わがままなオニヒメさま!
涼坂 十歌
第1話 自己中心的なお姫様と砕け散った日常生活
どうも!フツーの男子高校生です!(笑)
突然ですがワタクシは今、命の危機にさらされております。(これはマジで)体をロープでぐるぐる巻きにされ、怪しげな紫色の物体が煮えたぎる大鍋の上に吊るされているこの状況が、命の危機以外であるはずがない。
普段は名もない究極モブ役であるオレが、どうしてこんな少年漫画の主人公的状況にあるかというと……
時は数時間前にさかのぼる。
オレがフツーの高校生だった最後の時間。オレは、運悪くクラス委員にならされたためにアンケートの回収をしていた。なかなか提出しない迷惑なヤツとの鬼ごっこを終え、やっと全員分そろったアンケート用紙を、担任に渡しに職員室へ。
机でパソコンをいじっていた担任に、四十人分のアンケート用紙を渡す。
担任はうっすらとほほえみながらそれを受け取り、ぼんやりとした目でオレを見上げた。
「君、名前なんていったっけ?」
数十分前に会話したばかりなのに、と驚きながらも、オレは名乗る。
同時に、どこかで誰かが「焼きそばパン」と叫ぶ声が聞こえ、担任がにやりとほほえんで……
今に至る。
わかっている。まったくもって説明になっていないのはよくわかっている。しかし、オレを責めないでほしい。オレが一番、自分の状況がわかっていないのだ。
一つだけわかっているのは、オレと鍋との距離が時がたつにつれて確実に近づいていること。
そして、もうすぐオレがその中の液体にダイブすること。
はは、二つもあったよ。
最期にオレを褒めてくれ……。
と、生を諦めかけたとき。
しゅぱっ
軽い音がして、オレを吊るしていたロープが切れた。
さようなら、人生……。
高速落下するオレ。
足の先が紫色の物体にインしかけたところで……
黒い風が、オレを抱きとめた。
横抱きにされたオレは、目の前の壁へと一直線!ぶつかるっ、と思うと同時に壁にオレンジ色のリングが出現。オレは抱えられたままそれに突っ込んだ。
気がつくとオレは、自分の足でしっかり立っていた。
見たことのない場所だ。
淡いオレンジ色の床に真っ白な壁。円形の部屋の奥には五段ほどの階段があり、それを登った先には美術の成績二のオレには理解しがたいセンスの像。その左右には、また階段がのびている。
後ろを振り向くと、そこにあるのは超巨大な茶色のドア。
もう一度言う。これっぽっちも見覚えのない場所だ。
「勇者さま」
後ろで声がして、オレはぱっと振り返った。
よく考えるとオレは勇者でもなんでもないのだが、名前と響きは似ているし、しかたない。
そこにいたのは、黒いスーツに身を包み、片膝をついて頭を下げた一人の男。
「大変恐ろしい思いをさせてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
言い終わってこっちを向いた男の顔のあまりの美しさに、オレは絶句した。ビューティフォーだビューティフォー。そうとしか言いようがない。長い前髪で片目が隠されていても、隠しきれない美のオーラがあふれでている。
「これからは私月影が命をかけてお守りいたしますゆえ、どうか我らが姫をお助けください」
男……月影が再び頭を下げる。
しかし、はいわかりました~と言えるほどオレの理解力は高くない。わからないことが多すぎる。オレを何から守るんだ、姫って誰だ、勇者とはなんだ、そんでもってここはいったいどこなんだ!無数の?がオレの頭の中をかけめぐる。
ゴゴゴゴゴゴ……
突然すごい音がし、後ろを振り返ると、あの巨大なドアがゆっくりと開きだしていた。
ドアが開ききるより前に、その奥から一つの人影が現れた。
その人影は、ドアをくぐり抜けたあたりで立ち止まる。ドアは人影が歩みを止めると同時に動きを止め、自動で閉まっていく。
人影の正体は、オレと同じくらいの歳の女だった。
腰ほどまである長い髪は淡い桃色。白いワンピースの裾は体の前で二つに分かれ、その中で同じく桃色のミニスカートが揺れている。大きな水色の瞳は彼女の気持ちをはっきりと表している。うん、不機嫌だ。何より驚きなのは、美しい桃色の髪から姿を見せる真珠色のつの。緩やかに内側にカーブしたその先は、キンと鋭くとがっている。
その愛らしい唇がゆっくりと動き、
「何をしている、月影」
発せられたのは、声に合わない刺々しい言葉。
「勇者さまをお迎えに行ってきたきたところでございます」
月影の言葉に少女は顔を歪め、暗い目をしてぷいとそっぽを向いた。
「わらわは何にも困っておらぬと言っておるであろう」
その返事に戸惑うように、月影は口をつぐむ。
「まぁよい。雑用でもなんでもさせておけ」
そう言い残し、部屋の奥の階段に向かっていく少女。月影は、その後ろ姿に姿勢良く頭を下げる。
……おっと、これはピンチじゃないか?オレ抜きでどんどん話が進んでしまっている。えぇい、緊急事態だ、しかたない。封印されし力を解き放て!
