第二章 高校一年生一学期

水族館編

第14話 愛南が消えた

 愛南あいなとのファーストキスから四日が経った。

 四日間、愛南とは全く話せていない。


 朝起きても、素っ気ない態度を取られる。

 律儀に弁当を作ってくれる所は感謝している。

 けど『おはよう』くらいは言ってほしい。


 もしかすると、愛南は後悔しているのかもしれない。

 俺なんかにファーストキスをあげた事を。

 いや、態度から察するにそうだろう。

 そうに違いない。


 気不味いといったら、西夏になもそうだ。

 あの日。

 お見舞いに行ったあの日から、何処と無く気不味い空気が流れていた。

 お互いに、お互いを考えての事だろう。


 西夏が甘えた行動や発言は全て演技だった。

 何故演技をしたのか分からない。

 強引にそう判断を下した。


 そんな重たい空気の中。

 俺達は、水族館に来ていた。

 西夏がこの前の『お詫び』をしたいという事で、愛南も一緒にと誘ってくれた。


「………」


 高校最初の土曜日。

 休むはずの休日は、気不味い空気から始まった。


「やっぱり土曜日も相まって人が多いな。な……」


「「………」」


 両隣に立っている二人は、無言だった。


 きっまず!

 この後俺はどうすれば……。


「おい……、大丈夫か?」


 西夏の肩に手を置く。


「ひっ――!」


 勢い良く逃げられた。


 そこまで避けなくてもよくない?

 俺の心に割れた音が響いた気がする。


「ま、まずは入ろうか、北馬……」


「お、おう!」


 ようやく返事を返してくれた。

 避けられたって訳ではなさそうだ。

 良かった。


 俺達は、水族館の入り口まで歩き始める。

 未だ愛南は無言だった。

 俺から目を背けるように、俺と反対方向を見ていた。

 これは完全に避けられている。


 水族館と言うものは、魅力があるようだ。

 勿論大きな魅力は魚だろう。

 優雅に泳ぐ姿は圧巻だ。


 そしてもう一つの魅力。

 それは雰囲気だろう。

 目に見えないその魅力を感じるとき。

 それは、近くの知人が、教えてくれる。


「見ろ見ろ北馬! エイ! エイがいるぞ!」


「あぁ、そうだな!」


 こんな風に。

 人間はその場の雰囲気に馴染もうとする。

 勿論例外はいる。

 愛南のように。


「……ぁッ」


「おっと……!」


 混む水族館。

 立ち止まって魚を見る人。

 次に進む人。

 薄暗い水族館の中で、他人を考慮することなど出来ない。


 愛南は、他の客に押される。

 倒れそうになった所を、手を掴んで身を寄せた。


「危なかったなぁ……」


「……うん……」


 四日ぶりの会話。

 会話にすらなっていないかもしれないが、それでも返事は嬉しかった。


「あ……、嫌、だったか?」


「うんん。握ってて……」


「―――ッ」


 上目遣いでお願いをしてくる愛南。

 薄暗さも相まって、いつも以上に心臓の鼓動が早くなる。


「むっ。なんだ、手なんて握って」


 ちょっかいを入れるように、西夏がいつもの調子で挑発してくる。

 それを俺は、いつものように切り替えしてしまった。


 暗さ、日常、そして愛南との会話。

 雰囲気、安心感、嬉しさが重なったからだろう。

 忘れていた。

 四日前、愛南が口にした単語を。


「妹を守ってるだけだよ。頼りになる兄だから――」


 気付いた時には既に去った後だった。


「へぇ〜。そんな事いっ……て。――北馬?」


 握っていた筈の手は、いつの間にか空気と触れいてた。


「……愛南?」


 その声に反応する声は無い。

 ただ人混みに、浸透するだけだった。


 ――愛南が消えた。

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