第2話 集合!七の花隊 七人の愉快な戦士たち

 コンコン

 軽やかなノックの音で、オレは目を覚ました。

 視界に入ってきた見慣れぬ景色に一瞬驚くが、すぐに思い出す。

 そっか、オレ、魔界に来たのか……。

 覚めない頭でぼんやりと昨日のことを思い返す。焼きそばパンと合体したせいで魔界に召喚され、鬼のつのをはやした暴力姫、紅華べにかが治めるこの紅葉城に最長で一年間も滞在することが決定してしまった昨日……。

 抵抗どころか驚くことすらも諦め、用意された部屋で言われるがままに一晩を過ごした、朝である。

「おはようございます。優士ゆうしさま」

 ガチャッと音がしてドアが開き、一人の少女が現れた。

「おはようございます」

 カーテン越しに見える、今日もうさみみポンチョがかわいいその人に、オレも挨拶を返す。

 彼女の名は真月まつき。この城で働くかわいらしい女の子だ。

「お着替えをお持ちいたしました」

 真月さんが、ベッドサイドの机に着替えを置く。

 オレはパステルレッドのカーテンをしゃっと開け、彼女に笑いかける。

「ありがとうございます」

「いいえ。姫から優士さまの対応を任されておりますので。あ、そうだ。今日は、姫が優士さまにこの城の皆さんをご紹介したいと」

「べ、紅華が……?」

 思わず言葉につまったオレに、真月さんがくすりと笑う。

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。わたしもご一緒しますし、姫はとっても優しいお方なので」

 と、真月さんは言うが……。

 オレが最初に見た紅華の姿は、超絶不機嫌で月影に殴りかかるところ。どうやったって、優しいというイメージはもちようがない。

 そんな考えが、顔に出ていたのだろうか。

「ふふふ。大丈夫です。きっと、すぐに仲良くなれますよ」

「そうでしょうか?」

「はい!では、御支度がすみしだい、昨日の広間においでください」

 そう言って微笑み、真月さんは部屋を出ていった。

 部屋が、暗くなった気がした。


 朝の支度を終え、鼻歌まじりに階段を降りるオレ。

 真月さんが持ってきてくれた服は、なんと元の世界にあるはずのオレの私服だった。真月さんが持ってきてくれたオレの服……家宝にしよう。思わず口元がゆるむ。

 長い階段を降りきってあの不思議な像の前までたどり着くと、広間に紅華と真月さんがいるのが見えた。真月さんと話している紅華の表情は昨日よりもだいぶやわらかく、オレは彼女も真月さんに劣らないほどかわいいことに初めて気がつく。

 がらにもなくぼうっとその横顔を見つめていると、

「何をしている!早く来ぬか!」

 と、一気に不機嫌になった紅華に怒鳴られた。

「へいへい。よっと!」

 オレは気だるく返事をし、最後の小さな階段を飛び下りた。

「よかったです。お洋服、お似合いですね」

 真月さんが、にこっと笑って褒めてくれる。オレはありがとうございますと返事をしながら、当然だよなぁと思う。まわりの女性陣の厳しいチェックが入ってから購入に至るのが我が若松家の伝統なのだ。

「ふん。優士なんぞ、何を着せても同じであろう。真月、早く行くぞ」

 エンジェル真月が微笑む一方で、紅華が不機嫌に言った。さすがのオレもむっとする。

「はい!では優士さま、参りましょう」

 真月さんが微笑みながら言い、オレの「むっ」は、その笑顔でどこかへ飛んでいってしまったのだった。


「おぉ!」

 思わず、オレの口から歓声がもれる。

 真月さんが開けてくれた大きな茶色のドアを抜けると、そこには見事な景色が広がっていた。

 正面に円形の石畳が広がり、その中央に位置する大きな噴水は勢いよく水を噴き上げている。石畳のまわりは一面黄緑色の芝生で、あちこちに置かれた植え木鉢の中では大小様々な真っ赤な花が美しく咲いている。敷地の入り口であろう黒い門は遥か遠くに見え、この城の広さを思い知った。そしてひときわ目をひく二本の大きな紅葉の木。日本でもなかなか見ないサイズ感に、オレの目が奪われる。

