第9話 いじめっ子Aと共に

 一年教室は四階北校舎。

 購買は一階南校舎である。

 すなわち、一年生は購買で買い物をするのに、不利な位置にいる。

 そして俺はスタートダッシュに遅れた。


 残ってるはずがなかったのだ。

 そこにはたった一つの7百円パンだけがあった。

 今日は昼なしの日かぁ。

 仕方がない。

 忘れてきた自分が悪い。


「あら、北馬じゃない。なにしてるの?」


 振り返ると、そこにはいじめっ子Aがいた。


 何故俺の名前を?


 彼女の手には、一種類のパンが二つあった。


 というか、パン黒!

 真っ黒じゃん。

 どんな味覚してるんだこの人。


「はぁ〜。なんだ君か……」


「なんだってなによ。購買の前に立って。買いに来たんでしょ?」


 やけにぐいぐい来るな、このいじめっ子A。


「三百円しかないんだよ。三百円で買えるパン買おうとしたけど売ってなかったから……」


「なら特別にあげるわよ。三百円パン。あ、三百円はちゃんと払いなさいよ」


 そう言って、前に出してきたのは、真っ黒のパンだった。


 は?

 何これ?

 これが三百円パンってやつなのか?

 見た目は不味そうだ。

 けどそれよりも――。


「いいのか? そしたら君の昼ご飯がパン一つになるんだぞ?」


「何言ってるのよ。いま渡さなかったらあんたの昼飯ないままでしょ。ほら」


 そうして強引に三百円パンを押し付けて、勝手に三百円をもぎ取っていく。


 なんだこれ?

 なんかいじめっ子A優しくない?

 一見強引にパン押し付けて、金取っていったようにも見える。

 けど、優しさからくる行動だよね?

 もしかして、優しいのか?


 俺の頭の中に疑問が幾つも飛び交う。

 あらゆる行動がいじめっ子Aの優しさを、表している。


「ほら、屋上行くわよ。救世主の命令よ! 付いて来なさい」


 断る理由も無かったので、言われた通り付いていった。


「ぜー…、ぜー…、ぜー…」


 絶望的な体力。

 一階から四階をつたって、屋上まで行くときつい。


「うそっ! 階段登っただけで息切れしたの? ウケる」


「ウケッ……はァ。なくっ……とぉ……。ぜー…」


「何言ってるのかわからないわー」


 全く、笑い事じゃない。

 こっちは一生懸命会話を成立させようと努力しているのに。


 しかしなんで屋上なんかに。

 何があるっていうんだ?


「なぁ、なんで屋上に?」


「ここじゃないと叫べないからよ」


「え? 叫ぶの? てか何だよその笑み! 怖いんだが」


「まぁまぁ見てなさい」


 疑問になりながらも、俺は彼女を見ていた。

 真っ黒のパンを袋から取り出し、そのままかぶり付く。

 そしてごくんと飲み込んだら――。


「まずううううぅぅぅぅぅいいいいいぃぃぃ!!!」


 天にまで届く声で、彼女はそう叫んだ。


 え?

 不味い?

 うまいじゃなくて不味い?


「さぁ、男の子なんだからさっさと食べちゃいなさい」


「あのー。これへんきゃ――」


「人からの親切を踏みにじるなんて男らしくない真似、流石にしないわよね?」


「うっ……。当ったり前だろぉ。誰に言ってるんだぁ? 男は勇気と根性! ハムッ!」


 噛んだ瞬間。

 程よく甘く、香ばしい香りが鼻の周りを漂う。

 最初こそは美味しいと錯覚していた。

 凄く不味いパンによって、一度このパンが美味しいのだと脳が異常反応を起こしてしまったのだ。

 絶望はあとから来た。


「な、な、な、何だこれは! 不味すぎるううううううう!!!」


 不味すぎて笑えてくる。


 それから俺達は、叫びながら、笑いながら、騒がしい食事をした。

 ここまで騒がしい食事は初めてだった。

 普通に楽しかった。

 食事がこんなに楽しくなる物だとは知らなかった。


 一つのパンを食べ終わったあと、俺は一つの質問を彼女に投げかけた。


「なんであのパン買ったんだ? それも二つ」


「ん〜。別に北馬になら言っても良いけど、フェアじゃないわよね。交互に質問しましょ」


「ああ、いいよ」


 いつの間にか俺の彼女の心の距離は縮まっていた。

 多分笑い合ったからだろう。


「じぁ……。今好きな人はいる?」


「いない」


「即答! しかもドライね」


「次は俺の質問だな」


 さて、聞くことはさっき変わってないが。


「なんであのパンを買ったんだ?」


「私のお母さんが開発したのよ。あのパン」


 お母さんが!?

 あの不味いパンを?

 って失礼か。


「度胸試しパンっていう名前。わざと不味くしてあるの。別にお母さんが下手な訳じゃないわよ」


 おぉ、お母さんへのフォローがよく出来ている。

 俺にはこういうの、よく分からないから新鮮だ。


「度胸試しパンか。確かに合ってるな」


「それにもう一つ理由があるけど、これは言わないわ。私のデリケートな秘密だから」


「まぁ言いたくないならいいよ。隠し事くらいあるさ」


「うん、ありがと。たまになら屋上来てもいいわよ」


「いや、当分来ないな」


「ちょっ! そこは来るって言いなさいよ!」


 俺は誤解をしていたようだ。

 彼女がいじめっ子な訳がない。

 東紗あずさから教科書のコピーを貰ったのも何か訳があるのだろう。

 それだったら、勝手に判断した俺が悪いな。悪い事したらする事は決まってるよな。


「ごめん」


 頭を下げ、腰を九十度に曲げる。深々と謝罪した。


「ちょっ。何してるのよ」


「ごめん。俺、君のこといじめっ子って勘違いしてたんだ。だから本当にごめん。罪は償うつもりだから何でも言ってくれ」


「………」


 沈黙のあと、彼女の口が開く。


「じゃあ……。私の事、名前で呼んでちょうだい。あと、これからも、その……。友達として……、よろしく……」


 横を見ながら、彼女は手を前に差し出す。

 それに答えるように、俺は出された手を握る。


「あの……ところで名前……、なんて言うの?」


「……イラッ!」


 握った手から痛みを感じる。


「グァっ! てぇっ! 手がもげるぅぅぅ!!」


若葉わかば! それが名前! ちゃんと覚えてよね」


 手がしびれ、地面に倒れ込む。

 それを置いて、若葉は屋上を後にした。

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