第2話(挿絵公開予定)
突然の告白に思考停止する中、司は反射的に断りの文句を口にした。
「え、あれ。おかしいですね。聞き間違い?」
「あ、声小さかったですかね。できません」
「あぇ……?」
顔を上げた彼女の瞳にじわっと涙がたまっていくのが見える。今にもこぼれてしまいそうだ。
司も男だ。こんなにかわいい、しかも司のタイプに限りなく近い女の子でもある。正直、告白はうれしいし、諸手を挙げてぜひ受けたいところだが理性がストップをかけた。
「あの、俺は君のこと全然知らないし、そもそもなんで俺の名前知ってるの?」
怪しい。突然、美少女が現れて自分に告白する。まともな人間ならここでストップが働くに十分怪しい状況。それが彼の理性を働かせた。
司の人生、彼女のような女の子に関わる機会はなかった。小学生、中学生時代とさかのぼっても彼女の顔に一致するような人物はいない。さすがに幼稚園の記憶を求められると自信はなくなってくるが、おそらくなかったと思う。
それなのに、彼女は司の顔と名前を知っている。自分は彼女を知らないのに、彼女は自分のことを知っているというのは、ひどく気持ち悪い感覚があった。
「え、あ、そうでした。初対面ですよね。でも私たち初対面じゃないんです!」
「あ、それはすみません。どこかでお会いしたことが?」
「はい! 司さんが中学生のとき、通学路の近くの神社で!」
「あー、あの神社かー……え、あの神社?」
言われた神社は確かに覚えがある。司は中学生の時、学校からの帰り道でよく神社に寄っていた。コンビニに寄っておやつを買い、神社で食べたり、急な雨が降ったときは雨宿りで利用したり、試験前はお参りをしたものだ。
「あの神社は無人だったような……天河さんに会った覚えはないような」
司の記憶では神社は無人で、参拝客も司は見たことがなかった。人気のない神社だからこそ、司の秘密の休憩場所だったのだ。
「あそこは俺以外に人は見たことないぞ。いたのはたまに出てくる野良狐くらいで……」
「はい! 私はその狐です!」
「ん?」
ちょっと何言っているかよくわからなかった。
いま一度、彼女の言葉を頭で反芻するが、やっぱりよくわからない。
「何度か魚肉ソーセージをもらった狐です!」
「ちょっとよくわからないです」
「思い出しましたか!」と言わんばかりの嬉しそうな顔で自身の正体を告白する天河美也孤と名乗る美少女。
そう、美少女なのだ。
狐ではない。
目の前にいるのは人間の女の子で狐ではないのだ。
「君は人間では?」
「でも狐でした!」
「……なるほど。わかった」
これ宗教勧誘だ。
狐が人間になる? そんなトンチキな超常現象なんてありえない。つまり、彼女は俺を何らかの宗教に勧誘するためにここにやってきたのだろう。
告白してまで勧誘するとはタチが悪い。純情な思春期男子の心をもてあそばれるところだった。
「宗教には興味ないんで、では」
「あ、まってまって閉めないで! もっと話を聞いてください! いいえ聞くべきです!」
「興味ないです他を当たってください」
そっと閉めようとしたドアを両手で止められる。おお、思ったより力強い。
彼女の言ったことはすべて本当だ。あの神社に司が通っていたのは確かにその通りだ。野良狐に会ったことあるし、魚肉ソーセージも何度かあげたことある。
「どこで見てたか知りませんが、深くは追及しません。お引き取りください」
「待ってくださいお願いします! 信じてないですね! ホントです! ホントに狐なんです!」
若干の恐怖にかられながら扉を閉めようとするも、力が強い強い。ぐぐぐっと徐々に開けられ、家に引きこもるという手は封じられた。
「聞いてください! ホントなんです!」
「わかりましたわかりました。俺は疲れているんで今日はここで」
「あー、それは信じていない顔ですね! いま証拠見せますからドア閉めないでください!」
美也孤は両手の代わりに足をドアストッパーにして、かぶっていたニット帽を脱ぎ去った。
ぴょこん
妙な擬音が聞こえた。
ニット帽から解放され、現れたのは耳。
耳である。
形を見るに、おそらく狐耳。
いわゆるケモミミ。
きれいな三角形が髪の隙間からまっすぐ上に伸びている。
「……おおぉぅ」
「ふふん、どうです。本物ですよ。これでさすがに信じたでしょうっひゃぁ!?」
もふもふもふもふ。
右手を伸ばし狐耳に触れる。外側を掌でそっとなでる。次いで、耳の外と内の境目を人差し指でつつーっとなぞっていく。最後に根もとを指先でやさしくもんでみる。
「ひゃ、やぁ……ちょ、くすぐったい……ふあぁッ!?」
司はほとんど無意識に手を動かしていた。右耳を一通りなでると、今度はそのまま左耳をなでる。根もとから先端までまんべんなく、撫でて揉んでなぞっていく。時に強く、時に弱く、緩急をつけながら、確かめるように丹念に。耳の外側はさわさわと毛並みに逆らわず、耳の縁は早すぎず遅すぎず、一番刺激が伝わりやすい速度でなぞる。根元は撫でるというより指の腹で軽く押すように刺激を与えていく。
「ちょ、もういいでしょ……はぅ! ひゃああぁぁ……」
美也孤は体を震わせ、時折かすれたような声を出すのみで司に撫でられ続けた。逃げようにも耳から伝わる刺激が首を通り、背中を走り抜け、足に力が入らなくなったのだ。
やがて美也孤は耐えきれなくなって床にぺたんと座り込んだ。そこでようやく司も我に返った。
「あ、おい大丈夫か? ごめん、急に撫でまわしたりして」
「はぁ……はぁ……いえ、大丈夫です。……それにちょっと気持ちよかったですし。はふぅ」
美也孤はふらつきながらもなんとか立ち上がる。肩で息をし、呼吸を整えるが、そのたびに先ほどの余韻が首筋を走り、背中がこわばってしまう。
「はぁ、はぁ……すー……はー……」
大きく深呼吸をして、ようやく落ち着けたようだ。それでも、頬から首まで真っ赤に火照った熱はしばらく収まりそうにない。開いた口からは熱い吐息が漏れ、濡れた舌をちらちらと覗かせていた。
冷静さを取り戻したようでとろんと蕩けかけた瞳からの熱い視線に、司は思わずドキッとした。
「はぁ……はえ? どうしました?」
「あ、いや、えっとなんだっけ?」
「えっとなんでしたっけ……あ、そう! 私が狐だって話ですよ! 信じてもらえましたね!」
そうだった忘れてた。
司の手に残る感触は本物だ。作りものじゃない柔らかな感触と生きもの特有の温かさが確かにあった。
「あぁ、確かに本物っぽい感触だった」
「『ぽい』じゃないです。本物です!」
「ということは、本当に狐?」
「はい、狐から神通力により
強調するように両掌を狐耳に当てて改めて自己紹介。
信じる……信じるべきなのか?
確かに狐耳のような感触はあった。本物っぽかった。
けど、だとしてもだ。冷静に考えてみろ。
狐が人間になるなんてあり得ない。
本物っぽいというだけで、実は何かしら細工したものかもしれない。
「いや信じられない」
「なんでぇ!?」
「どうせなにか仕込みがあるんだろう。そもそも狐が人間になったなんて話自体ムチャクチャすぎる」
「それは……そうかもしれませんけど、ウソのようなホントの話です!」
「それ、詐欺師の常套句だな」
美也孤自身も自分の言っていることが信じられないだろうことは自覚しているようだ。「ホントなのに」と後付けされた声は小さくすぼんでいった。
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