話せないから、申し訳ないけれどテムに通訳してもらう形になる。……神獣に通訳させる下僕の魔獣ってなんだろうな、うん。頑張って話せるようになってくれよ、エーク。
なお、シノーペが「かわいい……」とうっとりして見てるのは知らないことにしよう。後で毛づくろいでもしてもらえ、エーク。
「ふむ。こちらの思惑は、無事あちらに伝わったそうだぞ。安心して良い」
「ああ、それは助かります。ありがとうございます、エーク君」
「うにゃあ、にゃあにゃあん」
ともあれ、テムの通訳で話が理解できたサファード様がエークの喉をごろごろする。おお、気持ちよさそうだねえ……外見猫だけど、魔獣としての姿は翼生えた黒虎だからな、お前。いや、虎の姿でもごろごろうにゃーんとかしてるけど。
「ああ、途中でベンドルの隠密が二人ほど襲ってきたのを片付けたようだ。あちらには見つからぬよう、きちんと処理したな?」
「にゃっ!」
元気に返事するエークの口元で、普通の猫よりはちょっと長めの牙がキラリと光った。すっかり猫化しているけれど、魔獣なんだよなあ。
「エーク、えらいえらい」
「うにゅーん」
まあ、人懐こい猫魔獣なので撫でてやればすごくご機嫌になる。これで、敵を相手にするとなかなか迫力あるのにな。
「やれやれ。ならば、もともとの作戦で問題ないようですね。部隊は今のうちに、交代で仮眠を取っておくよう指示してください。夜明け前には動けるように」
「はっ」
サファード様の指示を部隊に伝えるため、配下の兵士が走っていく。それを見送りながら、テムも口元の牙を見せた。今のお前だと、結構迫力あるぞ。
「マスターたちも寝ておくが良い。我が警戒しておこうぞ」
「自分も平気でござる故、助力するでござる」
「じゃあ、私は交代要員でいいですか。その間にエークのブラッシングもしておきます」
「俺も一応、交代要員に入れといてくれよ?」
……俺も含めて、緊張感がないなあ。テムと俺で、防御と気配遮断結界を展開してるからだろうけれど。
それでも、警戒は怠らないように振り分ける。テムとファンランに先に見張りをしてもらって、俺とシノーペで後でよさそうだな。
「僕は明日の朝暴れる、という重要任務がありますから、先に休ませてもらいますね」
そして部隊の長たるサファード様は、あっさりそう言い置いて馬車の向こうに引っ込んだ。
一応、簡単な天幕を作ってあるのがサファード様用の空間として用意されている。ほら、公爵の配偶者だしね。何かあったら……あーうん、俺たちそれこそ命なさそう。テムはともかく。
『おやすみなさーい』
「……でござる。サファード様自ら暴れる、とおっしゃったでござるな」
その後ろ姿を見送って、ファンランが軽く肩を震わせた。寒さとかそういうのではなく、おそらくはサファード様の本気がちょっと怖い、というところだな。
まだ、笑顔なだけましなんだろうなあ。あの手の人って、本気の本気で怒ったらイケメン顔から表情がなくなったりするもの。もしくはガチ怒り顔になるか。どちらにしろ、『神なる水』がかれる前にこの辺りが荒れ地に戻りそうな感じだな。
「計画通りなら、ベンドル軍があわくってこっちに突っ込んでくるのを殲滅するのが任務だからね」
「旧王都は、我が結界を張っておいたからの。そうそう、破れることはない……というか、一度張っておけば中の魔術師が魔力供給をやってくれるだろうし」
「団長や皆なら、きちんとやってくれるはずですから大丈夫ですよ」
「その上で、攻撃担当がうちの団長率いる近衛騎士隊でござるからな」
明日の状況を、ざっと脳裏に展開してみる。
旧王都は、テムが結界を展開してくれたのでかなり強固な要塞……なんだけど、俺たちがいた当時よりは弱まっているだろう。
もっとも、結界というやつは魔力を補給すればかなり保つ。アシュディさんたちはちゃんとやってくれるだろうね。
……で、マイガスさん以下近衛騎士隊、そして正規軍部隊がベンドル軍を正面から迎え撃つ。それと前後して、こちらがその背後をついて攻撃を仕掛ける。
「更に別部隊が、俺たちの背後からくる可能性も一応考えておこうな」
「念には念を入れて、でござるな」
「うにゃー」
人間が考えつく策なのだから、ベンドルの誰かが同じことを考えついていてもおかしくはない。だからこちらも、自分たちの背後には気をつけておく必要がある。
「全力で壁を造っておく故、さほど気にせずともよいぞ。我とエークリールで、警戒はしておくしな」
「にゃあ!」
「ああうん、よろしくお願いします……シノーペ、エークのお手入れしてやって」
「もちろんです! 今帰ってきたところで、お疲れよねえ」
「うにゃ」
というか神獣、魔獣、君らもう少しわがまま言っていいからな? これはあくまで、人間の側の都合でやってることだからな?
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