エースはまだ自分の限界を知らない[第四部D 群雄伝]
草野猫彦
第1話 鬼塚英一 凡人の意地
第四部プロ編二年目のお話です。
×××
その年、千葉ロックマリンズはドラフト指名において、割と上手くやったと言える。
一位指名で高卒右腕ナンバーワンと言われた水野を、競合せずに取れたからである。
他の球団も二位以下には当然指名の意志はあったろうが、千葉はあえてまだ伸び代のある水野を取ったのだ。
確かに既に完成度は高いピッチングを行っているが、体格などから考えると、上限はまだまだ先だと判断したのか。
二年連続最下位、そして三年連続でBクラスの割には、なかなか先を見据えた選択であると言えよう。
ただ二位指名に、早稲谷のエース梶原が残っていたのは、他の球団にとっても意外であったろう。
最下位であったがゆえに先に残り物を取れた千葉は、大卒即戦力投手も取れたことになる。
よし、ならば三位以降で即戦力の野手を取ろうか。
ワクワクしながらラジオやネットを聞いて見ていたファンは、三位指名された選手に驚いたものである。
白富東高校の外野手、鬼塚英一。
高校野球史上最強と言われ、甲子園を四連覇した白富東で、二年生から四番を打っていた選手である。
しかし彼の特異性はそんなところにはなく、高校球児であるにもかかわらず、髪を金色に染めていたことにある。
マンガならいい。いや、リアルを追求するならよくないが、現実に金髪である。
一年の夏から甲子園にはその姿を見て、眉をひそめて高野連に文句を言う者たちがいた。
いわゆる高校野球ファンであり、古きよき高校野球を愛する老害である。
これで高野連も一応は動いたのだが、白富東の校長は「うちの学校は何も頭髪の禁止などはしていないし、それは各自の判断である」ときっぱりはっきり言い切った。
そしてマスコミからマイクを向けられたセイバーも「私も金髪ですが、何か問題があるのでしょうか?」などと言ったものである。
髪を染めるなという校則もなく、そもそも頭髪の自由は憲法に保障されているものである。
別にそれについてぶつくさ言うのは構わないが、それを強制するならこちらも戦うぞと。
変に憲法など持ち出されて高校野球憲章に関わられたら、困る人はたくさんいるのだ。
弁護士を10人ぐらい集めて、夏の甲子園の人権蹂躙的な環境などを追求されたら、事実上のスポンサーである新聞社やテレビ局も困る。
そういうことで、鬼塚の金髪は守られた。
セイバーとしては自分の主義主張に沿って当然のことを行ったのだが、鬼塚は彼女のことを、一生信用しようと思った。
その後の秦野も、攻撃的なスタイルが自分を不利に追い込んで、それでも構わないのかと、一応尋ねてはきた。
正直なところ鬼塚も、別にもうこんな金髪スタイルで、自分を強く見せようなどという意識は薄れていた。
だがここまでやったことを、セイバーに守ってもらったことを、否定するのは違うと思ったのだ。
秦野はそれに何も言わず、鬼塚は結果を出した。
そして、実力主義のプロの世界にやってきたのである。
千葉は本拠地球場は千葉県にあるが、その寮は埼玉県にある。
これはマリンズのみならず、東京の球団に関しても、埼玉や神奈川に寮は置いているのだ。
理由としては、若手は主に二軍で一元管理して、すぐ近くの二軍球場で練習できる体制にしたかったからである。
すると都内にそんな球場を作るのは難しく、交通の便を考えると埼玉や神奈川となったわけだ。
千葉に関しては、むしろ北海道ウォリアーズの二軍寮があったりする。
結局は球場とその付属施設の方が、寮よりも重要に思われているからであろう。
その寮に入寮する、一月の上旬。
当然ながら鬼塚は、一位指名や二位指名よりも目立っていた。
12月の入団記者会見でもそうだったが、目付きも悪く明らかに人相も悪い鬼塚は、普通の意味で恐れられている。
契約の時も、よくもまあ頭髪のことに触れなかったなと思わないでもない鬼塚である。
入寮日自体は決まっているが、時間までは決まっていない。
ただ同じ関東圏から入寮するのだと、担当したスカウトが同じであったりするので、ある程度はまとめられたりする。
今年の千葉の一位から三位までの指名は、関東からの人間である。
四位以降は各地に分かれていて、育成で北海道から二人入ってくる。
駅を降りたら、そこに普通に水野がいた。
そして入団記者会見で一緒だった、梶原も同じである。
梶原はともかく、水野とは死闘を繰り広げた確執がある。
いや、確執というべきか。あれは尋常な勝負であったはずだ。
