第79話「不純な勇気」
レッシバルが旗を持ち帰ってから一週間後——
捕獲隊一行は森林地帯へ向けて出発した。
目指すは小火竜たちの住処、森林地帯。
今回も空と地上に分かれて向かう。
前回はレッシバルたち一騎だったが、今回は雷竜小隊五騎が空から先導し、火竜隊予定の竜騎士たちとトトル商会の水夫数名が馬車で追う。
水夫たちは補給隊だ。
彼らには、竜騎士たちが乗り捨てていく馬の回収係も兼ねてもらう。
規模は大きくなったが、隊の構成は前回の小雷竜捕獲時と同じだ。
小雷竜の仕上がりを確認してから出発まで、随分と時間がかかった。
訓練の結果が、新団長のお眼鏡に適わなかったか?
いや、不満どころか大満足だった。
陸軍竜騎士団の一戦隊と模擬戦をやっても、互角に渡り合える仕上がりだった。
にも関わらず、特別訓練は実施することになった。
小隊にではなく、エシトスに。
騎兵槍術の訓練だ。
エシトスは強い。
トライシオスの言う通りだったし、レッシバルもそう思う。
自己流なのかもしれないが、モンスターや盗賊相手に鍛えてきた彼の槍術はすでに十分鋭かった。
それでも彼は稽古を望んだ。
レッシバルは元準騎士、かつて各国から大陸最強と恐れられたブレシア騎兵だ。
小火竜との対決の前に、どうしてもその槍術を身に付けたかった。
もう十分強いのになぜ?
レッシバルが疑問に思うのも当然だ。
しかし、エシトスが稽古を希望するのには訳があった。
彼の槍術は、追いかけてくる敵を突き放すためのもの。
つまり逃げながら振るう槍であり、大陸を駆ける配達屋としてはそれで十分だったのだが……
いま必要なのは、前進して敵を倒しに行く槍術だった。
火竜小隊を率いる話が出てから、ずっと考えていた。
結局、野性動物を手懐けるには餌か力しかない。
餌で懐柔できない小火竜は、力で従えるしかないだろう。
本番は、たぶんこんな展開になる。
まず、森林上空で雷竜小隊が制空権を取る。
……取れなければ話が終わってしまうので、取れるという前提で進める。
上を押さえられた小火竜たちは、包囲しようと集まっている地上の竜騎士たちに襲い掛かってくるだろう。
そのとき、必要になるのだ。
騎兵槍術が。
空を飛んでいる間は何もできないが、地上に下りてきてくれれば騎兵も戦える。
火竜隊を率いるエシトス自らがボスをねじ伏せれば、以後、火竜たちを統率しやすくなる。
……随分と都合の良い展開だ。
わかっている。
実際は、そう上手くいかないだろう。
レッシバルたちの制空権奪取は上手くいくかもしれないが、問題は地上戦だ。
相手は、シグ竜たちを追い払った小火竜の群れを率いるボスだ。
苦戦は必至だ。
どうしても敵わなければ竜騎士たちの手を借りるが、できれば一対一でねじ伏せたい。
竜退治ではなく、どちらがボスに相応しいかという力比べなのだから。
小雷竜たちは皆、軍竜に仕上がっている。
もう心配ない。
あとは槍術の稽古を積み、少しでも自信を高めてからボスとの決闘に臨みたい。
……というのがエシトスの願いだった。
レッシバルを含めた竜騎士たちは彼の願いを聞き入れた。
それから特訓の日々が続き、一週間後の今日——
森林への行軍が始まった。
馬に揺られるエシトスの顔に、不安の色はなかった。
***
レッシバルたちは前回同様、街道を通って岩場へやってきた。
トライシオスから示された小火竜の住処は、岩場の北北東にある。
これから北へ向かう。
場所がわかっているのだから、村から直接向かえば良かったのに……
他の大陸の、旅慣れていない者は浜から目標地点まで一直線に指でなぞるかもしれない。
だが、森林地帯は広大だ。
森林というより、樹海と呼んでも良いだろう。
昔から遭難者が多い。
何でも、奥地に古代遺跡があり、金銀財宝が眠っているとか。
誰が何のつもりで撒いた噂か知らないが、全くの出鱈目だ。
あんな不便な秘境に人が住めるはずがないだろうに……
少し考えれば、すぐにわかることだ。
しかし冒険者という連中はわかろうとしない。
いや、わかった上で行こうとする。
危険なので、ピスカータを含めた近隣の村が森林の周囲に「宝はないから帰れ」と立札を立てても無駄だった。
当時、まだ小火竜はいなかったが、危険な場所であることに変わりはなかった。
タンコブ岩のような目印がなく、木立に全方位を囲まれていると方角がわからなくなる。
また、太陽の位置から方角を知るというのも困難だ。
枝葉が何重にも空を覆い隠している。
忠告を無視した冒険者一行が、一人も帰ってこなかった……という話が珍しくなかった。
小火竜抜きでも森林地帯が危険だというのはわかった。
わかったが、この点については心配いらないのではないか?
