太陽の信奉者

 ソレア教は世界中――中央大陸だけでなく、東大陸や西大陸でも絶大な影響力を持つ多神教だ。その力たるや、唯一にして絶対の宗教といっても過言ではないほどである。

 また、もっと直接的な「力」もあった。

 信徒の数はもとより、神官のみが使えるという聖なる魔術。法術と称されるそれらを使う神官兵は、練度も人数も優に一国に比肩する。

 それでいて、彼らの基本理念は『いかなる組織にも属さず、いかなる争いにも中立をもって関わる』だ。

 総本山は中央大陸のど真ん中に位置する町、ヴァーユ。

 地図上はイストムーンに属してこそいるが、法王によって自治された一種の治外法権区域と化している。

 ソレア教の神官はヴァーユ、あるいは各地の教会にいるもので、町の外で見ることは滅多にない。修行の一環として巡教する神官がいないわけではないが、それなら大きな街道を使うのが普通である。

 今アッシュ達がいるのは獣道でこそないものの、地元の者しか使わないような小道なのだ。

 指を前方に向けたまま、二人は顔を見合わせた。

「どうする?」

「……放置するわけにもいかんだろ。生きているなら助けてやるべきだし、死んでいるなら近くの教会にでも報せるのが筋ってもんだ」

 溜息をついて歩き出すアッシュの背中に、クロスは「ふむ」と小さく唸った。

「もしかしたらお前は、行き倒れに好かれる性質なのかもしれないな」

「あんたが言うな、あんたが」




 早足で青年に近づいたアッシュは、軽く肩を叩いて呼び掛ける。

「おーい、大丈夫か?」

 返事はなし。

 後からやってきたクロスも、ひょっこりと覗きこんで首を傾げた。

「ふむ……生きているのか?」

 青年の首に手をあてていたアッシュは軽く微笑んだ。

「息もしてるし、脈もある。とりあえず、生きてはいるな」

「それは良かった」

「外傷は無さそうだけど……ちょっと失礼するぜ、っと」

 アッシュは慎重に、青年の身体を仰向ける。二人より年は上だろうが、現れた顔は予想通りまだ若い。

 今は青白いが、北方生まれに見られる白い肌と薄茶の髪。すっと通った鼻筋と眉は、どこか女性的な柔らかさを感じさせる。

「んん?」

 その面立ちに見覚えがあり、思わずアッシュは眉を寄せた。

「どうかしたのか?」

「いや。こいつの顔、どっかで見た気がしてさ」

 ごくごく最近、どこかで見たと思うのだが思い出せない。

「知り合い、ではないんだな?」

「ではないと思うんだよなぁ。……ま、いいか」

 そのうち思い出すかもしれない、とアッシュはあっさりと意識を切り替えた。

 別に青年の身元で、身体構造が変わるわけではないのだ。

 しばらく観察したり身体を触ったりして、アッシュは立ち上がった。

「身体に熱が籠ってるみたいだな。とりあえず、木陰にでも動かして身体を冷やそう」

 幸い周囲の緑は豊かである。青年もそういったところで休もうと思って、こんな中途半端な場所で倒れていたのかもしれない。

 アッシュが青年を担ぎ、クロスは杖を手にした。不思議なことに、周囲に荷物らしい荷物はない。

 青年を木陰に横にし、余分な服を脱がしながらアッシュは「それにしても」とぼやいた。

「暑そうだよな、この服」

「全身黒づくめのお前に言われたくは無いと思う」

「あんただって、似たようなもんじゃないか。そのローブ暑くないのかよ?」

 せっせと氷を出している彼女の服も、決して薄手の生地ではない。だが、白い肌は軽く汗ばんでいるくらいだった。

「特別製だ。織る時に多少の体温調整はやってくれるように術をかけている」

「魔術師団の制服並に便利だな――あ、氷こっちにくれ。あと、塩ってまだある?」

 布にくるんだ氷を手渡したクロスは、旅荷をまさぐった。

「集塩樹の葉ならあるぞ。水にでも溶かせば良いか?」

「そうだな、頼む」

「わかった」

 クロスは塩をふいた葉束から一枚を千切り取り、硝子瓶に水と共に入れる。

 茶葉のように、ゆっくりと葉を開かせる様子を確認した彼女はアッシュに手渡した。

「助かる」

「どういたしまして。それにしても、お前は本当に十年近く囚われていたのか? 地理にしても傷病の処置にしても、随分とよく知っていると思うが」

「そうでもないさ。地理とか地形は数年でそうそう変わるものでもないし、人体の構造なんて尚更だ」

 人を壊すには、その中身を知る必要があった。だから知っていたにすぎない。それだけだ。

「それに、流行とかまつりごとはさっぱりだしな。魔術の進歩具合は身をもって知れたから良いんだけど…。いや、良くはないけどな? あと、人についても駄目だ」

「というと?」

「例えば」

 と、アッシュは首やら脇下に氷を添えられた青年神官を親指でさした。

「こいつが、実はすんごい有名人だったとしても――それが、ここ十年以内のことだったら俺は知らない」

「なるほど」

 クロスは大きく頷いた。ちなみに、彼女もソレア教については一般的な知識しか持ちあわせていない。

 と、そこまで話したところで話のネタにされていた青年が小さく身じろぎした。

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