ゆっくり、鋭く息を吸い……
「おい」
オレの口から飛び出したのは、低くて太い声。
月影の背中がぴくりと動き、少女の足がぴたりと止まる。
「あの~、なんのことだかさっぱりわからないんだが……」
右手を頭にやりながら、オレはとぼけるように言った。ごまかせごまかせだ!
「月影」
こちらに背中を向けたまま、少女が短く言う。
月影は少女の背中の方を向きながら、左手の拳を右胸に当てて「かしこまりました」と答えた。そしてオレの方に振り返り、ふわりと穏やかにほほえんだ。
「申し訳ありません。てっきりご存知かと思っておりまして。ご説明させていただきますね」
そう言って、オレの目を見て月影が口を開く。
「ここは紅葉城。暁王国の王城でございます」
続きの説明をしばらく待ったが、月影はそれっきり口を開かない。しかたないのでオレは自分の脳内辞書を二秒で読破した。間違いない。世界に、『暁王国』なんて国は存在しない!
半ばパニックになりながら、オレは言い返す。
「冗談はやめてくれ。ここはどこなんだ。どこかのテーマパークかなにかか?というか、オレはなぜここにいる?」
テーマパーク……?と怪訝な顔で首をかしげる月影。オレの頭を、わずかながららしくない嫌な空想がよぎる。
「だから、ここはどこなんだ。暁王国なんて、この世に存在しないだろう。現役高校生なめんなよ」
いらだちながら、オレはさらに問い詰める。まるでゲームのようなその嫌な可能性を振り払うかのように。
「もしかして、本当になにもわからないんですか?」
月影が、言いながらオレの顔をのぞきこむ。静かにうなずくオレ。
月影は驚いたように目を見開く。驚きたいのはこっちだ。
「では、イチから説明いたしますね。なにか思い出ししだい、お伝えください」
オレは一応うなずくが、きっとなにも思い出すことはない。今はただ、ここが本当の異世界ではなく日本のどこかのテーマパークであることを祈るばかりだ。
「ここは、あなた方人間の生きる場所とはそもそもの世界が違います。言うならば魔界……たとえ宇宙に行こうとも、あなた方の世界とは繋がりません」
月影の説明に、オレは言葉もなくその場にくずれおちた。本当にどうにかしてほしい。嫌な予感ばかり的中させるオレの頭を、本当にどうにかしてほしい。
「勇者さま?どうなさいましたか?」
「どうもこうもねぇよ!」
思わず怒鳴るオレ。
いや、待て待て。オレの中でまだわずかな希望にすがりつく小さなオレが主張する。テーマパークの設定ならば、そう簡単にネタバラシをするはずがない。もう一度きいたら、あっさり認めてくれるのではないか?