昨日の敵が今日の友。
考えてみればアレクは、同じリーグの敵のチームになるのだ。
水野としては鬼塚は、選手としてはそれほど恐ろしいバッターではなかった。
だが、しぶといとは感じていた。
守備は堅実にこなすし、肩もいいし、いい選手ではある。
それに少なくともプレイに粗暴なところはなかったし、審判に逆らったりもしていない。
しかし、それは舞台が高校野球であったから。
プロの舞台ともなれば、乱闘や審判への暴言など、揉める要素は揃っている。
審判への威嚇要員で取ったのかなと、水野は思ったものである。
だがその先入観は、一日目にして覆された。
金髪をからかった勇気ある関西人同期に、鬼塚は笑ったのだ。
「いや、俺も染めるのめんどいし実はやめたいんだけど、せっかくあそこまでセイバーさんがかばってくれたから、もう黒く出来ないんだよな」
照れ笑いのような表情であった。
そして、体力が凄い。
白富東は練習時間自体は短いと、色んな雑誌や番組で紹介されている。
しかし鬼塚の基礎体力は、一日中野球漬けの強豪校選手と、何ら遜色はないどころか上回る。
「練習時間は短いけど、必要最低限しか休めないからな。鬼コーチの作ったスケジュールだと、それ以上長く練習したら気絶するってもんだったし」
中でも鬼塚は、本当に体力ギリギリまでのメニューを組んでもらっていたのだ。
そしてそのメニューを、プロ用にも作ってもらった。
それを見せられたコーチ陣は「マジかこれ」という顔をしたものである。
鬼塚は練習の虫である。
プロ入りしたとは言え、二年連続の最下位球団において、新人たちのモチベーションは微妙であったかもしれない。
だが明らかに野球人っぽくない鬼塚が、一番練習をしているのである。
「たぶん俺が、一番下手くそだから」
新人自主トレの一日目から、全力で飛ばしていくのが鬼塚である。
だがここでも白富東らしく、気に入らないメニューはやらず、それ以上に苦しいメニューを自分でやっていたが。
こいつはマジか、と同期入団の他の七人の顔色が変わる。
所詮はイロモノかと思われていたやつが、一番真摯であるし、一番努力している。
それも努力と言うよりは、これぐらいはやって当たり前というような態度で。
鬼塚は少なくとも、プロ野球を舐めてはいない。
二軍のみならず一軍の首脳部も、この自主トレを見にやってきた。
自然と目がいくのが鬼塚である。
別に金髪だからとか、体格がいいからではない。
確かに鬼塚は体格も優れているが、プロであればこのぐらいはゴロゴロいるのだ。
とにかく鬼塚が目立つのは、その運動量だ。
さすがに心配したコーチが、あまりやりすぎるなと言っても、やりすぎないと付いて行けない、と返すのだ。
「だいたいこのメニュー、大介さんのよりはよっぽど楽ですから」
あれを基準にしているのか。
「どうです? 取ってよかったでしょう」
「ああ。素質としてはまあ、プロでは普通だけど、姿勢が違う。本当に見かけに騙されてるな」
スカウトが鬼塚に求めたもの。
それは今現在の野球の実力ではない。
もちろん実力も伸び代も、それなりにはあっただろう。
だが一番求めていたのは、最近の野球選手には欠けていると言われる野蛮な力。
周囲が止めないと自分が納得するまでやってしまう、ハングリー精神だ。
白石大介も似たようなものであったと聞く。
やはり先輩後輩二人、千葉にほしかったなとは思う。
この、野球に対するガツガツとしたパワー。
賢しらなところがなく、とにかく技術とパワーの向上を求める。
そのくせどこか一匹狼なところもある。
新人たち全員がそれに引きずられ、全力でトレーニングに取り組んでいる。
「……なんとか、交流戦前までに一度、一軍を経験させたいな」
「選手全体の底上げには、必要な選手だと思います」
金髪の姿のまま、鬼塚は練習やトレーニングを続ける。
上杉も、そして大介もあった力。
周りに合わせるのではなく、周りを引きずる力。
これは白富東でも、岩崎やアレクにはない。
鬼塚の資質は日本のプロスポーツの中でも最も大きな野球においては、それほど飛び抜けたものではない。
しかしとにかく反骨心があり、それでいながら合理性と、歯を食いしばる力がある。
千葉のスカウトがチームにとって必要だと、三位という高い順位で指名したのは、それだけのことを求めたからだ。
鬼塚英一18歳。
長くなるか短くなるか分からない彼のプロ野球生活は、まだ始まったばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます