第6話 必要なのは弟子かサンドバッグか?

「優士くん」


 鍋をかき混ぜるオレをカウンターから呼んだのは、優しいテノール。

 顔をあげると、そこには三花隊さんかたい隊長、冬馬とうまさんの姿があった。


「冬馬さん。どうしたんですか?」


 額の汗をぬぐい、問いかける。

 優しげな瞳の青年は、困ったように首をかしげた。



「優士くん、剣術……とか、興味ない?」






 万年帰宅部だったオレは、突然やって来た冬馬さんに導かれて剣闘場へ向かっていた。

 整備された芝生を、さくさくと踏んで歩く。



「突然ごめんね。えっと、説明するとちょっと長くなるんだけど、聞きたい?」

「ぜひお願いしたいです」



 長話は好きではないが、今回ばかりはさすがに聞いておきたい。行き先が不穏すぎるからな。

 オレが頼むと、


「だよね。まず事の発端は優士くんが来る前で。僕が仕えてる人って凄腕の剣士でね、ここへ来た勇者様に剣術を教えて鍛える仕事を任されてたんだ」


 と、苦笑した冬馬さんが説明を始めてくれた。


「でも、手違いで優士くんが来ちゃったじゃない?それで急にすることがなくなって、ちょっと今荒れてるんだよね」


 その話に、オレは思わず目をむいた。

 凄腕の剣士、なんて言うから身も心も引き締まったおとこなのかと思ったら、それじゃとんだお子さまじゃないか。

 そもそも、オレ来たくて来たんじゃねーし!!


 ――なんて思いが、はっきり顔に出ていたらしい。



「ほんと、我ながら身勝手な話だよね。わかってはいるんだけど、放っておける状況じゃなくて。勇者相手ではないにしろ、剣術指導させてなだめたいなと思ってね」



 と、苦笑する冬馬さん。


 なるほど……。つまりそれはストレス発散の犠牲になれということだろうか。普段なら文句しかない依頼内容だが、顔つきと口調から察するに、冬馬さんもかなり苦労しているようだ。何も言うまい。



 どこの世でも、先輩には困らされるもんなんだなぁ。



「なるほど……。わかりましたけど、オレで大丈夫ですかね?」


 オレは、困り顔で冬馬さんに問いかけた。


 そう。状況はわかったし協力もしたいが、唯一の心配事はオレの運動神経だ。特別悪いわけではないが、凄腕の剣士を満足させられるほどかは微妙なところだ。



「あー、それはまぁ。この城にはもはや体力であの人に勝てる人なんてほとんどいないからね。誰がやっても同じというか」

「そう、なんですね……。あとオレ、剣術のけの字も知らないレベルですよ? 指導になるかどうかも怪しいです」



 何かを教えるなら、基礎があるヤツのほうがやりやすい。そういう意味でも、オレの抜擢には不安が残る。


 しかし冬馬さんは、ますます困り顔で笑った。



「うん、大丈夫。そもそもあの人、人に何かを教えるとか向いてなくて。本気で剣術習得してほしいわけじゃないんだ」


 ……オレの『嫌な予感』が、どうやら再び的中しようとしているらしい。


「……ぶっちゃけちゃうと、無軌道に暴れてる狂気の剣士を指導ってかたちで制限したいだけなんだよね」



 ぶっちゃけた冬馬さんに、オレは内心で盛大にため息をついた。


 はい、サンドバッグ要員確定ー。



「オレ……生きて帰れますかね?」


 うんざりしながら真っ先にうかんだ不安を問いかけると、それは大丈夫、と冬馬さんは強くうなずいた。


「指導に使うのは実剣じゃなくてレプリカだからね。せいぜい骨折くらいかな」

「骨折!?」


 思わず、オレの声が裏返る。

 すぐさま質問攻めにしようとしたオレだったが、それを遮るように。



「冬馬!」



 いつの間にか目の前まできていた剣闘場から、長い銀髪の青年が駆けて来た。


龍牙りゅうがさん!」


 彼の名は龍牙。クールビューティーな四花隊しかたい隊長で、剣闘場の管理人である。


「冬馬、急げ。波風様だけだともう限界だ」


 普段は無表情な彼が、珍しく焦った顔で言った。

 冬馬さんの顔が、みるみるうちにしかめられていく。優男はこの世の終わりのような深いため息をつくと、オレに顔を向けた。


「ごめん、優士くん。……骨折じゃすまないかも」



 はぁ!?






