第7話 季節外れのゆきだるま(2)自殺志願者

 その話を聞いてから、どのくらいかした頃だった。

 兄弟3人で風呂へ行った帰り道、ケンカを見かけた。

 まあ、ケンカくらいは珍しい物ではないが、「ゆきだるま」という言葉が入っていたので、気になったので耳をそばだてたのである。

「配当金が出ねえ!話が違うじゃねえか!」

 掴みかかる男は、職人らしい。

「だから、子を作れって言ってるじゃねえか!」

 文句を言われているのは商人らしい。

「絶対にすぐに元を取り返せるって聞いたのに!」

「だから!子を作らねえからだろうが!」

 2人は掴み合いをしていた。

「投資した人だね」

 小声で狭霧が言うのに、疾風が小声で答える。

「ああ。そろそろ限界に来たらしいな」

 それに、八雲が小声で訊く。

「じゃあ、どうなるの」

「そりゃあ、祖は金を持って逃げるだろ」

 あっさりと疾風が答え、

「短期で出資を募って逃げるまでが計画だろうね」

と狭霧も言う。

「酷い話ね。引っかからなくて良かった」

 八雲が言って、3人は店へ向かった。

 だが、店のそばの木で、首を吊ろうとする男を見付けた。

「やめろ!何やってんだ!」

 疾風が慌てて止める。

「放って置いて下さい!せめてゆきだるまの会の店が見える所で首をくくってやると決めたんです!」

「え!?そんな迷惑な!」

(この店のそばで被害者が次々と首をくくったらどうしよう)

 狭霧は愕然とした。

「落ち着いて、ね!?」

(目立っちゃあ困るんだから!)

 八雲は笑顔を取り繕いながら、力任せに縄をかけた枝をへし折った。

 ひょろひょろしたその男は地面に転がり、泣き出した。

「ああああぁ」

 3人は顔を見合わせ、疾風が優しく声をかけた。

「取り敢えず、入んなよ。な」

 男を促して疾風と八雲が挟み込むように店に入る。

 狭霧は通りを見た。辻を挟んだ向こう側に、雪だるまの絵を描いた看板がかかっている。

「フン」

 狭霧はそれを一瞥して店に入った。


 男は弥作と名乗り、

「腹が減ってるから妙な気を起こすんだ」

と疾風が出してやった今日の定食を、勢いよく食べだした。

 今日のメニューは、魚のすり身の照り焼き、野菜の煮物、豆腐、なすの漬物、ご飯、ねぎと大根の味噌汁だ。

 訊くと5日も何も食べていないらしい。

「落ち着いた?」

 八雲がお茶を淹れてやると、弥作は満足そうな顔をしていたが、はっと状況を思い出したらしかった。

「はい。すみません。あの」

「ああ、お代はいいよ。

 それより、何があったんだ」

 疾風が自分も湯飲みを持って向かい側に座ると、弥作は俯きながら喋り出した。

「私は細々と飾り職人をやっていて、妻と、4つになる子供がいます。金はありませんが、子供の将来の為にもと、評判のゆきだるまの会に出資する事にしたんです。

 最初に2両2分払うのは迷いましたが、すぐに儲かるからって言われて。

 仲間に声をかけて、どうにか2人子を作って、1度目の配当で2分返って来ました。

 でも、その次が、なかったんです。子が増えないからだって言われて。もっと増やさないとダメだって。

 子にした仲間はなかなか子が見付からないし、話が違う、金を返せって言って来るし。全財産をはたいたのに、妻と娘に合わせる顔もないと思うと……」

 疾風と八雲と狭霧は、そっと溜め息をついた。

「大勢が今、同じように慌てていると思うわ。そんな上手い話には裏があるのよ」

 もう少しでそうなるところだった八雲が言う。

「奉行所に訴えてみればどうだ」

 疾風が言う。

「これは詐欺ですよ。行方をくらます前に、奉行所に身柄を押さえてもらった方がいいと思うな」

 狭霧も言う。

「そうですね……」

 弥作は力なく言って考えていたが、そこに、織本が来た。

 織本は奉行所の与力で、過去の事件の記録を管理している係だ。

「ああ、織本様。良い所に」

 そこで弥作の話を織本にした。

 織本はいつも通りののんびりとした様子のまま、腕を組んで、言った。

「ネズミ講だな」

「ネズミ講?」

 訊き返す。

「ねずみってのは、倍、倍で子供が増えるだろう?それに似ているから、ネズミ講って名前がついたんだ。

 確か、上方の方で騒ぎがあったと報告があったな」

 思い出すように言い、お茶をズズッと啜る。

「ゆきだるまの祖は、上方から来た男です、お役人様」

「成程。向こうで荒稼ぎして、今度は江戸に河岸を変えたってわけだな。

 まあ、身柄を押さえるように上に報告はするがな。出資金が戻って来るかどうかはわからねえな」

 弥作はがっくりと肩を落として取り敢えずは家へ帰ったが、織本は手早く定食を平らげると、急ぎ足で奉行所へ戻って行った。

「被害者は他にもいるよ」

「ああ。そこで次々と首をくくられちゃあたまらないな」

「静かな暮らしの為にも、何とかしないと」

 3人は頷き合った。



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