第4話 辻斬り(3)調査
化け猫長屋は向かい合った二棟からなっており、一棟に3世帯ずつ入れるようになっている。東側は奥から大家、大工一家、魚屋が入っており、西側は奥から隼太郎達、中平兄妹、空き部屋となっていた。
この屋根裏に狭霧は体を滑り込ませ、音もなく中平家の天井裏に潜んだ。
狭霧は身軽で、気配を断ったり読んだりする事や、記憶する事が得意だ。なので耳を鍛えられ、こういう諜報関係を得意としている。
眼下には自分達の家と同じ間取りの居間があり、菊江は内職の裁縫を、中平は読書をしていた。
が、中平が溜め息をつき、菊江が手を止めた。
「拙者はやはり不器用なのだな」
(え。ショックなのはそこ?)
狭霧は耳を疑いながら、続きを待った。
「思えば、16年前に仇討のために郷里を出てから、傘貼り、虫かご作り、うちわ貼りなどをしてみたが、全くだめだった。根付け彫りや彫刻も、雇ってもらえなかった。
済まぬ。お前に苦労をかけるな」
「兄上は、剣道や素読がお得意ではないですか。今は寺子屋で師範の職を得られています」
「菊江」
「心配はございませんよ」
「うむ。そうだな。仇討の相手が見つかれば、早く仇討をして帰るのだがなぁ。
しかし、剣の腕も錆びた事だろう。何せ、もう5年も四十肩で腕が動かせん」
「兄上……」
「16年だ。あの頃父上と母上を斬ったあいつは、生きておれば50手前。まさかもう死んでいるとかはないよなあ。何しろ、流行り病も3回はあった。飢饉もあったし、酷い水害もあった。
ああ。死んでいたらどうしよう。仇討を終えるまで、我らは帰藩はできない決まりだ。どこにいるのかも全くだしな。江戸で姿を見たとはいえ、16年。もう、よそへ行っていたら……」
中平は言いながら、胃の辺りを押さえて前かがみになって行く。
「兄上……その可能性はありますが、言っても栓無き事。苦労は当然でございます」
「菊江……済まぬ。お前も嫁がせてやりたいのに、どうにもならぬ。不甲斐ない兄を恨んでくれ」
「何をおっしゃいます、兄上。菊江は、充実しておりますよ」
「菊江。うむ。私もだ。
いっそ、このままここでこの暮らしをするか」
「それも悪くございませんわね。
それよりも兄上。あれで疑いはすっかり晴れたのでしょうか」
「なあに。何もしておらんのだ。堂々としておればよい」
「はい」
兄妹の会話を聞き、
(完全にシロだな)
と考えながら狭霧は自宅へ戻り、その会話を報告した。
「仇討に16年か」
仇討ちの許しを得て郷里を出ると、その相手を討って殺すまで、郷里へは戻れないという決まりがある。なので中には、20年や30年と敵を探し続けたり、探し出せずに諦めてしまう事もあるのが仇討だ。
「じゃあ、当時は20歳前後と10代半ばね。大変ねえ」
「どうにもあの中平様には、辻斬りも仇討も難しそうだよ。四十肩だし」
狭霧が言うと、2人共頷いて同意した。
翌朝、疾風は買い出しのために早くから出掛け、ほかの商人などと世間話をしていた。
疾風は穏やかで、人も動物も警戒心を忘れてしまう。その上、馬や鳥の心がわかってしまうので、聞き込みや潜入というものが得意だ。
「辻斬りの犠牲者は女ばっかりだってな」
「そうだよ。ほっそりとして儚げな美人の芸者や夜鷹ばっかり。勿体ないねえ」
「女にモテねえお侍の八つ当たりだったりしてな」
へへへと笑い合う。
「今度はいつ、誰が犠牲になるのかねえ」
「事件はいつも夜。それも、曇りの日だぜ」
「化け猫長屋の何とかって浪人は違ったのかい?」
「その前に捕まえてくれねえと、益々女が減って、嫁の来てがいなくなっちまうぜ」
「そのひょっとこ顔を何とかしねえとどうせ無理だってよ」
「何だと、てめえ!」
ケンカが始まりそうになったのを機に、疾風はそこを離れた。
「曇りの夜ねえ。こんな日って事ね」
仕込みをしながら、八雲が言う。
「いい事を思い付いたわ」
八雲が言うのに、疾風と狭霧は目を合わせた。
「もしかして、姉ちゃんが囮になるとか?」
「それしかないでしょ」
「まあ、八雲なら心配はないだろうが……」
「大丈夫よ」
八雲は明るく、大雑把だ。しかし体力や筋力は大男並みにあり、3人の中で一番の武闘派だ。
「とにかく、今夜から囮作戦で行こう。
この長屋に不要の注目が集まる前に、下手人を突き止める」
疾風が言って、3人は頷き合った。
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