小さな同席者
koto
小さな同席者
週末。俺は星を眺めに山のキャンプ場までやってきた。といっても登山ではない。車で来られる程度には整備された道なので気楽なドライブだ。
冬場とはいえ山の空気を味わえないのがもったいなくて、多少寒くても窓を開けて走らせる。朝自宅を出て、キャンプ場についたころには昼近くなっていた。
「やっと着いた」
車のトランクから荷物を取り出すまえに大きく伸びをすると、澄んだ空気が胸にしみわたる。キャンプ場の駐車場からテントサイトまではやや距離があるので、荷物を担いで砂利道を往復することになるが、苦にはならない。勝手知ったる道をうきたつ気持ちを抱えながら歩くと、人の声はほとんど聞こえず鳥の声ばかりが響いていた。
「冬でも山の鳥は元気だな」
高い空、澄んだ冷たい空気、舗装されていない道、鳥の声。どれも好きなものばかりだ。
このキャンプ場は、学生のころからのお気に入りだった。受付で顔見知りの管理人に今日は3組しか来ないと聞かされて、申し訳ないがほっとする。キャンプ場の名誉のために言うが、ここもハイシーズンは混んでいるのだ。だが、喧騒から離れたくてキャンプに来る身には、ひと気が少ない方が有難かった。
日が高いうちにテントを張り、荷物を運び込み(といっても登山用のリュック程度である)焚き火の用意をする。地面で直に熾す火ではないが、意外に暖をとれるし、簡単な調理もできる。一人だけのキャンプではそれで十分だった。
双眼鏡に寝袋、夜食にポットのお茶。夜中の星を眺めるための準備を整えて、早めの夕食をとる。その頃には俺のテントから離れた場所にぽつんぽつんと二張りのテントが準備されていて、それぞれが黙々と夕食の準備に取り掛かっていた。
軽くあいさつを交わした時に、俺の他の二組もどうやら星を見に来たらしいと知れたので気が楽になる。行動時間が周囲と異なるのはトラブルのもとだし、星を見る人間にとってのマナーは特殊だからだ。懐中電灯に赤いセロファンをかけて照らすなんて、一般の人の首を傾げさせるだけだろうから。
「さて、しばらくは焚き火でも楽しむか」
調理器具を片付けて残るは焚き火の処理だけになると、火の暖かさが惜しくなった。俺を含めて3か所で、似たような火が灯っている。ここで3人が肩を寄せ合えばもう少し暖かいのかもしれないが、今求めているものはそれではなかった。多分お互いにそうなのだろう。
炭が立てるぱちぱちという音が心地よくて、急速に暮れてきた空を眺めながらしばし火にあたった。
(いい星空だったな。結構流星も観られたし)
夜更けに星見を終えて明け方まで眠った。今日は早めに帰宅して、テントや寝袋を干したいし、明日はいつも通り出勤なので準備をしておきたかったのもある。本音を言えば2泊以上したかったのだが、そうそう休みを取ることもままならない以上、これが限度だった。
早めの朝食のために、火をおこす。残り二張りのテントの主を起こさないように気を配りながら簡素な食事をとった。
まだ底冷えしている朝のことだ、火は昨日の夜以上に惜しかった。片づけをためらいつつ火に当たっていると、近くで軽い羽音が聞こえた。小さな姿が焚き火を挟んで向こう側に降り立つ。
(野鳥か)
ちょんちょん、と軽やかに弾むように近づいてきた鳥は、少しためらうように足を止めるとこちらに視線を向けてきた。どうやら俺の存在が気になっているようだ。何となく目を合わせてはいけない気がしてそっぽを向くと、視界の隅で焚き火に近づいてくる鳥が見えた。
(おいおい、焼き鳥になるぞ)
俺の心の声を無視する形で小鳥は焚き火に近づいてきて、不意に地面にうずくまった。ふわふわの羽毛を膨らませるその姿に、ようやく俺はこいつが何をしにきたのか気付く。
(お前、焚き火に当たりに来たのか)
珍客の到来に面食らいつつ、これはますます火を片付けられなくなったなとおかしくなった。
(管理事務所が開くまでまだ間があるし、まあいいか)
羽繕いをしつつうとうととまぶたを閉じ始めた野鳥の呑気さに、俺は笑いをこらえる。鳥は俺を当面の脅威と考えなくなったのか、地面にぽってりと落とした餅のような姿で一層大胆にくつろぎ始めた。
(ああ、いいな。これだから山は好きなんだ)
さすがに初めての体験だったが、自然と人とがギリギリの線で触れ合った感じがした。
名も知らぬ野鳥は、しばらくそうして暖を取った後、思い出したように身を震わせてから、木立へと飛び去った。俺はそれを見送ると、ようやく焚き火の処理に取り掛かったのだった。
翌日から始まるいつも通りの日常に、ほんのわずかな温もりが加わった気がした。
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頂いたお題:たき火にあたる鳥
小さな同席者 koto @ktosawa
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