冒険者一行と違い、地上班の上を雷竜隊が飛んでいる。
これなら方角を見失うことはないのでは?
それでも岩場から北進する道を取らざるを得なかった。
危険は、森で迷うということだけではない。
村から西進すると、行く手を塞ぐように崖や湿地があり、さらには池が干上がりかけて底なし沼になっている地点もある。
これらの危険がタンコブ岩の少し先に広がっていたのだ。
……ゆえに、ピスカータの大人たちは探検隊の子供たちに厳しかったのだ。
よって迂回するしかないのだが、北寄りの進路を取れば、征西軍に追い払われて森の外縁に移り住んできたモンスターと遭遇する。
では、南寄りの進路は?
……多少遠回りにはなるが、街道を通った方が良くないか?
放置されているとはいえ、南寄りの森を掻き分けながら進むより楽に進めると思う。
それに前回、岩場へやってきて気が付いたことなのだが、ピスカータの西から鬱蒼と続いている木々が、ここで急に途絶えて疎らになっている。
岩場から吹き付ける潮風のおかげか。
これなら馬で進みやすい。
レッシバル一行が岩場を目指したのは、このような理由によるものだった。
***
午後、岩場に着いた一行は野営することにした。
この先にちょうど良い場所があるとは限らない。
無理は禁物だ。
補給隊と竜騎士たちの半分は設営に残り、残り半分と雷竜隊は北の偵察だ。
空からは、明日野営できそうな地点を探し、進路上に湿地や崖がないかを確認する。
地上からは、獣やモンスターがいないか、火竜が狩りを行っている痕跡がないかを細かく見ていく。
「ヒヒィン」
「ブルルルッ」
馬が嘶きながら、地上班のエシトスたちは出発した。
次は空中班だ。
フラダーカがレッシバルの傍にやってきた。
「グルルル」
この賢い小竜は、自分たちも北へもう一飛びするのだということを理解していた。
「ああ、早くあいつらを追いかけないとな」
だが、レッシバルは頭を撫でてやるばかりで、騎乗しようとしない。
一体、どうしたのか?
口では「早く」と言っているが、急ぐ素振りが全く見えない。
「…………」
海軍竜騎士団団長として、あと一つ確認しておかなければならないことがあった。
果たして——
雷竜たちは本当に、軍竜になることができたのか?
?
村で、四頭の仕上がり具合に大満足したのではなかったか?
もちろん大満足した。
ただし、軍竜としての技能についてだ。
あと一つ。
軍竜に必要なものが、あと一つあった。
勇気だ。
勇気が備わっているか否かは、恐怖と向き合ったときにわかる。
だが、村に恐怖はない。
ゆえに、村では確認することができない。
だから岩場へやってきた。
街道を通って少しでも楽に行軍したかったからというのもあるが、真の目的は小雷竜たちの勇気を確認することだった。
根絶やしの恐怖残る岩場から、北へ向かって飛び立てるか?
ここへ追いやられる原因となった小火竜たちの縄張りに向かって。
いままでのように、奴らの縄張りの外縁で獲物を掠め取って逃げるのではない。
縄張りの奥深くまで侵攻するのだ。
相手はこちらを明確な敵と認識するだろう。
下手をすれば……死……
「隊長、用意できました!」
竜騎士に怯えはない。
軽々とそれぞれの騎竜に跨った。
「ああ、先に行ってくれ! すぐに追いつく!」
普段は隊長騎に続いて全騎上昇してもらうが、今日はダメだ。
それではボスに付いて行っているだけだ。
勇気の確認にならない。
例えば無敵艦隊との戦いで、真っ先にレッシバル騎が撃ち落されたらどうする?
