第01章『自信』
第01話
高校に入学して一週間。
新しい学校生活には慣れていた。しかし、ずっと沈んだ気分では新鮮味が無く、そのせいで新生活の実感が湧かないのだと
今日の放課後は特に憂鬱だった。
学校最寄りの駅に向かうが、改札前で足を止めた。
高校入学を機に持った携帯電話が震え、メッセージアプリの通知を伝えた。
『ごめん。もうちょっとで着くね』
学校生活と違い、携帯電話の操作にはまだ慣れなかった。そのメッセージを確認すると、返信をせずに携帯電話を仕舞った。
「姫奈ちゃん、お待たせ」
しばらくして、お団子ヘアーの少女が改札の向こうから現れた。
青と黒のチェック柄スカートとリボン。薄く青みがかったブラウスの上から、大きめのベージュのカーディガン。どこかラフな感じの制服は『良い成績でさえいれば後は自由』というイメージが、姫奈の中で過去からずっとあった。鞄や靴の指定は無く、目の前の少女はリュックサックとスニーカーだった。
その制服は、この地域で一番の進学校のものだった。
自分がその制服を着ていない事実が――姫奈はたまらなく悔しかった。
「久しぶりだね、八雲」
ちゃんと笑顔を作れているだろうかと不安になりながらも、姫奈は親友との再会を喜んでいる振りをした。
二人で同じ高校を受験したが――姫奈は不合格だった。
「あれ? 姫奈ちゃんメガネかけたんだ」
「うん。ちょっとね……」
「制服も似合ってんね。女子校だっけ? なんか、お嬢様みたいじゃん」
一方の姫奈はというと、紺のジャンパースカートとショート丈のブレザー、そして赤いリボンタイ。八雲とは打って変わって堅い感じであるため、そう捉えられても無理もないと思った。
もっとも、今の姫奈には皮肉のようにも聞こえたが。
「ありがとう……。ちょっと歩こうか」
姫奈は学校とは反対側の出口を指差し、ふたりで歩き出した。
このあたりは海沿いの街だった。さざ波や風の音が自然と耳に入ってくる。
自宅からモノレールで一駅の所だが、姫奈は過去からこの近辺に来ることはほとんどなかったため、地理感には疎かった。それは八雲も同じのようだった。特に行く宛も無く、なんとなく歩いた。
まだローファーで歩く事には慣れず、なんだか足から頭まで全身が窮屈だった。
中学生時代と同じく、八雲と自然に手を繋いでいた。
学校ではまだ友達がいないから余計に、久々の八雲の手の感触が『親友』だと実感させた。最悪だった気分が少しだけ和らいだ。
かつての親友は、どこか制服を着崩していて。新しい学校にすっかり馴染んでいる『女子高生』に見えて。なんだかとても同い年には見えなくて。距離が開いたと思ったのに――そんなことは無かったのかもしれない。
やがて、大きな河の終着点を横切る橋を渡ると、埠頭へと出た。
埠頭とはいえ殺風景なものではなく、緑が整備された公園らしきものが広がり、その先には鉛筆のような尖った屋根の建物が目を引いた。
「へー。こんなとこあったんだね。姫奈ちゃん知ってた?」
「ううん。たぶん初めて来たと思う」
学校から徒歩二十分ほどだろうか。景色の割に人気がほとんど無い静かな場所のため、穴場スポットだと姫奈は思った。
足は自然と、尖った屋根の建物へと向かっていた。
それまでは隠れて見えなかったが、建物に近づくと背の高い建物――タワーマンションが見えた。
周りを見渡すが、やはり自分達以外に人の姿は無かった。
「こんな所に人が住んでるんだね」
「周りに何もなくて不便そうなのにねー」
八雲の言葉通り、周辺にスーパーやドラッグストア、コンビニ等は見当たらない。ここで暮らす人々はなんだか高級自動車で移動していそうだと姫奈は思った。
「もしかしたら、芸能人の隠れ家だったりして」
