奪われた領土

第42話 与那国島奪還作戦 Ⅰ 敵艦見えず

与那国島近海


艦隊旗艦 Arc de Triomphe(ラルク・ドゥ・トリヨーンフ)


今日の海は穏やかだ。

このまま、明日もこの天気だと良いのだが…。

与那国島の気象観測施設は取られてしまったがまだ、飛行場にある気象設備はある。


「艦長、軽巡洋艦巌流島(がんりゅうじま)より暗号電文です。」

「読み上げろ…。」

「はっ、当艦は敵を見ずとのことです。」

「…引き続き、巌流島は駆逐艦登別(のぼりべつ)、大塚(おおつか)、武蔵野(むさしの)と共に敵勢力を探知。重巡洋艦楔(くさび)からの連絡は?」

「定時連絡まであと10分です。」

「そうか…。」


与那国島の奪還は成功するだろう。

慢心というのだろうか、今は安堵感があった。

もうすぐ夜になる。

そうなってしまえば空母から航空機が上がることはない。

だが、相手がそうしないとは限らない。

モンゴル軍の空母は一体どこに?

航空母艦を温存したいのはどこの国も同じだ。

我が国でさえ、未だに航空母艦、航空機の量産を行っているところだ。


「予定通り、明日の明朝与那国島に向けて上陸支援を行う。電波による通信を行わず光信号のみの情報伝達を厳守せよ。そう伝えておいてくれ。」

「はい。聞いたな?」

「はい。」


輸送艦 波照間


「よしっ、全員準備はできたな?」

「「「はっ!」」」


俺とC分隊のメンバーは明日、差し詰め数時間後の上陸作戦に向けて装備を整えていた。

少なくとも、全員に共通しているのは軍服と靴ぐらいであとは各人、装備を少しづつ変えている。

他の隊に比べるとかなり装いの異なっている。

兵士の基本兵装は、緑色の軍服、男女共に共用の生地でズボンと長袖のセットだ。

生地は積層構造で通気性を確保しつつある程度の防弾、防塵、抗菌、防臭作用がある。

銃はM1886という名前の銃だ。

装弾数は8発。

カチューシャとの訓練で用いていた弾の入っていない銃のオリジナルだ。

俺の世界ではすでに旧式の銃だ。

そして、サブアーム。

拳銃はM1911かM1895のどちらかで俺は、M1895。

ナガンと呼ばれるロシア製の武器だ。

装弾数は7発。

M1911、コルトガバメントはアメリカの武器だ。

装弾数は7発。

あとは、近接戦闘の際に用いるナイフと背嚢が共用の装備だった。


では、この部隊はと言うと…。

まず、バルロー曹長、杏樹(あんじゅ)、木下はモシンナガンを装備していて、ロラと杉山は俺と同じM1886、木村軍曹と中山は先行量産されたM1ガーランド、レフはリー・エンフィールドだった。