「驚きましたか?わたしたちの自慢の城なんです」

 と、真月さんが誇らしげに説明してくれる。

「すごいですね……」

「ありがとうございます。でも、今日はここではないんです」

 そう言って真月さんは、オレのことなどかまわず不機嫌に前進を続ける紅華の背中を指した。

「あちらです。行きましょう」

 紅葉城の純白の壁に沿うように、オレたちは歩きだした。

 特に会話もないまま歩き続け、城のあまりのデかさに言葉を失い、足が棒になってきた頃、やっと建物の端にたどり着いた。先頭を行く紅華は振り替えることなく建物に沿って曲がり、オレと真月さんもそれに続く。

「ど、どこまで行くんですか?」

 思わず真月さんにきくと、

「もう少しですよ」

 真月さんは優しく微笑み、そう答えてくれた。しかし、オレはなんとなく信じられない。う~ん、なんて恐ろしいんだ。長すぎる道のりは,人の信頼すらも奪ってしまうのか。

 ぶつぶつと一人で呟いているオレの顔を、真月さんが覗き込んだ。

「優士さま?どうされましたか?」

「ふぇ!?」

 エンジェル真月のキュートフェイスが急接近していることに気づき、オレは奇声をあげてとびあがる。

 その声に驚いた真月さんに謝りながら、顔をあげると……

「おぉぉ!!」

 そこには、さっきの庭を越える景色が広がっていた。

 両側を紅葉城の純白の壁に挟まれた中庭。しかし日光は遮られることなくさんさんとふりそそぎ、柔らかな雑草たちを照らしている。奥には赤茶けたレンガ作りの東屋と巨大な池。その名のとおりシンボルなのだろうか、ここにも紅葉の大木がある。薄いベージュの飛び石を進み、中央にある同色の長方形の石畳にたどり着くと、

「では真月、頼むぞ」

 オレたちの半歩前から紅華が振り返り、真月さんにそう告げた。真月さんは「はい」と返事をして一歩前に出る。いれかわるように紅華は後退し、やや不快そうな顔をしながらオレの隣に立った。

 オレたちの前で、真月さんはゆっくりと両手を広げて深く息を吸い……

「七の花隊、集合ッッッ!!!!」

 ま、真月さんが、叫んだぁ!?

 ビリビリッと、空気が震える。

 普段の穏やかな彼女からは想像もつかないその声量に、オレは思わず耳をふさぐ。ちらりと隣を見てみると、紅華は平気な顔……というよりつまらなさそうな顔。ったく、なんなんだこいつは。

 真月さんはふぅっと小さく息を吐き、くるりとこちらを振り返った。目を見開いて耳をふさぐオレを見て、

「あ!申し訳ありません、優士さま!」

 と両手をわたわたさせる。

 あわててもかわいい彼女に、オレは耳から手を離しながら苦笑いをうかべ答える。

「大丈夫ですけど……、今の、なんなんですか?」

「優士さまにご紹介したい皆さんをお呼びしたんです。まもなくいらっしゃると思いますので」

 真月さんが、にこっと笑って説明してくれる。

 え?呼んだ?人を?今ので?

 目的はわかったが……オレには手段が理解できない。

「ここは魔界じゃ。そなたの常識では測れぬことも少なくないぞ」

 紅華が相変わらずの無愛想で助言をくれる。

 う~ん、そういうもんなのか。

 いまいち腑に落ちないオレだったが、その数秒後、そんなささいな違和感は忘れてしまうような出来事が起きた。

 キラッ

 一瞬、空で小さな赤い光が瞬いた。

「え?あれは……?」

 光は一つではおさまらない。続いて水色、桃色、青、黄色、紫と五つの光が空に現れる。一度消えた赤い光も復活し、六つの光が一斉に……こっちに向かってくる!?

