第81話 クラウディアの企み

「結局、お前の思い通りになったな」


 ルーシーは飄々と何でも思い通りにしてしまうユートを皮肉った。

 翌日に行われた決勝戦は多くの観客が予想したとおり、勇者アリナの圧勝であった。

 羅漢は大けがをしていたが、決勝戦を棄権することはなく、多くの観客を沸かせた。しかし、そんな状態で勇者に勝てるはずがなく、いくつかの見せ場は作ったが、結局はアリナの前に屈服した。

 優勝は勇者アリナ。闘技場すべての人から祝福され、さすが勇者だと賞賛された。


「何を言ってるのですか、ルーシーさん」


 ユートの反応は予想通りである。


「アリナ様は僕の仇を見事に取ってくださいました。さすがはアリナ様。あの強い羅漢さんを3分で倒しました。しかも、アリナ様は瞬殺できたと思うのですが、羅漢さんの名誉を慮って、見せ場も演出しました。なんとお優しいお方でしょう。やはり、アリナ様は女神さまです。この世にいらっしゃるだけで、僕たちのような凡人は感謝をしないといけません……」


 もういつものユートによるアリナを褒めたたえる言葉が続く。

 聞いていると1時間でも2時間でもアリナを崇拝する言葉が続くので、ルーシーはそっとユートの傍を離れた。

 向かったのはもう一人の人間離れした少女もどきの部屋である。

 招待試合を終えた勇者一行は、ここでの休息を終えて大魔王退治に向かう。今日は滞在している城での最後の晩だ。

 クラウディアはあてがわれた付き人専用の部屋にいる。

 ルーシーと相部屋の狭い部屋である。

 ルーシーは足音を立てないように部屋に近づき、そっと少し隙間の空いた扉から中を伺う。

 ユートと羅漢の試合が終わってから、クラウディアは体調が悪いと言って部屋にこもってしまった。

 羅漢とアリナの決勝戦は見ていない。

 部屋の中で机に向かって何か一心不乱に書いている。

 そしてぶつぶつと何か話している。

 誰に話していると言うわけでなく、独り言のようであるが、不気味さ100倍である。


「大魔王を殺す……勇者を殺す……大魔王を殺す……勇者を殺す……」


 耳を澄ますとそんな言葉の連呼が聞こえてくる。ルーシーは思わず足がすくんだ。

 言葉にではない。クラウディアが急に言葉を変えたのだ。


「ルーシー、そこにいるんでしょ。中に入って来るのですわ」


 クラウディアの視線はこちらには向いていない。

 ルーシーは盗賊のスキルを持っている。足音も立てなかったし、気配も消していた。それなのにこの偽少女魔導士はお見通しなのだ。


「き、気づいていたのかよ……」

「当たり前ですわ。そして盗み聞きとは趣味が悪いのですわ」

「別にそんなつもりじゃ……」


 ルーシーは話題を変えようとした。

 何だが、これから良くないことが起こりそうな気になったからだ。


「ルーシー……あなたはクラウのことを疑っているのでしょう」

「え……別にそんなことは……」

「嘘を言わなくていいですわ」


 冷静な声だが、返ってルーシーはごまかすことができないと思った。


「ああ……。あたいはあんたのことを疑っている。あんたが大人しく勇者アリナに従っていることや、ユートに絡んでいるのはおかしいと思っている」


 クラウディアはかくんと頭を下にした。


「くくく……そうね、そうよね。それがまともな人間の正しい判断ですわ」

「あたいはおかしいと思っていたさ。あんたは300年前に自分を見捨てた勇者一行と呪いをかけた大魔王アトゥムスを憎んでいる。その憎しみで今まで生きてきたんだろう。勇者一行も大魔王もいなくなったけれど、その後継者である今の勇者一行と復活するであろう大魔王にはいい感情をもたないはずだ」


 ルーシーは今まで考えてきたことをぶちまけた。

 クラウディアがユートに近づくことはまだ分からない点はあるが、アリナに仕えているのはどう考えても変だ。

 ユートに近づくためとはいえ、嫌いな勇者に仕えるのはおかしい。


「そうしてそう思ったのですか?」

「最初に会った時に、あんたは『勇者』という言葉に反応した。あの時にあんたの表情は尋常じゃなかった。300年前に見捨てた勇者だけではない。勇者全てを否定するような顔だった」

「ふふふ……。あなたはやはりモブではないようですわ。これから始まるわたくしに復讐劇の見届け人となるのですわ」

「ふ、復讐劇だって?」


 ルーシーは驚いた。嫌な予感がするとは思ったが、まさかの復讐とは。


「勇者は許さない。勇者は偽善者ですわ。勇者と名のつくものは全て抹殺するのですわ」

「アリナは関係ないだろう。能天気なお姫様だが、正義を志す善人だ」


 ルーシーもアリナには悪い感情は持っていない。故郷では貧民を助けるために稼いだお金を全て寄付したし、人間を苦しめるモンスターを退治している。

 今も世界を亡ぼす大魔王アトゥムスの復活に際して、それを阻止するために世界中を冒険しているのだ。


「あのお嬢ちゃんには恨みはないですわ。ですが、勇者は偽善者である神が作った傀儡。この世界の悪の片棒ですわ」

「はあ……何を言っているんだよ、クラウ。神様が悪だったら、大魔王は善かよ」

「大魔王も悪に決まっていますわ」

「よく分かんねえよ。それにあんたがユートの近づくのはなぜなんだよ。それだけがよく分からない。確かにあいつはおかしいよ。人間じゃないよ……」


 クラウディアは声高らかに笑い声を上げた。

 またまたルーシーはその豹変ぶりに驚いた。この少女の方が怖い。


「ユート様は人間じゃないわ。人間があんなとんでもないことできるはずがないのですわ」

「そりゃそうだけど……」

「ユート様は大魔王アトゥムスの生まれ変わりですわ」

「はあ?」


 ルーシーは理解できない。あまりにも荒唐無稽な意見だ。


「ユート様は大魔王の転生した姿。そう私が憎しみをぶつけて殺す相手ですわ」


 笑いをやめて急に真顔になったクラウディア。

 ルーシーは恐ろしさに凍り付いた。


「殺すって……無理でしょ!」


 どう考えてもユートを殺すなんて不可能だ。クラウディアであっても無理だとルーシーは思う。


(それに大魔王の生まれ変わりって……。いや、そう考えればつじつまは合う。あんなとんでもない能力は大魔王じゃないと……)

「ええええええええっ!」


 ルーシーは思わず叫んでしまった。

 ユートは大魔王の生まれ変わり。そして今は自分を退治するために世界を旅する勇者の付き人。

 勇者を崇拝し、誠心誠意仕えているのだ。

 大魔王の転生者が勇者に仕える。


(どういう運命なんだよ!)


 そしてその勇者と大魔王を殺そうと虎視眈々と機会をうかがっている300年の恨みで少々壊れかけの大魔導士。

 ルーシーは混乱した。

 そしてルーシーは知らない。

 ユートの口利きで、新たに勇者一行のクエストベースの御者として雇われた羅漢。彼が力を失った7魔王の一人であることを。

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