「や~、君が手違い勇者の優士くんか~! 僕は波風なみかぜ。ときどき剣握ったりもしてるけど、まぁ本職は紅葉城の癒し系マスコット? よろしくね~」


 やたら明るい青年が、にこにこと笑いながらオレに言った。

 無造作に伸ばされた長い髪は薄金色。海を思わせるみどり色の瞳は大きく、人懐こい光を宿す。


 教科書で見た貴族のような上品な服が汚れているのは、お隣に立つ男のせいだ。



「俺は聖矢せいや。紅葉城の守護を司る剣士だ」



 青みがかった黒髪に切れ長の瞳。不機嫌全開で名乗ったこの男こそが、冬馬さんを悩ませる狂気の剣士である。


 龍牙さんの言葉をうけてオレたちが剣闘場へ着いたとき、この人は波風さんの頭部に斬りかかる(うちかかる?)寸前だった。

 そこを冬馬さんが『結界術けっかいじゅつ』なる代物で間一髪救出。三人がかり(冬馬さん、龍牙さん、波風さん)で剣を取りあげなんとかなだめ、今に至る。




「ほんと助かったよー。聖矢ってば容赦ないんだから」


 と、波風さんが頭をかいた。

 冬馬さんは腕を組んで聖矢さんをにらむ。


「まったく。ストレス発散に武力を用いないでください。波風様にお怪我でもさせたらどうするつもりだったんですか?」


 いやいや、あなた自分がなんでオレを呼んだか忘れましたか?

 冬馬さんは、オレの内心のつっこみなどには当然気づかない。


 聖矢さんは、ふいと顔を背けて小声で口答え。


「波風はあのくらいじゃ傷つかない」


 ぴしっと音がしそうなほど、冬馬さんの額に青筋がうかぶ。


「あっはは~……、信頼されてるな~。そ、そういえば今日姫は?」


 空気をよんだらしい波風さんが、不自然に明るく話題をそらした。

 どことなく風丸かざまるさんに似てるが、そういうところはちゃんとしてるんだな。


「姫は、体調がすぐれないらしく」


 短く答えたのは龍牙さん。

 そういえば、今日は紅華べにかが絡みに来てないな。


 すると、おちゃらけた人柄の(初対面で失礼か?)波風さんが、悲しそうに眉をひそめた。



 この人、そんなに紅華に会いたかったんだろうか。オレには理解できんな、あんなわがままなオニヒメ。




「とにかく聖矢様。今日からはお力を持て余すのはやめて、彼に剣術指導をお願いしますね」


 冬馬さんが、ぐいとオレの背を押した。

 狂気の剣士、聖矢さんの前に押し出されたオレは、恐れおののきながら名乗る。


「は、はじめまして……。若松優士です」



 聖矢さんはオレを頭から爪先までじろりと見回し、ふん、と鼻を鳴らした。


「貧弱な体だな。剣士としてなってない」


 ……だから、オレ剣士じゃねーって!!