 オレは光を指差し、隣に立つ紅華の肩をつかんだ。

「なぁ、あれなんだよ!?」

 どんどん近づいて大きくなっていく光にかなりびびりながら、オレは紅華の体を揺する。

「騒ぐでない!」

 紅華は心底うっとうしそうにオレの手を払いのけると、

「あれは、わらわとこの城を守る希望の光じゃ」

 と、面倒くさそうに言った。しかし、その口元はどこか誇らしげに緩んでいる。

「希望の光……?」

 比喩どころではない本物の光は、一直線にオレたちの方にとんでくる。近づくにつれてその輝きは眩しさを増し、オレはぎゅっと目をとじた。

 まぶたを突き抜けてくる強い光がやんで、再び目をあけると……。

「えぇ!?」

 さっきまでは影も形もなかったその場所に、六人の人間がいた。

「あはは!いい反応するねぇ、君!」

 とびあがったオレを指差して、背の低い女の子が笑う。

「ダメよぉ、香鈴。勇者様をからかったらぁ」

 その隣に立つ髪の長い女性が、ふわっと口元に手をあてる。

「夢月さんが言えることじゃないですけどね」

 そう言ったのは、水色のワンピースを着た女性。

「それな!マジでオレ、何回夢月さんに騙されたことか!」

 元気いっぱい……というよりなんかチャラそうな男性がロングヘアの女性を指差す。

「それは風丸の自業自得の気がするな」

 冷静なツッコミをいれたのは、黒髪を包帯で束ねた男性。

「……みんな、静かに」

 銀髪ポニーテールの男性が、すっと右手を伸ばして全員を黙らせた。

 六人は横一列に整列し、真月さんが、とことことロングヘアの女性の横に移動する。

 オレの横から紅華が数歩進み出て、彼らに向かって口を開いた。

「これは昨日、我が城に手違いで召喚されてきたニセ勇者、若松優士じゃ」

 その紹介の仕方に、オレは思わずずっこける。

 間違いではないが……、ニセとはなんだニセとは!そもそもそっちのせいだろうが!

 なんてことは声にはしないが、内心めちゃめちゃ反論しているオレである。

 空からやってきたみなさんも、くすくすと笑いだした。

「ひ、姫!そんな言い方は……!」

 すべての事情を知る真月さんがあわててフォローにはいったが、紅華は悪びれる様子もなく首をかしげ、

「間違いではなかろう。ただ、こちらの手違いだからな。みんな、それなりに良くしてやってくれ」

 と、堂々と言ってのけた。

 なるほど……。そんなに不機嫌なら来なけりゃいいのにと思っていたが、そういう考えだったのか。それにしても、「それなりに」か……。オレの扱い、雑すぎね?

「はーい!」

 最初にオレをバカにした女の子が、右手をあげて返事をする。

「うむ。では、そなたらも自己紹介を頼む」

 紅華が大きく頷き、若干やわらかな口調でみなさんに話をふった。

 みなさんは左手の拳を右胸にあて、はいっと声をそろえる。この動き、昨日月影もしていたが、この世界の敬礼みたいなものなんだろうか。

一花隊いちかたい隊長、風丸かざまる!」

 あのチャラそうな男性が、ぴっとオレの知る敬礼をした。うん、緊張感がかけらもないな。

「普段は厨房リーダーしてます!腹へったらいつでも言ってな!」

 よろしくお願いします、とオレは会釈をかえす。

 人は見かけによらないな。絶対料理とかできなさそうな人なのに。

 と、思っていると。

「安心してね、優士くん。作るのはこいつじゃなくて一流のコックさんたちだから」

 風丸さんの隣に立つ水色のワンピースの女性が、にこにこと笑いながら言った。

「風丸クンに作らせたらおなか壊しちゃうもんねー」

 と、あの低身長ガールも楽しそうに同意する。

「んだと!?オレだって料理くらいできるっつーぎゃ!」

 反論する風丸さんの声が裏返った理由は簡単。隣の女性が、彼の素足をヒールで踏んだからだ。

「はじめまして!わたしは里乃りの。ニ花隊にかたい隊長してます」

 女性……里乃さんは足を踏みつけながら笑顔で自己紹介をする。

 かわいいけど怖い人だ。怒らせないように、オレはさっきより丁寧に頭を下げた。

三花隊さんかたい隊長、冬真とうまです。よろしく、優士くん」

 こちらは髪に包帯の男性。背は低くないが細身で、手足なんか心配なほど細い。優しそうで、先の二人よりは仲良くなれそう、かな?

龍牙りゅうがだ。四花隊しかたい隊長をしている」

 最初に全員を黙らせた銀髪の男性が名乗った。う~ん、なんだか冷たい感じ。四という数字が不思議なほどよく似合う。

「はいはーい!五花隊ごかたい隊長、香鈴かりんでーす!好きなものは動物!嫌いなものは……とくにないな!」

 ないんかい!と内心ド派手につっこんでしまうオレ。香鈴ちゃんはそれに気づいているのかいないのか、リズミカルに体を揺らしながら満面の笑みを浮かべている。

「ふふふ。六花隊ろっかたい隊長、夢月むつきよぉ。よろしくねぇ」

 香鈴ちゃんの隣で色っぽく笑ったのは、大人っぽいというかなんというか、セクシーな女性。着物を着ているが、前が大きくはだけており(たぶんそういうデザインなんだろうけど)ご立派な胸を隠すつもりは微塵もないらしい。……男子高校生には刺激が強すぎる。

