私達のプロポーズ事情
滝田タイシン
第1話 私達のプロポーズ事情
「ドゥン。ドゥドゥールドゥドゥール、トゥドゥン……」
三月後半の暖かな日曜日。午後にまったりとリビングで私が本を読んでいると、横でゲームをしていた俊也(としや)がいきなりくちイントロを歌いだす。
最近マイブームなのか、俊也は私が料理してようが、集中して本を読んでいようが、お構いなしにくちイントロを始める。別にそれだけなら聞き流せば問題無いのだが、俊也はその後がめんどくさい。
「ドゥドゥールドゥドゥルトゥ、ア~~~はい!」
私に歌えと、手の平を上に向けて差し出す。
「えっ? 何それ?」
「ええっ? 完璧にコピー出来てたじゃん。ほら、あれだよあれ」
「えー分かんない」
「分からないって何? 歌い出しが分からないの? タイトルが分からないの? そんな筈ないよ、美香(みか)の好きなあの歌なのに」
「好きな歌って言われても、何の曲か分からない」
「えー、じゃあもう一回やるから、聞いててよ」
こうやって自分のくちイントロを、クイズにしてしまうのだ。しかも歌い出しで答えを要求するというハイレベルなクイズ。
「ドゥドゥールドゥドゥールトゥ、ア~~~はい!」
「ああ、ブルーノマーズの『アップタウンファンク』ね」
しっかり聞くと、案外正解が分かる。もっとも、私の好きな曲ばかりだからなのだが。
「そう、それ、正解。いやー俺のくちイントロ、やっぱり凄いな」
俊也は上機嫌になるが、私は全然嬉しくない。普通は正解した人間を褒めるべきじゃないのか。
なぜ最近になって、こんな事にハマり出したんだろうか? 私達二人の間には今、もっと重要な事があるのに。それを自覚していないのか、俊也の突然始まるくちイントロはめんどくさいし、私の心を苛立たせる。
私と俊也の出会いは大学生の時。
親しくなる前の俊也は、授業でも学食でも常に一人ぼっちだった。そんな彼の横顔が、なぜか気になった。私自身友達がいない大学で、少しずつは話が出来る人が増えてきていたが、一人で寂しい気持ちが分かっていたからかも知れない。まあ、ひょろりと背が高く、童顔なのが私の好みと言うのはあったのだが。
私の外見は普通レベルだし、男慣れもしていないしで勇気がいったが、自分から声を掛けてみた。話をしてみると俊也は案外明るい性格で、私達はすぐに親しくなった。
初めてのデートまでには時間が掛かったけど、お互いの観たい映画が上映されたので、私の方から誘った。
告白は俊也の方から。三回目のデートの別れ際に「好きです、付き合ってください」となぜか敬語の告白。もちろん私も、「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」と敬語で返事をした。
本当に嬉しかった。私の方から告白したいぐらいだったのに、俊也の方もそう思っていて、自分から付き合ってと言ってくれたのだから。
付き合い出してからも、私達は相性も良く、楽しい日々が続く。大きな喧嘩も無く、現在、お互い社会人三年目の二十五歳。今は2DKのアパートで同棲し、幸せに過ごしている。
私達が同棲を始めて、あと二か月で一年になる。この一年目までの残りの二か月は、私達二人のとって大きな意味がある。同棲を始める前に、期間は一年だけと話し合って決めたからだ。
同棲を提案してきたのも俊也の方から。ゴールデンウイークに行った旅行の、帰りの新幹線の中でいきなり言われたのだ。
「それって結婚が前提って考えて良いのよね?」
「もちろんそうだよ」
私の質問に俊也は即答してくれた。彼の表情から、本心だと素直に信じられた。
「それなら、OKよ。ただ、同棲期間は一年の期限を付けたいの。それでも良い?」
「一年間?」
「そう、私も結婚する前に同棲して、お互いをもっと良く知る事は必要だと思うの。でも、結婚相手として相応しいか判断するだけなら一年あれば大丈夫でしょ? もし一年過ぎても、結婚を決意出来ないのなら、どんなに楽しくても同棲は解消したいの。それでもし別れる事になったとしても」
「ええっ、別れる?」
「いや、一年同棲しても別れたく無いと思えるなら、結婚すれば良いじゃない」
「そうだよな……分かった。その条件で行こう」
俊也は私の提案を想定していなかったようで、少し戸惑いながらも受け入れてくれた。そんな様子の俊也だったが、私は不安を感じてはいなかった。きっと私達二人なら、同棲しても上手くいき、結婚までたどり着けると思っていたから。
二人揃って、お互いの両親に同棲を始める挨拶に行った。この時も、結婚を前提としている事と一年の期限は役に立った。同棲をなかなか認めようとしない、私の父を説得するには特に有効であった。
同棲して十か月が経ち、残り二か月になった今、私はこのまま俊也と結婚して一緒に生きていきたい考えていた。
