第六章 暗雲を吹き飛ばせ
第55話 ドロシーを守れ
翌日の朝、俺達はドロシーの見送りに校門前に来ていた。
「お手紙送りますよ。ドロシー」
「ドロシー! 元気でねー!」
「お体にお気を付けて」
「サヨナラサヨナラ」
「みんなバイバーイ!」
手を振るドロシーに、俺は歩み寄る。
「な、何よ? お別れのキ、キスでもするつもり!? ……別にしてもいいわよ?」
「これを肌身離さず付けていてくれ」
俺は彼女にネックレスを付ける。
これはフリーマーケットで購入した、きったねえネックレス改め命のネックレスだ。磨いてあるので、今はピカピカである。
「ありがとう……ニル……大事にするね……さよなら……」
彼女は涙を拭うと、馬車の中に入った。
御者がドアを閉め、すぐに出発する。
リリー達が手を振っている間、俺は急いで厩舎に駆け込んだ。
「テンペスト! 行くぞ! ピット! 絶対にドロシーを見失うな!」
テンペストは校舎の壁を飛び越え、林の中を突き進む。
ドロシー達に見つからない為でもあるが、何より刺客に見つからないようにする為だ。
俺はドロシーの死因を、他殺と仮定して動いている。
ドロシーの馬車と護衛達から一定距離を置きながら、俺は追跡を続けた。
周囲に敵の気配はない。
しかし、左右を林に囲まれた道に差し掛かると、突然濃い霧に囲まれる。
「……何か妙だな」
護衛達も異常を察知したのだろう。抜刀し、警戒態勢をとり始めた。
「――ん? あれは?」
霧の奥に光がボヤっと見える。
徐々に馬車に近付いてきているようだ。
護衛達が臨戦態勢をとる。
光はさらに馬車に近付き、ようやく識別可能となった。
しかし、まともに見ていられない!
「クソッ! ウィルオ・ウィスプか! そうか、そういう事か……!」
ウィルオ・ウィスプをまともに見続けると精神がおかしくなり、やがて発狂する。
ドロシーのローブには、精神攻撃耐性が付呪されていたが……。
「マンマアアアアア!」
「うひょひょひょひょひょ!」
「我が名はジョニー! ここアトラギア王国の国王である! 皆の者、ひれ伏せるのだ!」
耐性を持っていない護衛の精神が崩壊し始めた。――これはマズい!
俺はテンペストを全力で馬車に向けて走らせた。
「ゴブリンだあああ! ゴブリンがいるぞおおお!」
護衛の1人が、馬車のドアを破壊しようとしている。
ドロシーが反対側のドアから飛び出し、林の中へと駆けて行く。
これがドロシー逃亡の理由という訳か。
「待てえええええ! 逃がさんぞおおおお!」
護衛がドロシーを追い掛ける。
ドロシーは木の枝につまずき、転んでしまった。――だが彼女は電撃を護衛に浴びせ、動きを止める。
そして、再び立ち上がり、林の中へと逃げていった。
「ピット! ドロシーを追え! 俺は後から行く!」
まずはウィルオ・ウィスプをどうにかしなければ……!
「テンペスト! 合図を出してくれ!」
俺は氷の剣を抜き、目を瞑る。
タイミングはテンペストに任せる。馬にはウィルオ・ウィスプの精神攻撃が効かないのだ。
「その代わり、こちらの魔法もまったく効かないのだがな……」
この特性が厄介な点なのだ。奴を倒すには物理攻撃しかない。
まともに見る事ができないので、攻撃を当てるのは困難だ。
「バフッ!」
テンペストが荒い鼻息を吐いた。――今だ!
凍りの剣で薙ぎ払う。切った感触はない。だが手ごたえを感じる。
俺は目を開け、後ろを振り返る。
地面に青白い水たまりができていた。
「――よし! 仕留めた!」
テンペストをひるがえし、護衛達のそばまで行く。
「<鎮静>」
「マンマアアア――あれ?」
「うひょひょひょひょ……すみません……」
「我が名はジョニー! ここアトラギア王国の――平民です」
「よし、正常に戻ったな! 俺はアトラギア王国騎士のニル・アドミラリ! ドロシーが林の中へと逃げ込んだ! 今から救助に向かう! 俺の後に続け!」
「はっ!!」
ドロシーの逃げた方へと進むと、ピットがわざと藪を押し倒して進んだ跡が見つかった。それを頼りに追跡する。
「ウィルオ・ウィスプがこんなところに出現するはずがない。おそらく召喚によるものだろう」
ウィルオ・ウィスプ召喚は暗黒魔法だ。
「……嫌な予感しかしない。あのネックレスが役に立たなければいいんだが」
さらにテンペストを走らせると、ドロシーとピットの姿が見えた。
「ドロシー!」
「ニル!」
ドロシーのすぐそばまで行き、彼女の胸元を見る。
「どこ見てるのよ! エッチ!」
ネックレスの石にヒビが入っている。――何発か<死与>を受けたという事だ。
この石には、24回の即死魔法を防ぐ力がある。
「さすがドロシー。この状況でも余裕があるな。――さあ、これを着てくれ」
「え? え? 何よ?」
俺は彼女に冥帝のローブを羽織らせる。
このローブは完全即死耐性を持っているので、彼女を確実に<死与>から守る事ができる。
ちなみに俺は、泉の女神の祝福による即死耐性を持っているので、心配いらない。