「改めまして、七花隊ななかたい隊長、真月です。よろしくお願いいたします」

 夢月さんの隣で、真月さんがはにかみながらぺこりと頭を下げた。うん、安定のかわいさだ。

「若松優士です。間違われて昨日ここに来ました……。よろしくお願いします」

 と、オレもみなさんに名乗る。「よろしくー!」という合唱がかえってきた。それだけでなんだかあたたかい気持ちになる。

 ところで、オレには一つ大きな疑問が残っていた。

「なぁ、みなさんが言ってる……なんとか隊ってなんなんだ?」

 オレは、ひそっと紅華にきいた。

 そう、それがずっと気になっていたのだ。みなさん隊長らしいが、果たしてなんの団体があるのか?

 そんなことも知らんのか、とでも言いたげな顔で、紅華がはぁっとため息をついた。

 え?オレが悪いの?

「この城には、七の花隊という戦闘部隊が存在するのだ」

 せ、戦闘部隊!?

「紅葉城と紅華さまをお守りするための選ばれし戦士って感じかな~」

 と香鈴ちゃんが胸を張る。

「それぞれ役割の違う七つの部隊があってね、わたしたちは、その隊長なの」

 詳しい説明を加えてくれたのは里乃さん。

 ほぅ、なるほど。どうりで怖いお方なわけだ。

 ん?では、風丸さんが厨房リーダーというのは?

「ま、七の花隊としての仕事は戦争中だけだから、最近は暇なんだけどねー」

 オレの思考を読み取ったように、風丸さんが言った。この人、テレパスなんだろうか。

「僕らが暇なのはいいことだよ、風丸」

「暇なのは、風丸が働かないからだろう?」

 冬真さんが苦笑し、龍牙さんがからかうような目を風丸さんに向ける。

「ちょっと、龍牙さん!」

「ほんとよねぇ。私は戦場じゃなくても、城内で充分忙しいわよ」

 怒った風丸さんを遮り、夢月さんが追い打ちをかけた。

 たしかに、料理のできない厨房リーダーって、何が仕事なんだろう……。

 風丸さんはうっ、と大げさにダメージをうけて体をのけぞらせ、そのまま顔だけ紅華の方を向いた。……申し訳ないが、実に気持ちが悪い動きになっている。

「そんなことよりヒメ、こいつはなにするんですか?厨房、ただ飯食わせられるほど余裕ないんすけど」

 不思議なポーズで風丸さんが言うと、

「名ばかりのリーダーが何言ってんの」

 間髪入れずに里乃さんがその頭をひっぱたく。

「大丈夫ですよ、優士さま。厨房の予算にはまだまだ余裕がありますので」

 笑顔の真月さんもそう言ってくれた。

 その言葉に、オレはほっとする。こんなどことも知れないところで働けなんて言われても困るからな。

 しかし。

「優士は一年間雑用係じゃ。好きに使ってよいぞ」

 はい、でました、紅華の爆弾発言!

 さすがのオレも「はぁ!?」と声を荒げた。

「雑用係?しかも好きに使っていいって……!聞いてねーぞ!」

 オレの猛反論に、紅華は平然として

「それはそうじゃろう。今初めて言ったからな」

「んなむちゃくちゃな!」

 オレが食い下がると、紅華は冷めた目をオレに向け、

「馬鹿を言うな。部屋までやって、一年間養ってやるのだ。そのくらいして当然であろう」

 そう言われると、オレは言葉につまる。言われてみるとそんな気がしてくるな。部屋(かなり広くて眺めも良い)をもらって、一年間住まわせてもらうのに、働かないのはワガママなのか……?

 いやいや、何度も言うがそもそもそっちのせいだろうが!

 と、答えを出したが遅かった。大事な話というものは、どうしてこう当事者抜きですすんでしまうのだろう。

「はーい!」

 七の花隊のみなさんが声をそろえて返事をし、オレはあっけなく雑用係に任命されてしまったのだ。

「よし、自己紹介も終わったことだ。紅葉城を案内してやろう」

 紅華はそう言ってくるりとターン。一人ですたすたと歩きだしてしまった。突然のことに驚くオレを、慣れた様子でみなさんが追い抜いていく。

 あわてて追いかけようとしたのと同時に、里乃さんがぱっとこちらを振り返った。

「優士くん、早くいらっしゃいよ!」

 その素敵な笑顔に数秒見とれたあと、オレははっとして彼女たちに向かって駆け出した。

 ……この城、オレを浮気性にするつもりなのか?


 続く

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