1-6.罪人と行き倒れⅠ-⑥
正規の道では無かったので時間はかかったが、次の日の夕暮れには二人はゼフィラトの入口に到着していた。
ゼフィラトは、特に何があるというわけではない小さな町だ。
目立つ建物といえば町の端に立つ古びた教会ぐらいだろうか。
いつの時代のものかはわからないが、石を積み上げて作られたしっかりとした造りで、壁面には外からでも見えるほどの立派な分厚いステンドグラスが嵌め込まれている。
夕日があたりを赤く染め上げる中、青年は立ち止まった。
「さて、ここまで来たらいくらあんたでも大丈夫だろ。…まさか宿屋に行くのすら迷うとかは言うなよ」
数歩を歩いてしまったクロスもまた立ち止まり、青年の方を振り向く。
「お前もゼフィラトを通って先に行くんだろう?」
苦笑したアッシュは肩をすくめた。
「あんたにはそう言ったが、出来れば人目にはつきたくないんだよ。迂回するつもり」
少女はしばらく何も言わなかった。じっとアッシュを見ていたが、やがて口元を緩める。
「そうか。……なら、ここでお別れだな。ありがとう」
「そういうこと。―――達者でな」
「お前も」
ごく短い別れの言葉を述べて、クロスは前に向き直る。
赤い闇に消えゆく少女の後ろ姿をしばらく見送っていたアッシュもまた、一つ息をついて踵を返す。
互いに背を向けて歩く二人が、再び会うことはないはずだった。
彼女には彼女の旅路があり、目的があるはずだ。そして、それは自分も同じ。
そうして歩き出し、再び静かな景色がもどって来る。
太陽はますます輝き、最後の光を赤くはなっている。
夕日が赤いのは、黄昏女神の世界を焼き清める炎のせいだ。
聖書にある逸話を思い出し、アッシュは口を緩めた。もう、夜はそこまできている。
一歩、二歩。足を踏み出した彼は立ち止まる。
「しつこいな」
ぽつりと呟き、あぜ道の脇の暗がりに顔を向ける。
「まだ、何か用か?」
狂ったような赤い光があたりを染め抜く中、声は響く。
「用? ああ、あるぜ。だぁいじな用だ」
粘つくような嫌な声だった。聞き覚えのある声に、思わずアッシュは眉を寄せる。
その前で、積み上げられた麦の束が揺れた。
「久しぶりだなぁ、色男」
案の定、現れたのは昨夜の山賊達だった。
「何の用だ? 昨日言ったように、金ならないぞ」
「いやいやいや、あるだろ。てめぇは知ってるはずだ」
ニヤニヤと笑いながら出てきた男は総勢十五名前後。いずれも手には剣であったり、斧であったりと武器を持っている。
「何のことだ?」
「別に隠さなくても良いぜぇ。おれ達知ってるからよ」
「何でもてめえ、王都でえらいことやらかしたみたいじゃねぇか」
「その首一つで大金持ちだぜ」
男達の言葉に、アッシュの顔から表情が消える。
「どこで聞いた?」
その声すら変わったことに、男達は果たして気づいたのか。寒気すらまねく平坦な声を、乾いた風がさらう。
色濃い陰影がその顔を彩り、長く伸びた影が地面を踊っていた。
闇がゆっくりと最後の光を侵食していく
夜が、訪れようとしていた。
「どこも何も、裏の世界じゃ有名だぜ。てめえの手配書は大陸中。いや、世界中にバラ撒かれてるって噂だ」
そう言ったのは、昨夜の集まりでロウドと呼ばれていた男だった。
「昨日も言ったはずだ。俺は」
腰の剣を抜き、アッシュは静かに男達を見据える。
「殺されるわけにはいかないんだよ」
その言葉が終わると同時に、地平線の向こうに太陽が沈む。
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