なお、暗黒魔法の制限解除がなくなってしまったが、どのみちこれから戦う相手には通用しないので問題はない。
「さあ、乗れ!」
ドロシーの手を引っ張り、テンペストに乗せる。
護衛達より、俺のそばにいた方が安心だ。
「――ピット、敵を追えるか?」
周囲に敵の気配は無い。奴はドロシーに<死与>を数発唱えると、すぐに逃走したようだ。
ピットは必死に臭いを嗅ぐが、駄目だった。
消臭薬を使っているのだろう。
「……おまけに足跡も残していない。祭りの時と一緒だ」
彼ならどこに逃げるだろうか……。
「……おそらく、あっちだ」
俺は彼の行動を予測し、その場所へとテンペストを駆けさせる。
「どうやら正解のようだ。――焦っているな。足跡が消せていないぞ」
追跡されている事が分かったのだろう。
今は、がむしゃらに走っている感じだ。
さらにテンペストを走らせる。
この馬のスピードからは絶対に逃げられないぞ。
――いた。
その男は右手に長剣、左手に短剣を持ち、俺を待ち構えていた。
逃げ切れないと悟ったのだろう。
俺はテンペストを止め、ドロシーと共に地面へと降りる。
「ドロシー、ピットと一緒に後ろにいろ」
「ニル……死なないでよ……」
ドロシーは馬鹿じゃない。何が起きているのかは察しているようだ。
『プルガトリオ師匠……お久しぶりです』
『……師匠だと? フッ、言葉を間違えているぞ……』
プルガトリオ。魔族。俺の暗黒魔法の師だ。
彼からは、暗黒魔法だけでなく、魔族の文化や料理も教わった。
まさか彼と戦う事になるとは……。
いや、そう驚く事でもないか。前の周では味方だった者が、今回は敵という事は、これまでにも度々あった。
『……祭りの日に、俺達に野盗を差し向けたのもあなたですか?』
プルガトリオは何も言わない。
だが、長年の付き合いで分かる。これは肯定だ。
俺達が野盗と戦っている隙を突こうとしたのだろう。
だが、予想を遥かに上回る早さで壊滅させられ、依頼主までバラされそうになったから、口だけ封じて逃走したといったところか。
国王達の暗殺も彼の仕業なのだろうか?
しかし、プルガトリオでも魔力は160。国王達の即死魔法耐性を貫通する事はできない。
彼くらいしか、成し遂げられそうな者はいないのだが……。
『デスグラシア魔王太子暗殺未遂、ドロシー侯爵令嬢殺人未遂の罪で、あなたを捕らえます』
プルガトリオはフッと笑う。
『お前には無理だ』という意味と『私を捕らえる事など不可能だ』という、2つの意味がある。
俺は彼の指先を見た。――指が鳴らされる。
その瞬間、すぐ左に避けた。
背後からの漆黒の槍が、右腕をかすめる。
「<聖雷>」
プルガトリオは、白い稲妻を華麗な側転で避ける。
俺はその隙に距離を詰め、彼に斬り掛かった。
カキンッ!
見事に受け止められてしまう。
プルガトリオは暗黒魔法の使い手でありながら、最上級の技量系剣士でもあるのだ。
彼はバックステップで俺から離れた。
ここで距離を詰めたくなるだろうが、これは罠だ。
1歩先には<闇罠>が仕掛けられている。落ち葉で上手く隠しているので一目では分からない。さすがである。
『ほう……私の戦い方を知っているようだな……』
『ええ、まあ。<聖雷>』
彼はサイドステップで躱しながら、右腕を俺に向けて伸ばしてきた。
――これはマズイ! 俺はバク転で後ろに回避する。
彼が右腕を曲げた瞬間、黒い炎の龍が目の前を焼き尽くす。
冥帝のローブが無い状態では、食らえば即死だ。
『――通訳よ。どうやら決着がついたようだな』
プルガトリオはフッと笑いながら、ドロシーの首に短剣を突き付ける。
俺が<邪炎>を回避する隙を狙い、彼女の背後に回り込んだようだ。
「ニル……私の事はいいわ……こいつを倒してちょうだい……」
『武器を捨て、これを自分の腕に嵌めろ』
プルガトリオは俺の目の前に、囚人用の封魔の手枷を投げた。
『――わかった。彼女には手を出すなよ?』
俺は氷の剣を地面に放り、手枷を拾いながらボソリとつぶやく。
『――<聖罠>発動』
「きゃあっ!?」
ドロシーの背中から、光の柱が放たれ、プルガトリオを弾き飛ばした。
『う……く……』
『……あなたとは長い付き合いだ。そう来ることは読んでいた』
プルガトリオの体の前面は酷い火傷を負っている。
だが、まだ死んではいない。できれば、彼を生きて捕らえたいところだが……。
『がはっ……』
「ひいっ!」
彼は吐血し、動かなくなった。
奥歯の裏に仕込んだ毒で自殺したのだ。
彼がそうする事は分かっていたので、驚きはしない。
「ニル! 見て! 溶けてるわ!」
「ああ、彼は証拠になるものを残さない」
プルガトリオの体は溶けていき、彼の剣と服だけが残った。
「――お嬢様! ご無事ですか!?」
やっと護衛達が到着した。
俺はドロシーと共に馬車へと戻る。
「ニル……助けに来てくれてありがとう……今度こそ、本当にお別れね……」
「いや、俺も君と一緒に行くよ」
「え……?」
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