しかし、大部分のオレは月影の説明を信じていた。だって、そうでもないと説明がつかないのだ。どうして、学校にいたオレがいきなりこんなところにいるのか……。
「悪い、なんでもない。説明を続けてくれ」
感情のままに怒鳴ったことを詫びながら、オレは月影に促す。
「そうですか、では続けますが。この世界には、『幸福の生贄』と呼ばれる風習があるんです。一年ごとに一人、世界中の人々の幸福のためにこの世の悲劇の全てを背負う者が選ばれます」
オレはうなだれたまま、ありきたりな映画のようなその話を聞く。
月影が続ける。
「人々と幸福の生贄に選ばれた者がどちらも助かる方法はただ一つ。勇者に選ばれた人間が、幸福の生贄を悲しみの
そこまで言って、月影が黙る。話が終わったようだ。ここが魔界であることはまだ半信半疑だが、なんとなく話はつかめた。ただ、疑問が一つ……。
オレは顔を上げ、月影に向かって呟く。
「オレ、ぜんっぜん勇者じゃないんだけど……」
そう、月影の話は理解できた。しかし、オレが勇者というのはなんとも理解できん。
月影は一瞬驚いたようだがすぐに、
「覚えていませんか?数日前に、勇者に認定される夢をみたはずなのですが……」
その言葉に、オレはここ数日の夢を振り返る。
最近の夢……。パンケーキにうもれる夢か、にわとり唐揚げにされる夢か?おかしな夢をみることは多かったが、勇者に認定される夢なんてみた覚えはない。
オレがなかなか反応しないからか、月影は少し慌てたように、
「し、しかしっ、私が川原どののお体を借りてお名前をきいたときは、はっきりと勇者と!」
それをきいたとたん、オレの頭がフル回転し始める。
川原……名前……ゆうしゃ……。あぁ、つながった、わかったぞ。真相のあまりのしょうもなさに、オレは思わずため息をついた。
「月影……さん、さま?」
「ご自由にどうぞ」
「じゃあ、月影。あんた、やっぱり間違えてるよ」
オレの言葉に、ぽかんと口を開ける月影。
視界の隅で、ずっと棒立ちだった少女がぴくりと肩を震わせる。
オレは立ち上がりながら、ゆっくりと話しだす。
「まず、川原ってのはオレの担任教師の名前だ」
月影がうなずく。
「たしかにオレは、ここに来る前そいつに名前をきかれたよ。オレは答えたさ。いいか、ここからはよく聞け。オレが名前を答えるのと同時に、誰かが『焼きそばパン』と叫んだんだ。そして、オレの名前は若松優士だ!」
月影がはっと息をのむ。
そう、これがオレがここにいることの真相だ!
「わかったか!月影、あんたが聞いたのは勇者じゃない。若松ゆうしゃきそばパンだ!」
月影の顔がサァァァッと青くなる。
「月影……。それはまことか……?」
今まで背を向けていた少女が、言いながらゆっくり振り返る。
月影は数度口をぱくぱくさせたあと……
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!」
すさまじい勢いで土下座した!?
それと同時に、少女がどこからか取り出した巨大な金棒で月影に殴りかかった!ゴンッゴンッとすさまじい音をたてながら、少女が月影の頭を殴る。
おぉ、まさに鬼に金棒……って、感動してる場合じゃない!誰か、助けを……!
と、オレがおろおろしていると。
「ひめぇぇぇぇぇ!!」
悲鳴(ダジャレじゃないぞ)とともに、部屋の奥の左側の階段から一人の少女(ややこしい、少女Bだ!)が飛んで来た。
少女Bは、金棒を振り回す少女にぱっととびつく。
「ダメです、姫!落ち着いてください!」
見た目どおり鬼と化した少女に振り払われそうになりながらも、少女Bは諦めずに彼女の金棒を振るう腕にしがみつき続ける。そのかいあってか、少しすると少女の暴走が止まった。
「大丈夫ですか?」
少女から離れ、月影に手を差しのべる少女B。月影はその手を借りて立ち上がると、オレに向かって深く頭を下げた。
「まことに申し訳ありません。まさか勇者さまを間違えてしまうとは……」
それは、まぁ、よくないけど……。オレはそれより殴られた月影の頭から血のかわりのように立ち上る湯気が気になってしかたない。この人、大丈夫なんだろうか?