俊也は積極的にグイグイ引っ張って行くタイプではなく、放って置いたら休日でも一日中家でゲームしたりネットを見たりしている。でも、私が誘えば一緒に行動してくれて、それが義務感からではなくちゃんと楽しんでくれる。行動派ではないが、出不精でもない。楽しい時間を共有出来るパートナーなのだ。
金銭面に関しても、最初から自分の給料は全て私に預けると言ってくれた。別に私から提案した訳じゃなく、自分から言ってくれたのだ。私はお互い同金額を家計に入れて、後はそれぞれ自分で管理するように考えていたので、俊也に無理をしていないか聞いてみた。だが「そうする必要は無い。俺は小遣いを月に三万円だけ貰えれば良いから。後は美香がやりくりして欲しい」と言って譲らない。結局お互い月に三万円の小遣いとし、残りは家計で使い、余れば貯金する事となった。二人で遊ぶ時には家計から出すし、俊也は三万円でも余っているようだ。彼に関して浪費癖の心配など全く無かった。
家事に関しては、私の分担の方が多い。共働きだが、それに不満は無い。手伝って欲しい事は、頼めば嫌な顔せずに手伝ってくれるし、どこかへ出掛けた時には、重い荷物も自分から持ってくれる。家電の配線やセッティングは喜んでやってくれるし、硬いジャムの蓋も開けてくれる。細かいストレスを感じる事無く、役割分担が出来ているのだ。
私たち二人は価値観も似ていた。ネットや雑誌を見ていて、ふと何かを感じて俊也に話をすると、いつも共感してくれる。面白い事はお互いに笑い合い、悲しい事はお互い涙し、腹が立つ事はお互い怒りを覚える。
一つだけ不満があるとすれば、愛情表現が乏しい事か。俊也の方から「好き」と言ってくれる事など全くない。私から「好き」と言って、その返事として「俺も」と言ってくれるぐらいが関の山。「好きだ」なんて、告白された時以来聞いた事が無い。まあ、行動からは十分に愛情は感じているのだが。
これが十か月の同棲期間を過ぎた私の感想。これで結婚を躊躇する女性が居るのだろうか? 少なくとも私は、俊也からのプロポーズがあれば、喜んで胸に飛び込むだろう。
だが、あと二か月となった今現在、肝心の俊也からのプロポーズが無い。
まだ二か月あると考えるべきなのだろうか? でも、いざ結婚するとなると、いろいろ準備も必要だろう。式とか旅行とか、したい訳じゃないけれども、やる、やらないに関わらず、二人の話し合いが必要だ。お互いの両親にも話に行かないといけないし。
だったら、自分の方からプロポーズなり、話を振るべきだと思われるかも知れないが、ただでさえ愛情表現が少ないのだし、こればっかりは俊也の方からして欲しい。男女平等だなんだと言いながらも、やっぱりこれだけは譲れない、私の夢なのだ。
俊也が結婚について何も言わないのは、二つの理由が考えられる。
一つは、今の生活に満足しているが、特に結婚の必要性は感じておらず、一年の期限も忘れているか、重要視していない。
もう一つは、表立って何も言って来ないが、この生活に不満があり、結婚したくは無い。
俊也の様子からして、前者だと考えたいが……。ただ、前者だとしても、プロポーズをしてくれないのは残念だ。
そんな感じで、今の私は不安定な気持ちで毎日を過ごしている。
四月になり、会社に新入社員も入り、私たち二人も忙しい日々を送っている。
同棲期間も残り一か月半となったが、まだ俊也からのプロポーズは無い。かと言って、俊也が不機嫌だとかそんな事は無く、同棲を始めた頃と同じく楽しそうだ。
私の方はと言うと、日に日に短くなっていく残り期間を考えると不安になり、ついイライラする瞬間が増えた。こんな事なら、自分から結婚の話を振ろうかとも考えたが、ここまでくると意地のような感情も芽生え、俊也からプロポーズが無ければ、別れるのも仕方ないとさえ考えるようになってきた。実際別れるとなると、とても耐えられないのは分かっているのだが。
金曜の夜。私がキッチンで夕飯を作っていると、俊也が傍に来てくちイントロを奏で始めた。
「ドゥドゥールドゥドゥールトゥ、ア~~~はい!」
前と同じブルーノマーズの「アップタウンファンク」だと分かったが、結婚問題で苛ついている私は、敢えて答えず無視した。
「手が空いてるなら、食器を用意してくれる?」
私が話題を逸らすと、俊也は「簡単なのになぁ」とぼそぼそ言いながら、食器を並べだす。
食事の準備が出来て、私達はダイニングテーブルに向かい合い食べ始めた。さっき私が冷たくあしらった影響か、二人とも口を開かず空気が重い。
「ドゥン。ドゥドゥールドゥドゥール、トゥドゥン……」
また始まった! 重い空気を変えたいとでも思ったのだろうか? 私がはっきりと嫌がらなかったから大丈夫と思ったのだろうか?