そんな冗談を言いながら、八雲は笑った。
姫奈の疑問と同じく、八雲もセレブなイメージをしていたようだ。
真相の分からない会話を交わしながら、尖った屋根の建物へと足を運んだ。
近づくと、案内看板からそこが客船ターミナルなのだと分かった。コンビニや飲食店が入っているようだが、今日は入船予定が無いためか建物全体がガランとしていた。
コンビニで飲み物を買い、建物前の広場に出た。緩やかな階段状の広場は、海に面していた。
やはりふたり以外の人影は無く、静かな所だった。
適当な階段にふたり並んで腰掛けた。
「正直に言うとね……。わたしまだ、八雲に会うべきじゃなかったと思ってる」
気分が落ち着いていたから。海を眺めながら、姫奈は口にした。
「どうしてさ?」
隣から聞こえる八雲の声に、驚きは含まれていなかった。八雲らしいと姫奈は思った。
「八雲だけが受かったことに、嫉妬しちゃうの」
気分は割と晴れたものの、奥底にあるドス黒いものが完全に消え去ったわけではなかった。
憧れだった制服を親友のみが着ているという事実。それをまだ受け入れ難いと同時に、まだ羨望していた。
「力不足だったわたしが悪いのに……八雲に嫉妬したくないよ……」
いざ言葉にすると瞳の奥が熱くなり、感情が溢れそうになったため、俯き膝を抱えた。
自らの嫌な感情もまた、受け入れたくなかった。
「姫奈ちゃん、まだ立ち直ってないんだね?」
「うん」
「そっか。それじゃあウチは何も言えないや」
相変わらず八雲の声に感情の起伏は無く、淡々としていた。
「酷な事言うようだけどさ。たぶん、ウチが……ウチだから、今何を言っても意味無いと思うんだよね」
実際そうだと、姫奈は納得した。成功を掴んだ人間から――嫉妬相手からの励ましや慰めは響かなく、同情もまた鬱陶しいだけだろう。
「時間がかかっても、姫奈ちゃんが自分で起き上がるしかないよ。でも、これだけは言わせてね……」
姫奈は隣の八雲から肩に腕を回され、そっと抱き寄せられた。八雲の方が一回り小柄なので、大変そうだった。
「ウチは信じてるから」
八雲は囁くように言った。
まるで母親に諭される小さな子どものように、抱き寄せられた腕で頭を撫でられながら、姫奈はその一言を受け止めた。
励ましでも慰めでもなく、自分こそが理解者だと八雲が言っているように聞こえた。
そう。今の姫奈が欲しかったのは『親友』ではなく『味方』だった。
「なーに。また三年後には大学受験あるじゃん。今度こそ同じ学校に行けたらなって、ウチは思うよ」
「うん。そうだね……」
姫奈はぼんやりと返事をしながら顔を上げると、すぐ近くに八雲の顔があった。
額同士が触れそうな距離に姫奈がドキっとなったその時、八雲の携帯電話が震えているのが伝わった。
「おっと、ごめんね」
八雲は姫奈から離れ、携帯電話を確認した。
「ごめん、姫奈ちゃん。お母さんが急用できたから帰ってこいって」
立ち上がる八雲を、姫奈は見上げた。逆光でやや顔は暗いが、優しく微笑んでいるのがわかった。
「わたし、まだもう少しここに居るね」
八雲と違い、姫奈は親の帰宅がいつも遅かった。今夜もひとりで夕飯を食べることになっているので、時間には縛られていなかった。
それに――今だからこそ、気持ちを整理したかった。
「まだ寒いんだから、風邪ひかないようにね。また連絡ちょうだいよ」
「八雲」
立ち去ろうとする八雲を、姫奈は呼び止める。
「今日はありがとう!」
この言葉もまた、姫奈の本心だった。
八雲は一度足を止め、ニコっと笑って手を振った。
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