ボスがいなくなった途端、戦場の真ん中で狼狽えるのか?
一番が落ちたら、二番が瞬時に指揮を執れるようでなければ困る。
「グルル?」
フラダーカも不思議に思い始めた。
主は何をグズグズしているのか?
「ああ、すぐ飛ぶぞ」
レッシバルの手はフラダーカを宥め、目は四騎に釘付けになっている。
「では、お先に! 上で待ってます!」
なぜ一緒に飛び立たないのかは不明だが、隊長の指示に従うまで。
竜騎士たちは手綱を操り、それぞれの竜を北へ向かせる。
「おう!」
竜騎士たちへ手を振りながら、レッシバルの集中は高まっていった。
岩場で出会ってから今日まで、竜も人も訓練を積んできた。
その成果がここで問われる。
編隊を組み、急降下漁ができるようになったことは素晴らしいが、勇気が伴わなければ〈巣箱〉に乗せることはできない。
——さて、おまえたちは軍竜か? それとも……
それとも岩場の小雷竜のままか?
隊長の不安をよそに、竜たちは大人しく北へ整列した。
ここまではできる。
問題は次だ。
一番騎レッシバルに代わり、二番騎が右手を水平に掲げる。
三番から五番まで用意よし。
運命の上昇。
二番の右手が上に跳ね上がった。
果たして……
「地上班に追い付くぞ!」
「了解!」
二番の号令に三番以降が続いた。
羽ばたく風が、斜め上からの向かい風となってレッシバルの顔を叩く。
しかし、いまはその逆風が心地良い。
小竜たちは……
軍竜だった。
四頭は何の怯えもなく、村にいるときと同じように颯爽と飛び立った。
竜だけなら小火竜へ立ち向かおうとはしなかっただろう。
でもいまは竜騎士が一緒だ。
村での訓練中、竜騎士たちはただ乗っかっていたわけではない。
確かに最初は、小竜の速さに振り落とされないようにするだけで精一杯だった。
だが彼らは元々、空中で上昇や下降を体験していた戦士たちだ。
あっという間に慣れ、各種小道具も使い始めた。
一緒に飛んでいたのだから、騎竜たちも小道具を見ている。
その威力も。
ゆえに、竜たちは竜騎士たちを信じていた。
自分たちだけなら小火竜の群れに敵わないが、小道具を使える竜騎士たちが一緒なら勝てる、と。
……厳密には、勇気というより信頼や絆と呼ぶべきなのかもしれない。
純然たる勇気ではない。
だが、レッシバルは合格点を付けた。
信頼に裏打ちされた勇気——
別に構わないではないか。
勇気は勇気だ。
確かめたかったのは、相手が強敵と知りつつ、それでも立ち向かえる勇気が備わっているか否かだ。
何に基づく勇気であるかは問わない。
何の必要もなく、ただ強敵に立ち向かおうと決意するのが純然たる勇気だというなら、それは勇気というより単なる戦闘狂ではないだろうか?
怖いが、戦って勝たなければ大切なものを守れない。
あるいは夢が潰える。
そういった目的のために、人は勇気を振り絞って恐怖に立ち向かう。
ならば勇気とは、元から目的混じりの不純物なのではないだろうか?
よって、竜たちにだけ純度を求めたりはしない。
己の主を信じるがゆえの勇気、大変結構。
安心したレッシバルはひらりとフラダーカに跨った。
「追い付くぞ、フラダーカ!」
「ガオォォォウッ!」
訳すと「遅い!」とか「待ちくたびれた!」といったところか。
退屈させてしまって申し訳なかったが、大切なことだったのだ。
フラダーカは力強く地を蹴り、空へ羽ばたいた。
まずは垂直に、木々の先端より高く上昇する。
上昇に合わせて幹から枝葉へと景色が変わっていき、葉の緑が突然途絶えると空の青が視界一杯に広がった。
もう枝葉も恐怖も、我々の翼を妨げるものは何もない。
レッシバル騎は、北へ向かって一気に加速した。
先行する四騎の後を追う。
焦らされていたせいか?
すごい速さだ。
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