05

 次の日の朝。


「ちょっといいか、田中」


 登校したら既に佐藤のもとへと集まっていた、田中へと声をかけた。


 俺は教室では孤高という名のボッチを貫いている。佐藤以上に田中とは、言葉を交わしたことはない。


「なんだ中村」


 だからそんな相手にいきなり話しかけられて、田中は面を食らっているようだ。


「昨日、ヴァルキュリヤのアカウントをRMTしたって話をしてただろ」


「ん……まあな」


 社会的にも世間的にもよろしくない話なので、普段関わり合いのない奴に、その話を掘り返され田中は不審がる。まさか正義感ぶって、今から咎められるのかと思っているのかもしれない。


「俺も昨日、ヴァルキュリヤを引退したからさ。よければその話、詳しく聞かせて貰えないか?」


「ああ。そういう話か。いいぞいいぞ」


 咎められるわけではなく、是非その話を聞きたいということに、田中は嬉しそうに快諾をした。


 付き合いがゼロのボッチ相手にこの反応。実は中々良いやつなのかもしれない。


「なんだ、中村もあれをやっていたのか」


「ま、あれはビックタイトルだしな。やってる奴がクラスにいてもおかしくない」


 渡辺の反応に、珍しくもないと田中は答える。


「ネットゲームはよくわからんが、また急になんで引退? なんてしたんだ。しかも昨日?」


 佐藤が首を傾げる。


「あれか、昨日の話を聞いて、惰性でやっていたのを思い切って辞めようって話か?」


「マウスポチポチクリックゲーなんて苦行でしかねーもんな。辞めちまえ辞めちまえ。金に変える面倒は見てやっから、あんなクソゲーからは足を洗ったほうがいいぜ」


 なんて、田中は俺が人生を捧げた世界をこき下ろす。下品に今日も、ギャハハと尊大に笑いながら。


 これから広がるだろう光景。


 それを思うとあまりにも面白くて、ついその笑いを前借りしてしまった。


「それがさ、ギルドで逆追放を食らったんだ」


「……え?」


 引退するに至った経緯、その序章を耳にし、下品な笑いは一気に鳴りを潜めた。


 その様があまりにも面白くて、抱腹を堪えるのに必死であった。


「ある日ログインしたら、俺一人残してギルドはもぬけの殻。副マスに呼び出されてみたら、『おまえをギルドから追放する』だ。あのときは一体、なにが起きたのかわからなかったよ」


 流暢に面白おかしく語る喜劇に、田中の顔が一気に青ざめていく。


 佐藤も渡辺も口をあんぐりさせながら、今にも『あ』と息を漏らさんばかりである。


「どうやらお姫様への注意や小言が、悪逆非道の嫌がらせだと思われたらしい。謝罪と迷惑料のギルドの明け渡しを要求され、逃げるようにログアウトして、以来ヴァルキュリヤを絶っていたんだ。そして昨日、久しぶりにログインしてみれば、かつてのギルメンたちは離散引退孤立だ。これじゃあ復帰なんて無理も無理。こうして俺は、ヴァルキュリヤを引退する道を選んだんだ」


 好みだろう爆笑話だというのに、田中は喉が潰れたように声をかすらせ、顔面全体を引きつらせている。


「短い付き合いだったな、田中」


「ま、葬式くらいには出てやるぞ」


 渡辺と佐藤は、一切田中の身を慮ることなく、因果応報だとその顔は示していた。


 喘ぐような田中の肩に、ポン、と手を置いた。


「そういうわけで、アカウント処理の面倒は頼んだぞ、あまりな」

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