 理不尽に笑われたことに心中で怒鳴るが、きっとオレの顔は今情けないことに恐怖にひきつっているだろう。


「はいはい、そうですね。じゃあ、体作りの基礎からお願いしますよ」


 もうすっかりなげやりになっている冬馬さんが、心底面倒くさそうに言った。


「よし任された! 僕と聖矢で、きっちり面倒みるね!」


 と、またしても波風さんが空気をよんで明るく言う。

 オレは波風さんの白い手袋に腕をつかまれ、剣闘場の中央まで連れ出された。


「はいこれ。練習用の模擬剣ね」


 手渡されたのは、漫画でしか見たことのないような西洋風の剣。……もっとも、西洋にこんな剣が実在したのかは知らないがな。


 受け取ると、それは思いのほか重かった。


 ずしりとした重みに、一瞬オレの右腕がもっていかれそうになる。

 あわてて左手を添え体勢を整えると、波風さんは満足そうに頷き、笑顔で言った。


「それじゃあ、とりあえず見よう見まねでいいから振ってみて」


 え~……。

 突然のむちゃぶりに、オレは眉をひそめる。

そもそもアクションものはあまり見ないのだが、たとえ熟知していたとしてもこの重みではあんなふうには動けまい。

 しかたなくオレは、ずいぶん前に友人が寮に持ち込んだ少年漫画を思い出した。



 世界平和を目指した赤毛の少年の動きをよく思い出し、脳内で再生しながら同じように動く。



 重たい剣をなんとか操り、キレのある動きをよろよろと再現したオレを見て――みなさんは、爆笑した。


 正確には、聖矢さんが腹を抱えて笑い、波風さんは後ろを向いたが高らかに声をあげ、冬馬さんは苦笑い、龍牙さんはクールな目の下で口もとがゆるんでいる。



 しかたないだろ!! 剣が振れる高校生なんてなかなかいねーよ!!



「ははっ! なんだそれ。子どもでもそんな動きしないぞ」

「あはは~! おもしろーい!」

「優士くん、なんかほんとごめん」

「……道化師でも目指すか?」


 うーん、龍牙さんのが一番傷つく。


 ひとしきり笑い終えた波風さんは、基礎の基礎からいこう、とオレに歩み寄ってきた。


 本職(……は癒し系マスコットだったか?)の剣士による剣術指導を期待して、オレの男の子魂が騒ぎだすが。

 波風さんは、迷いなくオレの手から剣を取り上げた。



「え?」



「しかたないなぁ。剣術の基本のき、筋トレからいこっか」




 男の子魂は、しゅるしゅると音をたててしぼんでいったのだった。






「ちょっと優士くーん? まだ十九回だよー」


 腕立て伏せをしているオレの上で、波風さんが呆れたように言った。


「あと九十回か?」

「八十九回ですね」


 引き算ができない聖矢さんと、暗算の速い冬馬さんが他人事のように会話する。


 オレは根性を振り絞って腕を曲げ、二十回目を終えると崩れ落ちた。



「もうむりです! せめて波風さんどいてください!」



 絶叫したオレの背中で、波風さんはだめー、とご機嫌だ。

 思わず伏せたオレに、龍牙さんが冷えた水のコップを差し出した。


「五分の一達成お疲れ」


 うーん……優しいんだか厳しいんだか微妙だな。まぁいいか。イケメンだし。


 複雑な心境で水を受け取り、(波風さんが邪魔なので寝たまま)一口口に含んだオレは――



 次の瞬間、そのあまりのまずさに吹き出した。



「うわぁ!?」

「何事だ!?」

「龍牙さん……」


 驚く波風さんと聖矢さんとは対照的に、冬馬さんは一人頭を抱える。


「げほっ、げほっ! なんなんすかこれ!?」


 オレは悶え苦しみながら、龍牙さんを見上げた。

 まるで予期していたかのようにオレが吹いたものを避け、今も表情ひとつくずしていない龍牙さん。絶対なんか知ってるだろこの人!



「すまない。口に合わなかったか」


 謝ってくるが、反省の色はない。


「慣れない体に筋力トレーニングは負担だからな。紅葉城特製のプロテインだったんだが」


 プ、プロテイン!?


 そんなもの魔界にあるのか、という驚きは、口にはしない。

 人間界でも飲んだことはないが、プロテインってこんなにまずいものなのか……。



 世のボディビルダーたちを尊敬したオレの上で、波風さんがげっ、と声をあげた。


「紅葉城特製って、それ桃香ちゃんが作ったやつってこと?」

「龍牙……こいつに恨みでもあるのか?」


 聖矢さんも、憐れみの目でオレと龍牙さんを見やる。

 桃香……? 知らない名前だが、もしかして料理(プロテインが料理なのかはいささか疑問だが)が下手な人なのだろうか。



 聖矢さんの言葉も気になり、オレは龍牙さんを見上げた。

 すると彼はすっと目を泳がせ、


「優士に恨みはありませんが、今日、桃香様に武具庫を荒らされたので」


 ……。

 理解に非常に時間がかかった。それはつまり、八つ当たり……?



 全員が同時に同じ結論に至ったのだろう。オレ以外の三人は、一斉にぷっと吹き出した。


 そのまま、げらげらと笑い続ける波風さん、聖矢さん、冬馬さん。


 くっそー……! みんなしてオレを不満のはけ口にしやがって!


 そんなオレの怒りは、みんなの笑い声にかきけされてしまったのであった。










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