第58話 聞こえなかった銃声

モンゴル帝国首都カラコルム近辺


「指揮者より各車、攻撃用意。味方の砲撃部隊攻撃後歩兵部隊と共に前進する。」

「1号車了解、待機する。」

「2号車、了解。」

「3号車、了解。」


2時間ほど前と同じように昇(のぼる)は、突撃の用意をしていた。

前回は、航空機による支援があったが今回は無く砲兵部隊からの支援のみである。

昇が身を置いている日露仏連合陸軍第22機甲師団第1戦車連隊第2戦車中隊第1戦車小隊は戦車が破壊されるなどの被害は無いものの同じ第1、第2戦車小隊は計3両の戦車を破壊され、合流した砲兵部隊、歩兵部隊も同様に敵との交戦により負傷、兵器が破壊されていた。

そんな中、次の攻撃目標地点がこの場所だった。

カラコラムに通じる東側の2本の道の北側、日仏露連合がようやくたどり着けた場所である。

このまま、行けばカラコラムの町に入ることができるだろうと…そんな考えがどれだけばかげていることなのかは誰でもすぐにわかることだった。

モンゴル帝国による与那国島侵攻後、すぐにモンゴル帝国本土への攻撃を開始した日仏露連合軍に対しモンゴル帝国は与那国島を奪還しに来る連合軍との戦闘を考えていたモンゴル帝国はすれ違うように戦争は続いた。

与那国島を占領しようとしていたがモンゴル帝国は与那国島に派遣した部隊への物資や増援を送ることが難しくなり首都であるカラコラムやその周辺の都市に陸上戦力を結集し要塞を築いていた。

その中でもМандалговь(マンダルゴビ)、Улаанбаатар(ウランバートル)、Чойр(チョイル)、Арвайхээр(アルバイヘール)はモンゴル帝国が最も力を入れていた地域だった。

だが、短期間での防御陣地の構築には人も物資も必要だった。

その為、都市郊外周辺に集まっていた貧困層に住む人々を徴用し、従わない場合には殺していた。

また、黒海港から主にムガル帝国からの傭兵を陸路にてカラコラム東部の最前線に送り出していた。

釜山や上海などの沿岸部を日仏露連合に占領されてからはカラコラムに向けて人々が移動を開始したがモンゴル帝国は彼らに攻撃を加え、侵攻していた日仏露連合との間に挟まれた人々はモンゴル軍と協力して戦闘するか、もしくはただ死ぬのみだった。

日仏露連合は、黒海方面からの侵攻を諦め東側から侵攻したため黒海方面へと逃れることも出来たが町に留まっていた人々は砲撃により多くが死傷した。

少なくとも日仏露連合には彼らに分け与えることができるほど物資は持っていなかった。

連合は、そんな彼らの中から比較的裕福な人々を保護し占領した町に住むことを許可した。

だが、それ以外は脅威とみなし処分した。

もっともそもそもの国際条約や2国間での条約が結ばれることが無かったのもその判断を妥当としえた。

実際、モンゴル帝国、日仏露連合共々彼らの処分に踏み切ったのである。


「…。」


昇は、敵が作った土塁から時折モシンナガンを構えて町を見ていた。

昇と同じように何人もの兵士がそうして時を待っていた。

銃を構えるのを止めた昇は、隣りの兵士を見た。

彼は、Mauser M1918(対戦車ライフル)を持っており大事そうに抱えていた。

昇は、ここに来るまでに捨てたPPSh-41(ペペーシャ)のことを思い出したが今となって少し後悔していた。

何故ならやはり連射できる兵器は重宝するからだ。

とりわけ、砲撃を受けて黒色の小さい破片と大部分の赤色と繊維のまとわりついたモンゴル軍の機関銃を見てからそう思っていた。

後方にいたがその銃の音は聞こえたし、少なからず味方の戦車にも影響を与えていた。

それで…ただ、持って来たモシンナガンが少し頼りなく思ってしまった。


「…。」


ただ、どの兵士も静かにしていた。

煙草を吸うことも、話すこともなく…。

昇は、銃を構えるだけではなく地獄のような光景も見ていた。

前と後ろの2つで、後ろ側…ようするに味方側は敵の痛いが転がっているのでそれを手の空いている兵士が荷車にひたすら重ねるのを見るか、使えそうな物を探すか、さもなくばひたすら液体の入った瓶を割るかだった。

