第4話 決意
教室に講師として若い修道士の方が入ってきて、すぐに授業が始まった。
授業の科目は2つだけで、数学と文字の読み書きだ。
年齢に関係なく、みんなそれぞれ自分のレベルに合った勉強をしている。
だから、掛け算割り算をしている子もいれば、図形や因数分解に三平方の定理と取り組んでいる子と幅が広い。
これなら塾でやっていた事ばかりだし、スイスイと解けて数学は問題ない。
「ユウマ、前のところでもやっていたのか?」
そう聞いてくるベルトランもかなりできるほうで優等生らしい。
そして心配していた文字の読み書きだけど、なんと日本語だった。
もし全然知らない文字だったら、一から覚えるのかって思ってたけどホッとしたよ。
そういえば、街の看板も日本語で書いてあったな、うっかりしていたよ。
とは言うものの、僕も書けない漢字がまだまだあるし一緒になって頑張ります。
集中して取り組んでいると、僕の習得内容を見て先生が褒めてくれた。
「ユウマはなかなか学問の才能があるね。
このまま頑張って、王立学校への進学も考えてみたらどうだい?」
そういった話も嬉しいけどお金が心配だなぁ。
どうするのかを聞いたら、それには先生苦笑いで返してきただけだった。
ちょっと待ってよ、お金がないからここにいるのに、何それ!無責任だよ、もー!
「あはは、ゴメン、ゴメン」
謝ってくるなんてジト目が効いたかな。
「ユウマ、気にするな。あれは俺も言われたよ。
あの人そういうことすぐ忘れるのさ」
天然じゃん!
それ以外に問題はなく授業は進み昼食を済ませたあと、
午後の仕事に取りかかる。
「よし、井戸からの水汲みと薪割りだ。一緒にやってみようか」
釣瓶を巻き上げて、別の桶に入れ、それを飲み水用のカメにまで運ぶ。
1回2回なら大したことはないが、これ何回やればいいの?
「たくさんの人がいるからな、食事の度にすぐ空になって、スゲー大変だよ」
孤児院の仕事はこれだけじゃない。
畑の草むしりなどの野良仕事・生活道具の修繕・日用雑貨の製作とその販売・保存食品の加工と小さな子もよく働く。
知らない人が見たら、教会の利益のために子供を使っている? と思ってしまうかもしれない。
だけど、18人の孤児が暮らしていくにはこれでも足らない位らしい。
多少の寄付はあるけど自分たちのことは自分たちで賄う。
そして足りない部分を善意に頼る、これを基本としているそうだ。
ただ子供にとってはきつい仕事もあるので、仕事の割り振りは男も女も関係ない。
力のいる仕事を年長組がやるとだけ決めているそうだ。
こんなきつい仕事を小さな子にはさせられないよ。
僕も走り込みをしていたから、この水汲みくらいならなんとかいける。
もう少しで終わりそうだしね。
「よし、こっちのカメは終了だ! あともう1つだ、頑張ろうぜ!」
うはっ、やられたよ、きっつーい。
ベルトランは獅子人族だけあって、余裕でこなしている、流石だよ。
その後ペースは落ちたけど、なんとかやり続けた。
その作業の中でいろいろと話を聞かせてくれた。
やはり僕の常識と違うことが多い。
たとえば今やっている水汲みも大変な思いをしているのに、
生活用水として上水道は存在するのだ。
これを聞いたときは愕然として、
『じゃ、なんでこんなことするの?』て聞いたんだ。
「それはよ、井戸は飲み水として、上水はその他の目的に使うんだよ。
これは昔の大戦から学んだことで、
どちらかがダメになったとしても、困らないためになんだぜ」
決して不便なだけではないって事がわかった。それでも、井戸の水汲みは辛いなぁ。
そして、ここで世話をしている動物のことで言えば、
元いた世界とは違った進化をしていて様々な生物がいる。
乳を出してくれるこのニャックという生き物もヤギの一種っぽい。
なんでも食べてたくさん乳を出す乳牛みたいなヤギだ。
空を飛んでいる鳥だって比べれば色や大きさの違いだけではない。
翼に指らしきものがあったのも見たし、何を見ても驚くことばかり。
