儚い望み

 君とのドライブ。もうキミ専用だった、助手席のシートに誰かが座ることはないと思っていたけれど、君はもう一度現れて、こうして運転する僕の隣に座っている。シートベルトもなく、いつもドライブにはセットだった君の楽しそうな笑顔、リズムの良い鼻歌はないけれども。それでも僕は嬉しかった。君とこうして楽しくドライブさえ出来たなら。けれども君は、そんな幻想にさえ浸らせてくれない。


「例え出逢いに後悔しても。忘れないで。あたしと一緒にいて幸せだって言ってくれたあの瞬間。あの日。その思い出を。あなたが覚えていて」


 言って君は、君と僕の共通の自慢だった長い髪を、いつの間にか持っていたハサミでざんばらに切り落としてしまった。それは共通の誇りと思い出と、僕と君が共に生きていた事の断絶だった。


 儚い望みだけを僕に託して、君は消えた。託されたからには、今こうして死のうと思って崖へ一直線に走る車にブレーキをかけてとどまらないといけないのだろうか。


「所詮儚い望みは儚いままだよ。君の望みだって、これだけは折れない」


 もう君は隣にいないのに、どこからかバカ、という声が聞こえた気がした。その悪口が心地よくて、もっとハッキリと聴きたくなって、僕はアクセルを全力で踏んだ。


 ショートカットの君だって、きっと綺麗さ。これからもっと好きになる。


 


 


【第179回フリーワンライ】 ……出逢うことに後悔しても そのシート 髪を切る 忘れないで 儚い望み

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