どれもとても危険な作業だ。

前にジャンヌから、そのことについて教えてもらった。

まず、第一に遺体についてでできるだけ早く処理するべきだと言われた。

大きな理由は、遺体の腐敗と雑菌の増殖、そして、吐き気を催すような匂いと精神的な不安だと言っていた。

精神的な不安とは、平時のような穏やかな死ではなく顔についた足跡や、ただただ周囲に広がってしまう血液、身体の部位の欠損など未来の自分…つまり、死を認識してしまうそうだ。

次に、使えそうな物を探すのだが基本的に使えるのは弾薬くらいだ。

撤退と共に破壊されること、それか罠として使われるからだ。

また、鹵獲できたとしてもそんなに使い物にはならない。

何故なら、モンゴル軍は日仏露連合の兵器と同じ様な物を使っていたからだ。

最後に瓶を割ること…これはただ誰も飲めないように中身を捨てるだけだ。

毒物が混ぜられている可能性があるため、そうされている。


では、前はどうか…。

後ろ側よりも酷いの一言に過ぎた。

敷き詰められた地雷原があるわけではなく、機関銃が置かれているわけでもない。

ただ、死体があるだけだった。

その死体は、先に死んでいった日仏露連合の兵士でもなくモンゴル帝国の兵士でもない…。

鳥についばめられながら野原を汚していく物は…とても人の体のようには見えなくなっていく民間人…武装もしていないそんな人達の身体がたくさん転がっていた。


「…了解。…全車攻撃を中止、その場で待機せよ。」


「攻撃、中止!」っと、大声で味方の兵士が叫んでいた。

土塁で、突撃を待っていた俺はあいかわらずその場で待機していた。


「攻撃は中止された!戦車の裏に回れ!」

「なぜですか!」

「戦争は、終わった。」

「それじゃあ…。」

「帰れるんですか!」

「早まるな、まだこの地域での『戦闘』は終わっていない!」


しばらくして、歩兵部隊の中隊長がやって来た。

どうやら、本部から指揮車に連絡があったらしい。

話を聞く限り、どうやらモンゴルとの戦争は終わったらしい…。

俺は、少し安心していた。

すぐに、ここから離れたかったがそうも行かなかった。

DP28を持って戦車の後ろに行こうとした兵士はその場での待機を命じられ仲間と共に再び町に銃口を向けていた。


「伍長!貴様、何をしている!さっさと後ろに下がれ!」

「はい!」


その場を動かずに居た俺に、中隊長は怒鳴り。

俺は、身を屈めながらMk.Ⅴの後ろに回った。

戦車の後ろに回るとВавилов(ヴァヴィロフ)さんが何やら他の兵士と話をしていた。


「2時間以内に君が戻って来なければすぐに砲撃を開始して町を制圧する、停戦に応じないと言うなら戦闘開始までの停戦時間をできるだけ多く貰えるようにしてほしい。」

「はい。」

「命懸けの任務ではあるが、必ず成功させてくれ。停戦後の会談場所はこちらに決められるよう要求するが君に一任する。遺体が転がっているがなるべく踏まないように進め。わかったな?」

「はい。」

「では、準備を!」

「了解。」


話が終わったヴァヴィロフはすぐさま、木に結び付けている自分の馬の所に向かった。

昇は、彼についていき声をかけた。


「よしよし、アサカゲ。元気か?…そうか。…ん?どうした…ああ、君か?」

「はい、こんにちは…ヴァヴィロフさん。」

「ああ、こんにちは…。」

「その…どこかに行くんですか?」

「…ああ、停戦を申し出に…。」

「そうですか…。」

「うん…そもそもこの戦争には最初からそんなものなんて無かった…けれど、終わらせるにはこういう方法しかないから。」


ヴァヴィロフは、そう昇に言った。

昇は、少し不安になり…少したってから口を開いた。


「…綺麗な馬ですね。」

「ああ、いい子だよ。」

「終戦したはずなのに…期待しています。」

「ああ、もちろん。いい返事が返ってくることを私も望んでいる。」


その後、停戦の申し入れは受け入れられ戦闘は終わった。

ヴァヴィロフさんも無事に戻って来て、昇は彼の馬であるアサカゲ号に乗り遠くの地平線を眺めることができた。

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