第28話

玄関まで向かうと丁度侍女が呼びに来るところだった。

慌てて階段を駆け降りてレアンドルを出迎える。

正面玄関の扉が開かれて現れたのは夜会用の礼服に身を包むレアンドル。

流麗な動作で屋敷の中に足を踏み入れた彼は軽く足音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。ふんわりと銀色の髪を揺らしながら私を見つけた彼は鋭い青を柔らかく緩めた。

出迎えに参加していた侍女達の中には「ほぅ…」と感嘆の声を漏らす者もいるくらい私を見つめる彼は甘い顔をしていたのだ。

言われないと、いや、言われたとしても今の彼に女嫌いという印象は抱かないだろう。


「待たせしてしまってすまない、ヴィオ」

「い、いえ…」


小さく首を横に振ると彼はじっと私の姿を確認してくる。

髪飾りから始まり、耳元を飾るイヤリング、首元を彩るネックレス、身に纏うドレスと次第に下へ向かっていく視線は足元に辿り着くと私の目まで戻ってくる。

そして柔らかい笑みが届けられた。


「どれもよく似合っている。とても愛らしいよ」

「あ、ありがとう…。レアは私の趣味をよく理解してくれているのね」

「褒め言葉として受け取っておこう」


彼は手の甲にキスを落としてくると優しく肩を抱いてくる。そのまま向かうのは後ろで待機していた母のところだ。

今のやりとりを見ていた母は楽しそうに笑っている。居た堪れない気持ちになっている私を他所に二人は挨拶を交わした。


「こんばんは、ベルジュロネット公爵夫人」

「ええ、こんばんは。エーグル公爵」

「本日はお嬢様とのお時間を頂戴させて頂き、感謝致します」

「良いのよ。娘を楽しませてあげてね」

「勿論です」


そこで会話終わって、と願うがそれはとても儚いものだった。

私を見た母は愉快な笑みを作り上げてレアンドルに視線を移す。

そして余計な一言を言うのだ。


「エーグル公爵。本日は旦那様がおりませんので娘をお持ち帰りして頂いても構いませんわ。ただ事前報告はお忘れなきように。それから事を為す前に娘に持たせている避…」

「お母様!それ以上はやめてください!」


私が避妊薬を持っているとか余計な情報ですから。

もし持っているのがバレたら常に事を為す気満々みたいに聞こえるので本当にやめてほしい。止めに入ると母はつまらなさそうに唇を尖らせた。


「とにかく娘をよろしくお願いしますわ」


含みのある言葉にレアンドルは頷いた。

そして私の肩を抱き直して彼まで余計な一言を囁いてくる。


「夫人の許可を貰えたし、今晩は私の屋敷に来るか?」


レアンドルの囁きは近くにいた母に聞こえていたようでくすくすと笑っていた。

この人達、絶対に私を揶揄って遊んでいるわね。


「もう良いから行きましょう」

「そうだな」


目を細めたレアンドルのエスコートを受けながら馬車に乗り込む。当たり前のように隣に座られる。

狭いと思うが四度目となると受け入れられるが緊張はしてしまう。先週のキスのせいだ。


「本日の演目は観た事がないそうだな」


レアンドルと目を合わなさないよう小窓の外を眺めていると隣から観劇の話題を出されて振り向く。


「ええ、初めてよ」


いつもは父に連れて行ってもらっている。

ただ今回観に行く劇は人気の演目である為、忙しい父の予定が分かる頃にはいつも席が完売していたのだ。

レアンドルから誘いの手紙が来て観に行けると分かった日は大はしゃぎだった。

それはもう淑女として失格なくらい騒いだわ。


「実は私も初めてなんだ。人気の劇だから席を手に入れた時から楽しみだったよ」

「私もレアに演目を教えてもらった時からとても楽しみにしていたの。誘ってくれてありがとう」


劇の話題を出されると変な緊張が解れてくる。

初めて観る劇なのでお互いにわくわくした気持ちが止まらないのだ。結局、劇が終わった後に感想を言い合おうという自然な流れで夕食の約束をした。


「そうだ。忘れないうちに渡しておくわ」

「どうした?」

「一緒に出かけた時に注文しておいたネクタイピンとカフスボタンが届いたの」


鞄を開いて二つの箱を取り出すと奥底にピンク色の小瓶がちらりと顔を覗かせる。

絶対に使わないから。

その気持ちを込めたせいか乱雑気味に鞄の蓋を閉めてしまった。


「どうぞ」

「ありがとう、ヴィオ」


レアンドルは紐を解くとゆっくり箱を開けて中身を確認する。

ネクタイピンを手に取ってじっくり眺めた後、それを私に渡してきた。

え?要らないってこと?


「付けてくれ」

「え?」

「ヴィオに付けてほしい」


甘く囁くように強請られてそっと彼にネクタイピンを付けてあげた。そのまま見上げて「これで良い?」と確認を取る。

問いかけに返答はなく、その代わりなのか短い触れ合うだけのキスを与えられた。

ちゅっと音を立てて離れていく。


「ありがとう、ヴィオ」


至近距離で笑顔を見せられた瞬間、頰が一気に赤く染まった。

ま、またキスをされたわ。

どうして?と思うが上機嫌に鼻歌を歌いながらネクタイピンを眺める彼にそれを聞くことは出来なかった。

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