第19話 嘘じゃないでしょうね?

「嘘じゃないでしょうね? あなたたちは曲がりなりにも一条財閥の跡取りなんだから軽はずみな行動は慎むように」

 ひと心地ついた二条のかすれた声が二人に届く。

(勝手に勘違いして、勝手に想像して、勝手にテンパって……。エッチな想像をすると喉が渇くものなのよね)

(こんな話を周りに聞かれたこっちがよっぽど恥ずかしいわ!)

 頭の中で反論するミキとヤミだが、ここは大人しくヒミコの言うことを聞いた方が得策だと判断する。

「「はい、おねーさま(ちゃん)」」

 

「絶対だよ。わたしはあなたたちの様子を伯父様に報告するように言われているんだからね」

 ミキとヤミは神妙な顔で聞いていたが、心の中では(あのくそ親父、ヒミコねーさんを買収したな?)だ。

「ところでおねーちゃん、親父からいくら貰ってんだ?」

「な、な、なにを?! ばかね、一人暮らしを始めたあなたたちが心配だから……」


 ヤミに尋ねられたヒミコは目を泳がせ、鳴らない口笛を吹いているのが白々しい。

流ちょうな演説が持ち味のヒミコがどもること自体、超レアである。

 事実はミキとヤミの親から相当な監視料を貰っている。さらに、二人に近づく男に対する情報にはボーナスの特典付き?!

 ヒミコの動揺を、利に敏(さと)い二人が気付かないはずがない。


 しばらくはザギリとは絡まないようにしよう心に誓うミキとヤミであった。



 俺は一目散にマンションに帰ってきた。

 幸い今晩は、同じ階に住む濃いメンバーと顔を合わせることはなかった。ヒミコを警戒してザギリの部屋に行くことを自重したミキとヤミだったが、そんなことを知らないザギリは部屋の戸締りをしっかりして、やっと初めての一人暮らしのあれやこれやを堪能したのだった。



 翌朝、ザギリはミキとヤミに昨日と同じように叩き起こされた。

 ただ昨日と違ったのは……。

「ザギリ! なんでエッチな本が枕元に転がっているのかな?」

「まあまあ、ザギリさんも年ごろの男の子ですから」

「ミキ、見ろよ。こんなのがテレビの前に!」

 それは昨日堪能して入れっぱなしにしていたDVDのカバー。

「ふーん。彼女のセーラー服を脱がしたら……。こんなのが好きなんだ……」

「一条の制服もセーラー服にしておくべきでした」

「そう言やぁー、今日、服装規則が出来てるんじゃないか?」

「そうでした。ヒミコおねーさまにセーラー服に変更してもらうよう直訴しましょう」

「ザギリ、そういう訳であたしたち先にいくから」

「そうですね。ザギリさん。わたしたち服装検査に立ち会わないといけないので、しばらくは一緒に登校できないんです。遅刻しないよう起こしにだけは来てあげました」


 そうやって嵐のように二人はドアから出ていった。

 見られた……。いくら定番イベントとは言え痛恨のミス。無言の圧より有言の嬲(なぶ)りの方がマシで、からかってくれる気持ちが暖かい。でもここは女に挟まれる男でなぶると書いてほしかった。

 それにしても、カギはちゃんと締めたはずだが……。このマンションの管理会社は一条不動産だったけ……。くっそ~、職権乱用だろうがー!!



 結局、牛乳をぐいっと飲み干し、ランチパックを咥えて学校の向かうのだった。

 一条学園に登校すると、下駄箱の横にある掲示板にでっかく図解入り服装規則が張り出されていた。

 その周りには二条会長、ミキとヤミの他、数名の生徒会役員が立っていた。

 俺に気が付いた二条会長が近づいてきた時に、なぜか悪寒が走ったので礼儀正しい挨拶をした俺。

「おはようございます」

「まあまあ、挨拶はいいから、天野君、これをどうぞ」

 二条会長はそう言ってチラシを渡してきた。

 渡されたチラシは掲示板に張り出されたものと同じもののようだ。

 イラスト入りで頭の先から足の指先まで注意事項が書かれている。

 髪の毛の色はサンプルカラーの5番までとか、ロングヘヤーならシニヨンで纏めるとか、ツーブロックカットは不可とか、薄化粧は可、ただし口紅は不可。リップクリームは可とか、髭は不可とか、爪は指先を超えるなとかマニュキュアは不可とか、制服の改造は不可。名札は右胸とか、ネクタイは指2本まで緩めるのは可とか。

薄化粧なのは可なのに、口紅はダメなんだ。まあ、百貨店の店員の服装だからかな? 緩いような厳しいような? 眼帯と指貫グローブが禁止されてないのにほっとした 。

 提案した俺の責任もあるから、あまりに厳しくなくてよかった。


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