第10話 長屋の医者(1)新入居者
化け猫長屋に空き部屋が1つあったが、とうとう、埋まる事になった。
「お医者様ねえ」
長屋の住人達は、その新入りを値踏みしていた。
「津村源斎です。よろしく」
優し気で、まだ若そうなのに、しっかりとして頼もしい感じを受ける。うりざね顔の優男というのも、長屋のおかみさん達にはポイントが高いだろうか。
しかし当の津村は、隣になる中平家の菊江が気になるようだ。
挨拶をして3兄弟は店に向かった。
「医者かあ。腕はどうなんだろうね」
狭霧が言うと、
「取り敢えず、おかみさん連中には気に入られたな」
と疾風は笑い、
「貧乏長屋で儲かるのかしら」
と八雲は首を傾げる。
貧乏人にとっては特に、医者にかかるより、少しくらいの不調は薬で治してしまうのが普通だ。
「それより、あの部屋に住んでた猫はどこに行ったのかな」
「狭霧、猫の方が気になるって、ちょっと酷くない?」
「だって、猫だよ。人間なら働けるけど、猫だよ」
「……あんたの言い分が正しい気がして来たわ。え、どうなの、これ……」
疾風は妹と弟を見てクスリと笑った。
(こんなくだらない事で悩んでいられる贅沢な毎日を送れるなんてな)
そう感慨深く思い、
「さあ、今日も一日がんばるぞ」
と、店の戸を開けた。
無事に営業を終え、家へ戻る。
すると、早速源斎のところに患者が来ていたらしい。咳をしながら出てきて、すれ違って出て行った。
「ああ、お帰りなさい」
見送った源斎が、にこやかにそう言った。
「ただいま。早速患者さんですか」
疾風がにこにこと応じる。
「ええ。どうもカゼをこじらせたようです。
気を付けてくださいね、暑さにやられないように」
「はい。先生も」
それで互いに、お休みなさいと言って別れた。
狭霧達も家に入り、部屋へ上がる。
「カゼかあ」
3人共、里で風を引いた時の事を思い出していた。
医者なんてもってのほか。薬草を飲み、ただ寝る。それで一定期間内に回復しなければ、失格者として処分される。なので、回復するかしないかは、まさに命がけだった。
そのせいで、狭霧は薬草について自分で調べ、採取し、覚えた。記憶力がいいので、目にできる書物は片っ端から目にし、記憶したので、今は薬草について、一般人よりかなり詳しい。
「里は怖かったな」
「ええ。多少回復がまだでも、治ったって言い張るしかなかったものね」
「草太がカゼを引いて肺炎になった時、ババ様が出したの、虫下しの薬草だったんだ。それが怖かったよ」
疾風と八雲が、その告白に驚いた。
「ボケてたのか、ババ様」
「そうかもね。草太にはちゃんとしたのを飲ませておいたよ、僕が」
3人は何となく、無言でもう一度手を洗った。
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