君の引きつった笑みが好きだった

カネヨシ

君の引きつった笑みが好きだった

 君の引きつった笑みが好きだった。無理に私に合わせようとする姿、それを隠せていると思い込む愚かしさが愛おしくて仕方がなかった。私が少しでも気を損ねた素振りを見せれば、血の気を引かせてご機嫌取りに勤しんでくれる。弱くて、可哀想で、本当に無様で可愛らしい、愚図な君が好きだった。


 それなのに君は変わってしまった。痛々しいおもねりをしなくなった。ためらわず主張するようになった。真っ直ぐに笑うようになった。一人でどこまでも歩いていって、私から離れたどこかへと去った。


 皆が君を好きになったからだろうか。そして調子に乗ったのだろうか。垢抜けたおかげで整った顔が真価を発揮して、うつむきがちだったのが背を伸ばして歩くようになった。どもりがちな口調は流暢に明るくなって、人の顔色より自分の信念なんかを優先することにしたらしい。


 そんな理由で、あんなにも愛らしかった君は消えてしまった。どこにでもいる我儘な人間になった。それは正しいことではないよ、と教えても受け入れられないことは明らかだった。君はかつての君を殺すようなひどい人間になったのだから。


 死んでしまった「君」。おどおどした被虐体質な君を、明るくて人好きのする君が殺したんだ。お前みたいな奴は要らないんだと、惨いことを平然と言いのけて。


 君は私の後ろで怯えていればよかったんだ。そうしたら私が守ってあげた。不躾な目線を遮ってあげた。敵意も悪意も、タチの悪い善意も振り払って、君を馬鹿にする人間たちを蹴り飛ばしてあげた。それでも君は何もないところで転んでしまうから、私は笑いながら立ち上がるまで待ってあげたんだ。膝をついた君の頭を踏みつけようとする輩が来ないように。


 今の君は無事でいるだろうか。強くなって、誰にも守ってもらえなくなっても、私の知らない場所で立っていられるだろうか。自由に伴う義務を知らずに、素晴らしい面だけを追い求めて強くなってしまって。


 どうして君は変わってしまったのだろう。私は君が好きだった。無様で、不器用で、弱くて、いつも何かにおびえている君が好きだった。矜持をかなぐり捨て、強者に媚を売ってでも生きようとする姿勢を尊いとさえ思っていた。なのに、君は。君は強さにあこがれてしまった。


 私は君がどこへ行こうと否定しない。引き留めることもない。別れの言葉に無礼な物言いをしたことだって許そう。たとえ君が私のことを忌々しいしがらみか何かだと思っていたとしても。


 それでもいつか、君が何者かに引きずり降ろされて頭を踏みつけられたときは、また私のところへ来るといい。私は君を守ってあげよう。見返りなんていらない。君はただ周囲におびえながら私の陰に隠れていればいい。ひっそりと、私に守られていればいい。私は君の帰る場所としてここに在る。


 君の引きつった笑みが好きだったから。だから、私はずっと、ここで君を待っている。


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