38.権力を傘に殴ろうか
「どうです殿下! わしの考え、当たっておりましたでしょう!」
王太子軍とは別の方向……あーえーと向かって右側だから、南西方角だな。そちらから、ここに来てていいのかよという人の声がした。ばらばらばらっと並ぶ兵士たちの武装は……近衛兵でも国軍でもないな。まさか。
「宰相か! さすがだな!」
「ふははははお任せあれ! きゃつらの相手は、我がガンドル侯爵家軍がいたしますぞ!」
おいおいおいおい、マジで自分のところの兵士持ってきたのかよ。領地大丈夫か、と他人事だけどつい考えてしまった。宰相の領地は南の温暖な地域で、だから王都を脱出した人たちの多くが逃げ込む先の一つになっているはずだ。
あ、確かガンドル家の領地を守ってる代官って、宰相の弟さんだっけ。兄弟揃って割と似たりよったりの性格だと聞いたけど……本気で大丈夫か?
「魔力集中、構成! 移動阻害結界、タイプ物理及び魔術! それから強化魔術、タイプ筋力及び速度! あーもう、王太子殿下はともかく何で宰相閣下が直々にお出ましなのよ?」
手早く結界と、ついでにこちらの全員に強化の魔術をかけながらアシュディさんが首をひねる。とっさにかけてる割には何となく、動きやすくなったというのが感覚でわかるんだよなあ。
「好意的に考えて、せいぜい王都の護りを復活させるために私自らが出る、と言ったところだろ? おらあっ!」
「実際のところは、ご自身のヘマを帳消しにすべく慌てて飛んできたって感じですけどねー。結界に魔力注入しまーす」
ファンランが一人と剣を交えているので、それ以外に押しかけてきた兵士たちを剣の風圧だけで吹き飛ばしてマイガスさんが答えた。うん、普通はそんな事できないからアシュディさんの強化のおかげだな、あれ。あとシノーペ、ちゃっかり結界強化してるし。
一方そのファンランはと言うと。
「とりあえず、貴様は刃を引っ込めるでござるよ」
「断る!」
「ならば、とっとと折るでござる! ふんぬっ!」
いつも振るっている長剣ではなくて、短剣と……アレなんだっけ、ソードブレーカーの一種だったっけ。ジュッテとかいうやつで敵の剣を絡め取って、ばきんと折った。あれも多分、強化魔術のおかげ……だと思うんだけど、はて。
ファンランと相手が離れたところに結界を張って、ひとまず状況を確認しようか。
「これ、宰相よ。国の都を護るべき者が、何故に北の地までやってきた」
そんなことを思ってたら、この場にいる全員の中で最上位に位置するテムが上から目線を全開にした。獅子の姿をした神獣が偉そうに問うてくるのを聞いて、近衛騎士もガンドル侯爵家軍もかなり怯えているなあ。
「む、無論国を守るためだ! 貴様らが、国王陛下の代理として政務を司っているわしに従わぬから!」
『えー』
宰相も怯えてるのに、必死に上から目線になろうとして何言ってるんだ、あの人。というか今の「えー」、俺たち側はともかく近衛騎士とかからも聞こえてきたんだけど大丈夫か。
「えーではない! 国王陛下代理としてブラッド公爵家、及びキャスバート・ランディスに告げる! 王都に戻らぬ場合は公爵領全てを王家の直轄領とし、来るベンドル王帝国との戦において最前線で戦え!」
「お言葉ですが、宰相閣下」
頑張って命令してる宰相閣下に、サファード様が呆れたように髪を掻きつつ口を挟んだ。
「ドヴェン辺境伯家は、いかがなさるおつもりで? あちらのほうが、宰相閣下とは懇意でございましょうに」
そうなんだよねえ。サファード様のおっしゃるとおり、ブラッド公爵家よりドヴェン辺境伯家のほうが宰相とは親しい間柄だ。しかも辺境伯っていうのはそもそも、国の境に位置し侵略者から国を守る家柄のはずだ。
なので、そちらに命じたほうが他の貴族たちもすっごく納得するとは思うんだけど……さて、宰相閣下の返答や如何に。
「無論、ドヴェンにも働いてはもらう。だが、せっかく『ランディスブランド』などという名を名乗っているのだ、貴様らのほうが強かろう!」
「あらやだ、宰相閣下ったらドヴェン辺境伯軍が弱いとでもおっしゃるのですかあ?」
「というか、どう聞いても辺境伯の力では国境を守れない、とおっしゃってますね。義兄上」
「駄目ですよ、セオドラ。本当のことをはっきり言ってしまっては、はしたないじゃないですか」
この場にアシュディさんとセオドラ様がいたのがある意味、宰相閣下の敗因だろうなあ。サファード様はメルランディア様の代理なんだから仕方ないけどさ、彼も含めてこの三人の口に宰相の口が勝てるとはとても思えんし。
「というか、さきほど気配が離れていったでござるよ。おそらく、辺境伯家から派遣された隠密でござろう」
「あーあ。宰相閣下、明日くらいには辺境伯がお怒りになりますよ? うちを馬鹿にしたって」
追加で放たれたファンランとシノーペのセリフに、宰相閣下が麻痺の魔術もけてないのに凍りついた。王太子殿下はまだ動けないけど、顔がひきつっているのがわかる。
「マスター、面倒くさいので全員ぶっ飛ばして良いか?」
「やめとけ神獣様、アレでも一応王子だったり貴族の当主だったりするんでな」
テムがいらつくのはわかるけど、マイガスさんが止めてくれてありがたい。
この場合、自分たちの状況もそうなんだけど外から見た場合の状況が結構重要だからね。
「ベンドル王帝国とかそれ以外の国から見るとさ、この人たちを全部ぶっ飛ばすと第一王子と中枢に近い貴族の当主がいなくなるってことなんだよな。そうすると、どう思う?」
「……なるほど。政治の中枢が空っぽになる故、大変攻め込みやすくなるな。今の王の体調次第ではあるが」
「今のうちに、国王陛下が人事をどうにかしてるならいいんだけどね」
いやもう、くっそ面倒くさい話だよね。
国王陛下がご病気で、政務代行してる王太子と宰相が阿呆で、それ以外の大臣とかは……それなりに頑張ってるとは思うんだけど、宰相の権限が大きかったり王太子殿下が不敬であるとか何とか言ってたりしてたしなあ、今までの王都。
あ、もしかして今、チャンス?
「……神獣様、キャスバート。あの人たち全員を確保したいんですが、ご協力願えますか?」
なんだろう、サファード様も俺と同じことを考えたみたいだ。にっこり笑ってこちらにお願いをしてくる。拒否するつもりは毛頭ないけどさ。
「うむ、構わぬぞ。何なら阿呆馬鹿コンビだけ、そなたの目の前に放り出してみせようか」
「ああ、お願いします。一度やってみたかったんですよねえ」
テムも同じ笑顔で、ゆったりと頷いた。その返答に満足したのか、サファード様はご自身の指をバキボキ鳴らして、そうして。
「権力を盾にした暴力なんて、自分とこの民にできることじゃないですし!」
……うん、国王陛下の親書ってでっかい権力だよね。王太子殿下も宰相閣下も、それにはかなわない。
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