第9話 「20万でいいよ」

「20万でいいよ」


 学生証をこちらにズイと突き出し、彼女は言い放った。

 ここは彼女の友達の部屋だそうだ。家主は家を空けていることがほとんどらしく、今日のように勝手に上がり込んで使わせてもらうのは2度目になる。

 彼女と最初に顔を合わせたのは先月のこと。マッチングアプリで出会い、そこからひと月ほどデートを重ね、今日こそはついに体の関係に……というふしだらな願望を胸にこの部屋に来た。


 そして、――今まさに俺は金をせびられているところだ。


「これが証拠。あたしが騒ぎたてれば、あんたはすぐ淫行で逮捕されるってわけ」


 今日とは髪型が違うものの、そこに写っているのは彼女で間違いないだろう。そしてその学生証の生年月日は、確かに彼女がまだ17歳であることを示していた。

 マッチングアプリにはそもそも未成年は登録出来ないだろうし、知っていたら最初から手を出すはずがない。チェックの甘さは弾劾されるべきだけれど、したところでこの状況がどうにかなるわけでもない。


「さあどうするの? 逮捕されて今後の人生ぜんぶ棒に振るのか、20万で全部なかったことにするのか。今ならまだ選ばせてあげる。もっとも選択の余地なんてないと思うけど……」


「いやでも、まだ俺は何もやってないわけで……」


「十代の乙女と密室にはいって、何もしてないなんて言い訳が通ると思ってるの?」


 非難や保身などで頭の中はグルグルと回り、考えがさっぱりまとまらない。しかし20万であればべらぼうに高い金額でもないし、払って終わりになるならという、楽な方に思考が流れているのを感じていた。


「しかし今はその、手持ちが……」


「ついてってあげるからコンビニ行ってきて。言っとくけど、あんたの免許証とか名刺とか写真とってあるから、逃げようなんて考えないほうがいいよ」


 人生がこんなところで終わりになるのはいやだ。せっかくいい企業にも就職でき、仕事も楽しい。これからバリバリやっていくぞ、というこんなときに俺は何をやっているのだ。

 考えている間にひざから力が抜け、立っているのも辛くなってきた。高い授業料だと思って金を払おう。それで済むなら安い買い物だ……




 ――そう心に決めたとき、部屋に「ガチャリ」という音がひびく。そして無造作にドアが開かれた。ドアには鍵が掛かっていたはず……。混乱する頭でそんなことを考えていた俺の視界にはいってきたのは、彼女と同じ顔をした女だった。


「ねえ、おねえちゃん! またあたしの学生証使ってお金せびってるんでしょ。そもそもここあたしの部屋だし、勝手に使うのやめてよね!」


 驚いてただ呆然とする俺の方を向き直り、女は言った


「そんなわけで姉は21歳の立派な成人ですし、17歳なのは私なんで大丈夫です。姉が大変失礼いたしましたが、犬にでも噛まれたと思ってお引き取りください。……あ、でもあなたカッコいいから、あたし付きあってあげてもいいけどどう?」


「……いや、それは、あの、――ホントの淫行になっちゃうから……」


 俺の反論はかなり弱々しかった。

 そのまま逃げるように部屋を立ちさり、自室のベットに飛び込んだ。精神的に追い詰められたせいか、もう何もやる気が、俺は起こらず朝まで眠り続けた。


 2週間後。この肝のすわった姉妹の妹の方から連絡があったときには悪い予感しかしなかった。その上、――その予感は当たることになるのだった。




(続きません)

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