「もう、やめてって!」
自分でもビックリするほど、大きな声を上げてしまった。くちイントロ自体、それほど嫌では無かったのだが、溜まったストレスが弾けてしまったのだ。
「ご、ごめん……もうこれで最後にするから、一曲だけ聴いてよ、お願い」
俊也は私の声に驚いたみたいだが、申し訳なさそうな顔をしながらも、まだ続けようとする。
「やめてって、言ってるでしょ。どうしてまだ続けようとするの」
私は悲しさで泣きそうになった。どうして私の気持ちを分かってくれないのか。鈍感過ぎて本当にイライラするし、悲しくなる。
「ごめん、じゃあいい……」
少し不貞腐れたように俊也が呟く。
その後は会話も無く、二人して黙々と食事を終えた。
「ごめん、洗い物頼める? 疲れたからシャワーを浴びて、寝るわ」
「分かった」
私は言葉通り、シャワーを浴びてすぐ寝室に入り、ベッドにもぐり込んだ。
だが、すぐには寝付けず、ベッドの中で俊也の様子を窺う。俊也は洗い物が終わった後は自分もシャワーを浴びに行った。その後寝室に来るかと寝た振りをして待っていたが、リビングでゲームでもしているようだ。
俊也を待つ間、いろいろ考えていると嫌な事ばかり頭に浮かんでくる。俊也の鈍感さに腹が立ったり、自分の態度で怒らせたりしていないか不安になったり。意地を張らずに自分の方から結婚の話を持ち掛けるべきかと思ったりもするが、それでも素直になれない自分も嫌になったり。
明日からの週末は特に予定が無い。今の私の精神状態のままならきっと気まずい雰囲気が続くだけだ。私は高校時代の友達にラインし、明日飲みに行く約束を取り付けた。連休は実家に帰って、気持ちを落ち着かせよう。
そうこうしている間に、私は寝落ちしてしまった。
翌朝、目が覚めると、横に俊也は居ない。ベッドを抜け出しリビングを覗くと、ローソファの上で寝ていた。休みと聞いていたので、俊也を起こさないようにゆっくりと毛布を上から掛ける。食欲が無いので朝食も取らずに、私は実家に帰る用意を始めた。
用意が終わっても俊也が起き出して来ないので(今日は高校時代の友達と飲みに行くので、実家に泊まるから。忙しいし、返事返せないかも知れないから、連絡はしなくて良いよ)とラインを送り家を出た。
本当に忙しい訳じゃないけど、俊也とラインでやりとりする気にはならない。
……いや、それは嘘だ。自分に嘘は吐けない。本当は何も書かずに俊也からラインが無かったら、不安になるからだ。連絡がない言い訳が出来るように、私は予防線を張ったのだ。
実家は電車で一時間程で着ける。飲み会まで時間があるので、私は実家に荷物を置きに行った。
「ただいまー」
「あら、美香、どうしたの急に?」
連絡もせずに帰って来た娘を見て、玄関まで出てきた母は驚いたようだ。
「うん、今日はこっちで加奈(かな)達と飲み会があるから帰ってきたの。夜になったら行ってくるよ」
私は変に思われないように、努めて普通に振舞った。
「そうなの……」
母は何か言いたそうな表情を浮かべたが、結局何も言わなかった。
「お父さんは?」
「今日は仕事に行ったわ」
正直ホッとした。顔を見たら、きっと色々聞かれるだろうから。
「もうすぐお昼ご飯にするけど、一緒に食べる?」
そう言えば朝から何も食べていない。実家に帰って来て落ち着いた所為か、お腹も空いてきた。
「うん、ありがとう。食べるわ」
しばらくして用意が出来たので、私は母と向かい合って昼食を取る事になった。
「どうしたの? 何か困った事でもあった?」
「いや、何も無いよ。久しぶりにみんなで飲もうって事になっただけよ」
隠したつもりでも、やっぱり母は心配しているようだ。私は素直に話さず誤魔化した。
「そう……それなら良いけど、あんたは昔から何も話さないから……」
