胸を張って歩ける日まで

未田

第1部

序章『四月一日』

第00話

 四月一日。

 高校二年生への進級を控え春休み中の澄川姫奈は、今日も朝からアルバイト先に向かった。

 昨日の一件で、やはりというべきか――降りたシャッターには『closed』の看板が潮風に揺れていた。


「……」


 店主マスターの遅刻ではないと、姫奈は瞬時に理解した。

 きっと、携帯電話を鳴らしても通じないだろう。きっと、自宅に行っても居ないだろう。

 店主が自分の前から姿を消したのだと、閉じた扉の前に立ち尽くして姫奈は悟った。

 同時に、店主と過ごしたふたりの時間に終わりが訪れたのだと、一瞬頭を過ぎった。

 しかし、その小さな不安が大きくなることも、姫奈を押し潰すことも無かった。姫奈自身、驚くほど落ち着いていた。


 雲ひとつない青空は、春の陽気を運んでいた。


 姫奈は自身の中でのある一点を信じていたのだ。

 愛する人の弱さも強さも、誰よりも自分が一番理解している――それだけは、誰にも負けない自信があった。

 だから、あの人は必ず帰ってくる。

 右手首の腕時計に、そっと触れた。

 

 姫奈は鍵でシャッターを開けた。

 扉に書かれた『EPITAPH』の文字を改めて眺め、それを撫でた。

 このふざけた意味の店名は、もう既に役目を終えていた。

 思えば、この店に営業時間の概念は無かった。最近でこそおよその営業時間が定まり、まともに営業していたが、元々は店主の気まぐれで開いていたのだ。

 目の前の扉がそんな過去を思い出させ、なんだか懐かしかった。

 それも含め、ここで過ごした一年間は姫奈にとってかけがえのない時間だった。

 姫奈は春の青空を仰ぎながら――眼鏡を外した。



   胸を張って歩ける日まで

   confidence and pride

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