さらに、言うとバルロー曹長に至ってはコルトSAAだったりする。

だが、基本的にはライフルで構成されているのが何とも言えないところだ。


俺と弾薬が同じなのはロラと杉山だが、杉山は衛生兵なので弾薬の携帯量が最低限でやはり弾薬には限りがある。

頼りになるのはやはり自分だけだ。


「どうかされましたか、長篠(ながしの)伍長(ごちょう)?」


どうやら、険しい顔でもしていたのかロラが声をかけてきた。

やはりというか、何というかはかなげというよりも死相が出ている気がする。

とまあ、そんなこと言ったらというかこれから死ぬかもしれないのに不謹慎すぎるだろと思いつつもやはり頼りないというのが本音だ。


「いやっ、何でもないよ。」


俺は、ロラにそういうと再びロラは俺の不安を感じたようだった。


「その…伍長?」

「ん?どうかした?」

「いえっ…その…なんて伍長のことを言えばいいのかわからなくて…。」

「あ~、なるほど。」


とはいえ、俺は何も試験も検査もしてないのにいきなり伍長なので日仏露連合がどのようにしているのかもわからない。

また、コードネームも無いためファーストネームで呼ぶか名前で呼ぶかのどちらかだ。


「う~ん、伍長でいいや。」

「ロラのことは、ロラって呼ぶのに?」

「いやっ、杏樹(あんじゅ)って呼んでいるから…。」

「でも、杉山さんは太郎じゃなくて杉山で、中山さんも中山さんで、健之助(けんのすけ)は木下でなんですか?」

「…。」


確かにロラこと、ロラ・ウォーリーのことをロラって呼んでるのはあれだけど、杉山軍曹は杉山さん…だよな。太郎っていうのはなんかあれだし、中山の場合は二等兵で名前は三郎だから別にサブローでもいいし、木下は衛生上等兵で健之助、ケンちゃんとかケンノスケでもいいはずだ。


だが…。


「その…ウォーリーって呼びづらくて…。」

「…ひどい。」


ごめんな、ロラでも本当のことなんだ。

このC分隊の中で一番呼びにくいのが君の名前なんだ。


「伍長は、私の名前が嫌いなんですか?」

「そんなことは、ないよ。」

「だったら、ウォーリーって呼んで欲しいです。」

「あっ、うん。」


とりあえず安請け合いでうなづいた。

まあ、どうせ俺のことなんだから無理なのはわかっていた。

しかし、ロラは俺の言ったことを絶対と思っているようだった。


「その…伍長、戦う前に一つ質問があります。」


そして、もうなんかどうでもよくなってきた俺に対して質問をしてきたのである。


「ん、何?」

「坂上伍長とお二人はどんな関係なのでしょうか?」

「えっ…?」


(…?)

どういうことだ、それ?


ロラの発言に俺は戸惑った。

そもそも、俺と杏樹のどこを見てそう思ったのだろうか?

この航海中に?


俺は、ロラの質問に対してどう返事を返そうか思案したところ、やはり何も関係がないというべきだと考えた。

そして何より、俺はロラの質問に冗談で応えられるほどのユーモアも無かった。


「坂上伍長とは、初めて基地で会ったばかりだから、俺と坂上は何の関係もないよ。まあ、階級が同じだから比較的話しやすいだけで…。」

「本当に…ですか?」

「…うん、浮いた話も何もないよ。」

「そうですか、では根も葉もない噂なんですね。伍長。」

「うっ…うん。」


ジッと、湿ったような視線が俺に刺さる。

ロラは俺の歯切れの悪かった答えに疑念を抱いているようだった。

ここで、言い返したら変に勘繰られてしまうのも困る。


「ロラ・ウォーリー兵長?」

「はっ、はい!」


階級というのは意外と会話でも使えるのだ。

ただし、概念的にはパワハラが近い。

とまあ、そんな手段を使ってしまわなければならないのは少し心苦しくはあるが今後、ロラとの関係を考える上では必要だと自分に言い聞かせた。


「これから戦地に赴くのに人の色恋沙汰、もとい噂話を気にする余裕があるとは。」

「えっ…いや、その…私は。」

「意外と心が強いのか、はたまたただの考えなしか…君はどっちだ?」

「えっと…前者です。」

「だったら、話はお終わりだ。」

「はっ、はい。」


少し強引ではあったが話を終わらせることができた。

とはいえ、何かしらのうわさばなしが流布しているのはよくないことだ。

何とかして、収めたいけど下手に動くと傷口がでかくなる。

それよりも、杏樹の方が心配だ。

別に、俺は…何というか浮いた話があってもいいと思う。

というか…彼女すら居なかったからなんていうか…少し嬉しい。


どういうわけか、自分でも少し彼女のことを意識はしているようだ。

でも、それはいけないことのような気がしてならない。

そもそも、俺と彼らは違う…。

多分、これからもこの距離が縮まないのかもしれないとは思う。

この世界から俺はいなくなるわけで…そうじゃなくてそもそも比喩でもなんでもなく住む世界が違う。

そして、もう一つがこの身体のことだ。


「…。」


なんていうか、やっぱりまだ慣れない。

身体がどうとかではなく、心理的な問題だ。

そして、まあ、要するに俺も年頃なわけで…。


「…どうしたものか。」


恋と性は切っても切れない関係である。

そして、俺は…悲しいことに童貞だった。

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