私は心の中で、母に「ごめん」と謝るしかなかった。
「カンパーイ」
夜になり、私は駅前の居酒屋で、高校時代の親友である加奈と愛子(あいこ)の二人と飲んでいる。近況や昔話に華を咲かせて、私はしばし俊也の事を忘れて楽しんだ。
「そういやあ、最近彼氏とどうなのよ。やっぱり同棲は楽しい?」
せっかく忘れていたのに、加奈が思い出させてくる。
加奈は明るく積極的な性格で、少し太めだが三人の中では一番モテる。好奇心も旺盛なので、話をしていて楽しいのだが、気になった事は何でも聞いてくるのだ。
「実はね……昨日喧嘩しちゃって……」
「ええっ、喧嘩したの? あんなに仲良さそうに話していたのに」
横に座る愛子が驚いたように声をあげる。
愛子は見た目も性格もお嬢さんな子。ロングの黒髪で、いつもニコニコおっとりしてる。癒し系なのだ。
「ちょっとー、どう言う事か話してみなさいよ」
加奈に促されて、私は昨日の事を理由を含めて二人に話した。
「なによそれ、喧嘩じゃなくて、あんたの八つ当たりじゃないの」
「ちょっと、加奈ちゃんキツ過ぎ」
愛子はフォローしてくれたが、二人とも呆れたような顔をしている。
「やっぱり、私が悪いのかな」
「悪いわよ! だってそんなの、察してちゃんなだけじゃないの」
「察してちゃん?」
「そう、自分の不満を分かって欲しい。言葉にしなくても察して欲しいって言うめんどくさい人の事よ」
心当たりがあるので、加奈の言葉がグサリと私の心に突き刺さる。
「でもさ、プロポーズって男の方からするものじゃないの? それに同棲は一年って決めてあるんだから、察しても何も黙ってプロポーズしてくれれば良いじゃない!」
「かー。この令和の時代に、平成どころか昭和の考え方ね! 頭が古いどころの騒ぎじゃないわ」
呆れたように言い放つ加奈に、何も言い返せなかった。
「まあまあ、加奈ちゃんも落ち着いてよ。美香ちゃんも怒らないでね。加奈ちゃんいつも『美香は彼氏と結婚するのかな』って心配しているのよ」
「うん……」
愛子がフォローしてくれた言葉は本当なんだろう。加奈なら、どうでも良い事だったら、こんなムキにならずに皮肉一言で済ますだろうから。
「美香ちゃんは彼氏と結婚したいと思ってるの?」
「うん、同棲してて、ずっと幸せだったから、したいと思ってる」
「じゃあ、自分の方から話をしてみても良いんじゃない。せっかく幸せなのに、喧嘩して仲が悪くなったらつまらないと思うよ」
愛子が優しく諭すように言う。言い方は違えど、二人とも同じ考えのようだ。
「でも普段から私ばかり『好き』って言ってて、俊也の方から言ってくれないのよ。プロポーズだけは俊也の方からしてくれても良いじゃない……」
「美香はね、マウント取りたいだけなのよ。向こうからプロポーズされて、私の方が愛されてるって、優位に立ちたいだけでしょ」
「そんな事ない!」
私はキッパリと否定した。でも、その言い方とは裏腹に、心の中は疑問だらけだ。
私はなぜ俊也からプロポーズされたいの? プロポーズされるのが夢だった? いや、そんなにこだわる程、ずっと夢見てた訳じゃない。
付き合いだしてから、どんどん、どんどん、俊也の事が好きになっていった。同棲してからもずっと幸せで俊也以外と結婚なんて考えられなくなった。きっと私は不安だったんだ。自分ばかり好きになって、愛情のバランスが崩れてしまいそうで……。
「帰る!」
私は急に立ち上がった。
「美香ちゃん、怒ったの?」
「違うの。二人には感謝してる。ありがとう。私、俊也のところに帰って素直な気持ちをぶつけてくる。私の方からプロポーズしてくる。『好き』にどちらが上なんて関係ないよね」
私は呆気にとられる二人に礼を言うと、財布から五千円札をを取り出してテーブルに置いた。
