天才画家の前日譚

 写真嫌いの妻が死んだ。葬式の写真も私が頼み込んでようやく撮った一枚を引き伸ばした物で、ニコリともしていない。だから絵を描き始めた。私の中の妻が消える前に。


 妻は案外笑う女だった。その時の妻はいっとう愛らしかった。絵心などない。だが妻を描き続けていたらグングン画力は上がった。鉛筆で描いた彼女の黒髪は性的な艶を得て、目は知を帯びる。


 私の愛が為せる技などではない。彼女自身が、あの気難しそうな、睨むような目で、草葉の陰から言うのだ。私を忘れるなと。


 紙と鉛筆を持つのに精一杯の私が、他の女に触れる事は一生ない。鉛筆を筆に変えるくらいはいいだろう。


 彼女がどんな鮮やかな色の服で着飾ったか、忘れないために。



 Twitter300字企画第二十七回お題より……「絵」(本文299文字)

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