第60話 唐獅子牡丹

 カルヴィンさんには日頃お世話になっている。折角だから昨日の武器屋さんに挨拶をしてからユバに帰る事にした。


「それでわざわざ寄ってくれたのかい?」


「はい、カルヴィンさんに何か言付けか、手紙でもあれば預かろうかと」


「嬉しいねぇ、じゃあちょっと待っておくれよ」


 店主さんは細長い木箱を奥から持ってきた。


「これを兄弟子に……ペルーモがやっと打てた物だと伝えてくれ。

 本当は長兄にも見せたかったんだが、兄弟子に報告できただけでも十分だとな」


 感傷的になっていたペルーモさんだったが、急にニヤリと笑い僕を見た。


「それともう1つ言付けてくれ『兄弟子に勝るものが2つになった』とな」


 必ずその言葉とともにお渡ししますと約束をし、街を出た。


 ユバまでは馬車で5日の道のり。運良く席も取れて出発することができたよ。


 取り込むときに御者のお姉さんが、僕たちに気がつき話しかけてきた。


「あなたたち、もしかして子供たちを救った英雄さんじゃない?」


「そうなんだぎゃ、あれは私たちがやったんだぎゃ」


 あわわわっ、エブリンたら昨日から調子乗りすぎ、恥ずかしいよ。


 止めても聞かずに、道中ずっと馬車の中で独演会。


 御者のお姉さんの故郷も被害に遭ったことがあり、胸がスットしたと喜んでいる。


 うるさくないかなぁと心配したけど、他の客さんもその話に喜んで、英雄さんが一緒なら安全だとも言ってくれた。


 街道沿いを進むので、モンスターが現れることはまずない。ただ宿場町は少なく、ほぼ野営だ。


 ここ何日か騒がしかったので、外でのゆっくりとキャンプをするのもいいものだよ。


 焚き火を見ながら今回のこと思い返してみる。


 あの名前のない男ファルサ。人さらいの現場に必ずあいつが関わっている。


 そしていつも後手に回ってしまう。悔しい……力のない自分が、こんなにも歯がゆいものだなんて。


「マイマスター……」


 ああ、分かっているよ。思いつめることよくないよね。でも、努力せずに後悔するのは嫌だ。次に会うときまでに僕はもっと強くなってみせるよ。




 賑やかな5日間の旅はあっという間に終わり、途中モンスターや盗賊にも襲われることなく、無事ユバの街へ着くことができた。


 大事な預かり物なので、まずカルヴィン鍛冶屋へ向かわないとね。


 ベニカルロでペルーモさんと出会い、ことづけられた伝言と箱を渡した。

 カルヴィンさんは感慨深げに箱を見つめ、そっと開けた。


 それは穂先が大きな槍だった。


 穂先は金と銀とで螺旋状の形をしており、しっとりとした光を放っている。でも、柄の部分は石突きに近づくほど黒く、禍々しい模様をしている。


 ちょうど、手で持つ位置のところで、穂先の光と石突きの黒が、せめぎあってるようにも見える不思議な槍だ。


「聖魔が溶け合う槍……か。兄貴のことをそこまで思っていたか」


 あのカルヴィンさんが涙ぐんでいる。


「ありがとうよ、ユウマ。

 これはな、長兄とワシとペルーモが追い掛けていたモンスターを倒すのに、必要だった武器だ。

 聖なる力を宿した悪魔。奴は並の武器じゃ傷つけることさえできない強敵だった……」


 3人はその悪魔を倒せる武器を探し、旅をしていたが、その途中で長兄が命を落としたそうだ。


 それから残った2人はその武器がないのであれば作ってやると、鍛冶の道に進んだそうだ。


「あいつはもう忘れていると思っていたが、ワシが愚かだったようだ」


 とても大事で思い入れの強い品。それ程のものなら、僕らがまた返してこようかと申し出た。


「その前に1度持ってみろ! ほれ、槍使いのねーちゃんなら案外合うんじゃねえか?」


 うん、サマになってて格好いいよ。いずれはこんな槍を待たせてやりたいよ。


「はい、マイマスター。凄く手に馴染みます。

 心を惑わす嫌な聖なるささやきと、死の底からの心強い語り掛けが、一緒に聞こえてきて妙な気分です」


 表現変だよ、フツー反対じゃない?


「いい感じじゃねぇか、ホレ、試し斬りもしてみな」


 そう言ってカルヴィンさんは何やら光る石を持ってきた。


「魔の力を意識してやってみるんだ、いくぞ」


 放り投げられた石めがけてキンバリーが繰り出す。その時、石突きの〝黒〞穂先まで走り、槍を支配したかのように見えた。


 穂先が当たった石は、グランッと映像が歪んだように形を歪ませ、粉々に弾け飛んだ。


「あれは聖刻石せいこくせきなの」


 それは聖なる護符や防具に使われる硬い石で、魔をはじく性質をもつらしい。


 しかし、槍が持つ魔の力のほうが強く働き、その性質を破壊した。


「こんな槍があればマイマスターを守れるのに……」


 ありがとね、その気持ちだけで嬉しいよ。


「はっはーっ……よし、やるよ! 大事に使え」


 ええーーー! 人のものを勝手にあげちゃまずいでしょ。


「いや、これはワシに託されたんだ。お前らが届けて、槍のねーちゃんがそこにいる。

 誰に渡すかは決まっていたんだ。ワシはそう信じるぞ」


 なんか、すごい理屈だけど、キンバリーもすごく嬉しがっているし……ど、どうしよう。


「銘は唐獅子牡丹。扱いには気をつけろよ。

 自分の内側の聖なる力を使い魔を滅し、逆に魔を呼び起こし聖を滅する。

 その力は強く、己が大きく揺さぶられるから、心をしっかり持ち槍と対峙しろ!

 内なる怒りと静寂を制御できれば、力は思いのままよ」


 貰う流れになっている、うん……ノリって大事だよね、うん、貰っちゃおう。うん、うん、うん。


「大事に使います!」


 それと、僕のも見立ててもらいたいんだけど、なんか言い出せない雰囲気になっちゃった。




 あれ? 大事な何か忘れている気がするけどなんだっただろう?


(それはケンタウロスですよ。ユウマ君)

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