「本当にありがとう。あなた達二人は本当の友達よ」
私が笑顔でそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。
「応援しているから、頑張ってね」
「ちゃんと結果教えてよね」
二人の言葉を背に受け、私は店を飛び出した。
まだ午後八時過ぎ、十分に帰れる時間だ。私は駅へと歩き出した。
午後九時半、私は自宅のアパートまで帰って来た。外から見ると、三階にある自室の灯りが点いている。俊也が家に居て良かった。
階段を駆け上がる足が遅く感じてもどかしい。気持ちの方が体より先に進んでしまう。もう何日も俊也の顔を見ていないような懐かしさと、はやる気持ちがあった。
「ただいま!」
私は玄関に飛び込んで三和土で帰宅を告げたが、奥から返事がない。もしかして俊也は怒っているのかと不安な気持ちで奥へと進む。
リビングに行くと、俊也はローソファに寝転びながら、ヘッドホンを着けてゲームをしていた。
「俊也!」
「うわあ!」
私が抱き付いたので、俊也は驚く。
「美香! 実家に帰ったんじゃないの?」
「うん、そのつもりだったけど、戻って来たの」
私は体を起こして座る俊也の前に正座する。
「昨日はイライラして八つ当たりしてごめん。いや、昨日だけじゃないね。最近ずっとイライラしてて、空気悪くしてたよね。ホントごめん」
「う、うん……」
俊也は私の唐突な謝罪に戸惑っている。
「私、もうすぐ同棲して一年になるから、焦ってたんだ。俊也から結婚の話が出てくるのをずっと待っていて、それが全然出てこないからイライラして……」
「ちょ、ちょっと待って、最近様子がおかしかったのはその所為なの?」
「うん、ホントごめんね」
私はもう一度頭を下げた。
「なんだー良かったー」
俊也は心底ホッとしたように、笑顔を浮かべた。
「良かった?」
「そうだよ。俺、嫌われたのかと思った」
「そんな訳ないわよ!」
私は語気を強めて否定する。
「じゃあ、ちょっとだけ、何も言わずに聞いててくれる?」
「う、うん」
何を始めるのか分からなかったが、私は頷いた。
「ドゥドゥドゥドゥ……」
俊也が始めたのは、まさかのくちイントロだった。「ええっ! こんな時に」と思ったが、約束なので口には出さなかった。
黙って聞いていたら、俊也はイントロが終わると、そのまま歌い出す。しかもその歌は……。
「俺と結婚してください」
その曲は私の大好きなブルーノマーズの「マリーユー」だった。俊也はこの歌をプロポーズに捧げてくれたのだ。
「これがしたくて、くちイントロしてたの?」
私は涙を浮かべながらそう聞いた。
「会社の同僚に、プロポーズするなら、記憶に残るようなサプライズしろって、言われてね。普通のイントロクイズからプロポーズにって考えたんだ」
俊也はばつが悪そうに、鼻の横を掻く。その仕草が愛おしくて、胸が一杯になる。
「大好き!」
私は俊也の胸に抱き着いた。
「素直じゃなくてごめんね。初めて会った時より、付き合いだした時より、同棲を始めた時より、今が一番好き!」
「ありがとう。俺も美香の事が大好きだ。ずっと大切にするよ、結婚して幸せになろう」
俊也も強く抱き締めてくれた。
しばらくキスしたり抱き締め合い、幸せを噛み締めた。
「あっ、そう言えば、着替えを実家に忘れてきた」
「明日、一緒に取りに行こうよ。お義父さんと、お義母さんに改めて挨拶もしなくちゃね」
そう言って、俊也はまたキスをしてくれた。
私達はずっと幸せに暮らしていける。心からそう思えた。
了
私達のプロポーズ事情 滝田タイシン @seiginomikata
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