でも中には馬やニワトリなど数は少ないが、元いた世界と同じ姿をしているのも見つけた。
こういう所が奇妙にも思えるけど逆に安心もさせられる。
そして、その動物とは別の存在としてモンスターもいる。
そのキーワードだけを聞くとゲームのノリで、
戦ってみたいと思う気持ち半分と怖いって思う気持ち半分だ。
モンスターについては、野生動物に比べ凶暴性が高く見た目も怖い。
そして一番の違いは体内に魔石があるという事。
魔石はこの世界ですっごく大切な物で、エネルギー源として広く使われている。
光や火力や動力として人類の生活に欠かすことのできない代物だ。
さっきの上水システムにも活用されているらしく、結構この世界は文明的なんだ。
「ねぇ、ベルトラン。この井戸の釣瓶とかも、その魔石を使った便利なものはないの? 」
「そりゃあるさ。
でも魔道具は全般的に高いからな、この孤児院で使うには勿体ないかな。
他にもっとお金が必要な部分があるから、結局そっちに使っちゃうみたいだぜ」
そういう高級品は一部のお金持ちに限るってことね。
「そうだな、魔道具を使うなら魔石もいるし、
贅沢に使いたいなら冒険者になるのが一番かな」
魔道具を動かすのに魔石は必要、生活にも必要。
だから需要は多く高値で取引がされている。
その魔石を供給するのが冒険者になるのだ。
危険を顧みず日夜モンスターを狩り続け、それにより得た素材や魔石で世界を支える人達。
ベテランにもなるとかなりの高収入で憧れの職業となる。
僕としてはここでの生活をしていく中で、帰る方法を見つけたい。
そのためには、将来ちゃんとした働き口がいる。
何も後ろ盾のない身分なので、孤児院のツテで仕事に就くのが一番だと思う。
でもそれはその地に縛り付けられることを意味する。
パパやママの家に帰るには、自由に動けて情報を手に入れられる冒険者が魅力的に見えるんだよね。
ただ何をするにしろ情報がまだまだ少ない。
焦らず進むしかないかな。
そしてようやく一日の仕事が終わった。とてつもなく長~い1日だった。
「つ~か~れ~た~よ~! なんだよ、あの仕事量は!」
どれも生活にいる事ばかりだけど、
電化製品に囲まれて暮らしていた僕にとって馴染みのないことばかり。
コップ一杯の水も、ここでは人の力がいる。
その前に、使う木のコップでさえ自前なんだから途方もないよ。
日本文化が懐かしい。あぁ、100均便利すぎるよ。
こんなのさ、家にいたらエアコンついていて冷たいアイスもあってさ。
寝転んでいられたのに。
『ねえ、ママ〜チョコミントある~? ……えー、ないの? 買ってきてよー』
『はぁ? 何言ってるの、ダラダラしてないで宿題すませなさい』
『……あっ、パパ、テレビ見るから代わってよ。僕の時間だよ。ほら、早くー』
『ハハハッ、宿題はいいのか?』
『大丈夫ー、いつもちゃんとやってるよ』
甘えたい放題だった。
お姉ちゃんが家にいたら、バトルになったりするけど、
それでも楽で楽しい毎日だった。
そっか…………昨日までそこに僕はいたんだ。
それまでは普通に高校・大学に行って、それから就職して。
なんて考えていたけれどいきなり全てが変わってしまった。
まだ14歳なのにこんなの早すぎるよ。
……こんなことになるなら、パパと一緒にテレビを見ればよかったなぁ。
宿題も先に済ませて、お手伝いしながらママとお話していたら楽しかっただろうし。
お姉ちゃんにもお風呂を先に譲ればよかったよ。
みんなにまた会えるかな?
会えたらなんて言ってくれるだろう?
頑張ったねっていってくれるかな。
そうしたらそのとき僕は胸を張って『 うん 』って言えなくちゃ!
もし《 昨日 》みたいに全てが変わっても、後悔をしないようここで精一杯頑張る。
何がなんでも方法を見つけて、絶対家に帰るんだ。
だって僕はもう14歳なんだから
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