第31話 追手(5)落ちこぼれ
直葉は殺気に飛びあがり、気配を殺すようにしながら、いつでも出られるように構えた。
が、狭霧が瀬名を連れて店を出て行ったらしいのを感じ取ると、しばらく息を殺して様子を窺ってから、部屋を出た。
誰もいない。
(どうしよう)
ここに来たのが1人という事は、1人ずつバラバラになって襲っているという事だろう。
(今なら、歳三も1人か。不意を突けば、今度こそ行けるかも)
直葉はそう考えると、素早く店を出て行った。
槐達がねぐらにしている所はわかっている。山の中にある古いお堂で、崖崩れで前を通る道が塞がっているため、通行する人はいない。
直葉がそこへ着くと、案の定、いたのは槐と歳三だけだった。
その内歳三は竹筒を持って出て来ると、川へ向かったので、直葉も後を追う。
(この前はまともに問いただして正面からかかって行ったからこのざまだけど、今日は違う)
持ち出したそれを構える。
吹き矢だ。小さい針には、毒物を塗りたくっている。かすりさえすればいい。
それを構え、狙う。
歳三は顔を洗い、水を汲み、大きく伸びをした。
(そう、そこよ、そのまま)
集中して、息をプッと吹き込もうとしたその時、背後から蹴り倒されて我に返った。
首をねじってその人物を見上げる。
「槐!」
槐は嗤って直葉の背中を踏みつけながら、言う。
「せっかく隙を見せてやってるのに、どれだけ待たせたら気が済むんだぁ?」
直葉はカッと頭に血が上った。
「わかってたのか」
「気配が消しきれてない。殺気が駄々洩れ。お粗末だったぜ」
歳三も近付いて来て、詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「私情に囚われて冷静さを失うなんて、失格だな」
「まあ、こいつは落ちこぼれだったからな。紅葉が自分の助けにって言うから、生き延びただけだ。本来なら、とうに死んでるんだよ」
槐と歳三が言いながら、虫でも見下ろすようにしている。直葉はそれを涙で歪んだ目で見ながら、悔しさに震えた。
「何で……あんただけは――!」
歳三を睨むが、槐に顔を蹴られて頭が脳震盪でぼうっとなった。
「使えねえな」
嘆息する2人の声が、遠くに聞こえる。
(紅葉姉さん……!)
指先が硬い物に触れる。取り落とした竹筒だ。
そろりそろりと、それを握り込む。
「殺っちまうか」
「もしあいつらが失敗してた時、おびき寄せる囮にもならんか」
「親しかったとは聞いてないしな」
そんな事を話す歳三と槐の声を聞きながら、素早く竹筒を口にあてがって歳三の方へ向ける。
「遅い」
歳三が悠々と竹筒を蹴り飛ばす。
「ああっ」
直葉は腕を泳がせ、歳三の足に触った。
「ん?」
「どうした、歳三?」
「ちくっとな」
草履を履いた足を、歳三は眺めてみる。その先で、直葉は体を震わせる。
「何だ。震えてやがるぜ」
槐がバカにしたように言って、それに気付く。直葉は、クックックッと笑っていた。そして、大声で哄笑した。
「はあっはっはっはっ!」
歳三と槐は顔を見合わせた。
「狂ったのか、こいつ」
「あんたは死ぬよ、歳三!」
「何を貴様」
「もういい、殺す」
槐は笑いながら歳三を睨みつける直葉の胸に深々と短刀の刃を埋め込んだ。
すぐに直葉の目が、ガラス玉のようになる。
しかし、ゆるりと半ば開いた掌に握り込んだそれを見て、2人は顔色を変えた。
「針だと?」
「こいつがいたのは――まさか、狭霧の作った毒か!?」
草履履きの足の剥き出しの部分に、プツンと赤い血の玉が浮き出ていた。
「何の毒だ?成分は!?」
「お、落ち着け!」
言っている間に、歳三は胸を押さえ、両膝を着いた。
「歳三!?」
心臓の動きに作用する薬物らしい。そう言いたいが、喋る事もできない。
「が……あ……!」
歳三はばたんと直葉のそばに上体を倒し、そのまま心臓を止めた。
槐はそれを凍り付いたように見下ろしていたが、
「クソッ、あいつら!」
と怒りの形相を浮かべると、そこから走って離れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます