第40話 無機質な白写真

部屋から出た俺は、ジャンヌから貰った服に着替え分隊の待つ輸送艦波照間へと向かった。


「あっ、昇(のぼる)!こっちよ!」


輸送艦波照間近くに着くと、坂上(さかがみ)杏樹(あんじゅ)が俺に向けて手を振っていた。

俺は、彼女の下にジャンヌから貰った中身を確認してもいない重い荷物を持って走った。


「お待たせ。」

「遅かったわね。まあ、隊長からも話を聞いていたけど…その…誰と話をしていたの?」

「誰とって…。」

「はあ…守秘義務でしょ?隊長の態度から察するに上の人よね?」

「そうだけど…。」

「…なら、なおさら聞かないでおくわ。それよりも、昇?」

「ん?何か?」

「あなた…もしかして、スパイじゃないわよね?」

「…そんなわけないよ。」

「…。」

「…。」

「少なくとも私は、あなたが本当に軍人なのか疑問なのよね?」

「だから、俺がスパイだと?」


そもそも、俺は軍人ではない。

今もただの民間人だ。

カチューシャとジャンヌ、桜から戦闘教義(ドクトリン)や作法を学んだとはいえ、坂上のような兵士ではない。

けれど、そんな言い訳が通用するわけがないのもわかっている。

この下関に来る前から訓練を受けてはいたが、それはあくまでもこの世界で生きて、家に帰るためだ。

しかし、彼女にそう告げたところでどうなるのだろう。


「そうじゃないけど…。」

「大丈夫だよ、俺は君を裏切らない。」


結局、俺が選んだ選択は噓をつくことだった。

確かに裏切らないけれど、俺は早く家に…あの世界に帰りたい。

だから、俺はこの先もこの世界で噓をついていくだろう…。


「本当に?」

「ああ、勿論。…まさか、そこまで信用されていないとわ。」

「…まるで、私が悪いみたいな言い方ね。」

「なっ…そんなことはないよ。」

「わかったわ、それじゃあ改めてよろしく昇!」

「よろしく、坂上!」

「そこは、杏樹の方がいいんだけど…。」

「しばらくは、そう呼ぶよ。もっと仲良くなっらその時は杏樹って、呼ぶから!」

「…能天気ね。わかった、あなたのそれに賭けてみるわ。」

「そう言うと思ってた。」

「よしっ、それじゃあその荷物を置いて、隊長達のところに行きましょう!もうすぐ式も始まるから…。」


俺は軍人としての覚悟はない。

でも、必要なものだと俺はこの時思った。

しかし、覚悟とはなんだろうか…。

自分が死ぬことなのだろうか、仲間が死ぬことだろうか…。


自衛官(あの人達)なら、知っているのだろうか。

今頃になって、それが知りたくなった。

もう一度、誰かに会えるのだろうか…。


きっと会える。

だって、刑部(おさかべ)さんとは会うことができたのだから他の人達とも…。


…生きていれば会えるさ。


そう昇は心の中で思った。

彼にとって戦場とは過去のもので人から聞くこともなく社会の教科書の一部でしか、なかった。

けれど、周りの張りつめた空気は彼にただ刺激と緊張感を与える一方でどこか病的なほど陽気な物だった。


俺と杏樹は、上陸部隊が集まっている集合場所に到着した。

既に多くの兵士が集まり、ただ無言で整列していた。

俺と杏樹もそれに加わり、ただ無言で何かを待っていた。


しばらくして、軍の高官なのだろうか…ジャンヌもカチューシャも軍服を纏いただ壇の横隅に居た。

たぶん、これはあの時と同じなのだろう…軍だけの壮行会…。

観客…この中の兵士の家族…報道関係者も居るのだろうか?。

辺りを見回したいがそれはできない。

他の人達がただ前を向いてたからだ。

壇上の人物も何かを口にし、その場を後にしていく…。


「…我が国に対しての脅威である。して、ここに正義在り。私達は、モンゴルの侵攻から国を守る為に戦い、世界にこのような愚行に及んだ国を、我が国家の民族の結束を世界に見せつけなければならない!」


「否、私達は一人ではない。共に汗を流した友と、君らの後ろに居る家族と、私達は決して孤独ではない。」


「諸君、私はこの日露仏連合下関合同基地司令杉沢(すぎさわ)直久(なおひさ)だ。君らも既に知っているであろう…以前から蒙古(モンゴル)とは幾度も衝突があった。しかし、今回は我が国の国土である与那国島に侵攻し現在も戦闘が続けられている。本来これは、戦争行為であるがモンゴルからの宣戦布告は受けていない。私達はこの侵攻に対して武力的措置を取り対処する…。与那国島を取り返し、モンゴルとの早期解決を図るために君達はその尖兵となり、世界にわが国家の意思を示せ。死力を尽くし、必ずや国を取り戻せ!以上。」


式典が終わり、兵士たちは船の中へと消えていく。

俺もその例には漏れず、足を向けた。


「おっと、ちょっと待ちな。」


俺は、一人の兵士に呼び止められた。

服装は俺よりも軽装で、左腕に腕章を付けていた。

また、その男は脚のついたカメラのような機械を抱えていた。


「…あれっ…お前は…。」

「どうした、長篠伍長?」

「アルド曹長!」


一瞬、怒られるのかと思ったがアルドはこのカメラを持った男を見るや警戒を解いたようだった。


「伍長に何か用かね?」

「はい、私は軍の記録担当で今部隊ごとに写真を撮っています。」

「なるほど、それならうちの部隊も撮ってもらえるかね?」

「ええっ、勿論。」

「聞いたな?」

「はい、分隊集結!」


木村の声で、C分隊の面々が一か所に集まる。


「よしっ、それでは撮影を。」

「はい…そうですね、それじゃあ隊長さんは真ん中でお願いします。」

「写真にはジンクスがあるそうだが…。」

「そんなことはありませんよ。」

「それも、そうだな…。」


写真の並びは左からの順にレフ、ロラ、俺、杏樹、アルド、木村ゆかり、杉山、中山、木下の並びだった。


「それじゃあ、いきますよ…はいっ!」


カメラのストロボから光が放たれる。

いつものように目を見開くのが俺が写真を撮るときに心掛けることだ…。

なお、成否は微妙なところではある。

久しぶりに見た白い光は物凄く明るかった。


「ありがとうございました。それでは、私は他の部隊も取りに行くので!」

「ああ、わかった。写真の出来はどうだ?」

「良さそうです。」

「ははっ、そんなすぐにわかるわけないだろ。」

「そんなことないですよ、伊達にカメラを持っているわけではないのでうまく撮れたか撮れてないかはすぐにわかるんですよ。それと、いつか撮った写真が綺麗に映っているのか色付きでわかるようになりますよ。」

「ははっ、そりゃおもしろい。それでは、行くとしよう。」

「アルド隊長!」


俺は、彼とアルドの話を聞いてカメラを持っている彼に話したくなった。

おそらく、彼もまた入間基地に居た人々の一人ではないのかと思ったからだ。


「どうした、長篠伍長?」

「あっ、いえ…その…。」


さて…何と言えばいいのだろうか?

流石に、アルドは俺が他の世界から来たことを知っているが部隊内の他のメンバーには知らされていない。

なんといって、切り出すかが問題だった…。


「ふぅ…まさかさっきの演説で怖くなったのか?」

「いえっ、そんなことはありません。」

「そうだな、よしっ昇!カメラマンを手伝ってやれ!」


どうやらアルド曹長は俺に気をきかせてくれたようだった。

ジャンヌやカチューシャの言づけでもあるのだろうか?

でも、とても助かる。


「いや~、それは本当ですか?」

「ええ、やれるな伍長?」

「はい、お任せください!」

「では、出向前には波照間に乗っておけ。他の分隊員はこのまま船に行くぞ。」


アルドは他の隊員を引き連れ先に船へと向かった。


「それじゃあ、よろしく頼むよ。長篠(ながしの)昇(のぼる)君。」

「やっぱり…あなたは入間基地に居た方ですよね。」

「ああ、そうだよ。私は観音崎(かんのんざき)零文(れいぶん)だ。あの時、君を撮影していたカメラマンでもあるよ。時間がないのは同じだ。すまないが、写真を撮りながらの移動時間に話すよ。」

「わかりました。」

「よしっ、それじゃあとりあえずこのカメラを持っていてくれ。そうすれば、怪しまれなくてすむ。」

「はい。」


俺は、彼から渡された脚のついたカメラを担ぎ兵士の中を歩いて行く。

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