「それはもういいよ。じゃ、オレ、そろそろ家に帰りたいんだけど……」
オレは苦笑いを浮かべながらそう答える。
すると、月影と少女Bが気まずそうに目配せをした。なんか、嫌な予感がする。オレの嫌な予感レーダーがめちゃめちゃ反応してる!
「申し訳ありません。一度こちらに来てしまったら、使命を果たされるまではお帰りいただけないんです……」
少女Bが静かに言って、オレに深々と頭を下げる。
オレはあまりの驚きに、もう声も出なかった。なんと。なんとなんと。こんなことがあっていいんだろうか。情けなくあんぐりとあいた口がふさがらない。
「で、でも!オレは手違いで連れて来られたんだろ?だったら、使命もなにも……」
かろうじてそう反論する。でも、オレの嫌な予感レーダーはもう感知している。きっとこんな反論は……
「はい。あなたさまに使命はありませんが、本物の勇者さまがいらっしゃって姫をお救いいただくまでは、帰れないのです……」
説明してくれる少女Bの声が、後半は申し訳なさそうに小さくなっていく。被害者は間違いなくオレだが、なんだか申し訳なくてつい弱腰になってしまう。
「そう、なんだ……」
呟くオレ。頭が追いついていない。つまりオレは、自称魔界のこの場所に無期限滞在しなければならない、ということか?
「ふん、もうよい。わらわは不愉快じゃ。このくだらん茶番にももう飽きた」
唐突に、少女が言った。月影と少女Bが、ぱっと少女の方を向く。
「月影、ただちに身代わりを転送するのじゃ。真月はこの雑用係に与える部屋の準備」
少女が部屋の奥の階段へと歩きだしながら指示をとばす。
月影と少女Bは左手の拳を右胸に当て、「はいっ」と声をそろえた。月影が走って部屋を出ていき、部屋の中にはオレと少女Bだけが残される。
少女Bはオレの正面にまっすぐ立ち、にこりと笑った。
「はじめまして。わたしは真月。月影さまのサポートと、この城の書類、資料等の管理を任されております」
オレは会釈を返す。バタバタしていて気づかなかったが、この少女B……真月さん、そうとうかわいい。大きな黒い瞳にふわふわつやつやの黒髪、そしてとどめのうさみみ付きポンチョ。最強じゃないか?
「この度は、こちらの手違いで呼び寄せてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした。こちらへの滞在期間は最長でも一年間。その間は、ここ紅葉城にお泊まりください。わたしたちがしっかり生活のサポートをさせていただきます」
と、真月さんがまたまた頭を下げた。
なんだか小動物をいじめている気分になって、オレはあわてて話題を変える。
「そ、それはもう大丈夫です。それより、あー、この城のお姫様って、どんな方なんですか?」
オレの質問に、真月さんは一瞬ぽかんとした顔になったあと、すぐに笑顔を取り戻して答えてくれた。
「あぁ、自己紹介はされなかったんですね。先程までここにいた桃色の髪のお方が、我らが姫、紅華さまです」
その言葉に、オレは耳を疑った。
桃色の髪……オレの脳内に、振り回される金棒と派手に舞う桃色の髪がよみがえる。あれが、姫?あんなかわいげのない暴力女が?というか、あの強さなら、悲劇なんて自力で吹っ飛ばせるんじゃなかろうか。
「不器用な方なので誤解されてしまうかもしれませんが、本当は、わたしたちのことをとても大事にしてくださる優しいお方なんですよ」
オレの思考を読み取ったように、真月さんが言った。
「あ、わたしも、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
オレは、紅華への失礼な考えをかきけすように笑って名乗る。
「若松優士です。よろしくお願いします」
「優士さま……。素敵なお名前ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
真月さんが、最高級のエンジェルスマイルを披露する。
オレの紅葉城での新たな日常は、こうして幕を開けたのだった。
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