第80話 羅漢VSウサギ男
準決勝は羅漢にとって待ちに待った対戦であった。
酒場で大恥をかかせてくれたウサギ男を衆人の前で完膚なきまで叩きのめすこと。それが7魔王に名を連ねる者として絶対に果たさないといけない意地であった。
(しかし、あのウサギ野郎。侮ることは絶対にできない)
羅漢は完全勝利のために油断はしないと気を引き締めている。
人間は侮れない。
ダンテと戦った前の試合でまだどこかに人間を馬鹿にしているところがあった羅漢は、完全に本気モードであった。
「最初から50%解放。人間界で発揮できる最大の力でウサギ野郎に勝つ」
魔王である羅漢は人間界では力の50%を制御される。それでもその力は強大だ。ほんの1%解放しただけで普通の人間には勝てるほどだ。
ダンテにとどめを差す時には用心して50%解放して倒したが、30%ぐらいでもよかったと思っている。
「だが、あいつは全力で倒す!」
羅漢はそう叫んだ。
競技場は世紀の対決だと大いに盛り上がっている。
大半の観客の予想は羅漢。
やはり、ダンテとの激戦が効いている。羅漢の強さは本物であると認められていた。
それに比べるとウサギ男の方は、強いと認識されていない。
ここまで苦戦もせず、簡単に勝ってきたことがそう思わせていた。
相手の自滅ではないかという評価だ。
だから、この試合は羅漢の圧倒的な力の前にウサギ男が負けるか、それともここまで勝ち上がってきた真の力を発揮してウサギ男が善戦するかというところが、観客の話題であった。
「ふふふ……やっと戦えるな!」
羅漢はユートに向かって吠える。
すでに50%解放の魔王状態である。気も立って荒い。
「僕もです。あなたをすんなりとアリナ様と戦わせるわけにはいきません」
「アリナか……。ふん。貴様に勝ったら、あの小娘なぞ、一撃で倒してやる。勇者とかなんとか言っているが、1秒ももたないだろう。観客の落胆とブーイングが楽しみだ」
ぴくっとユートは反応した。アリナのことを馬鹿にされると頭に血が上るのだ。
「アリナ様に勝つつもりですか。そうはさせません。この僕が少しでもあなたにダメージを与え、アリナ様が戦いやすくします」
「ほう。今日は殊勝なこと言うではないか」
「僕はただのしがない付き人です。僕にできるのは少しでもアリナ様のお役に立てることです」
「……お前、何を言っている。勇者よりも貴様の方がはるかに強いではないか?」
「はあ?」
きょとんとしているウサギ男。
「あなたは一体何を言っているのですか?」
羅漢も唖然とする。
このウサギ男、あろうことか自分の強さをまったく理解していない。
羅漢が最初から50%解放の全力を出す相手だと言うのに、当の本人は全く自覚していないのだ。
「まあいい。貴様は自分より強い相手を知ることになる」
羅漢は構えた。いつものように素手である。武闘家を自称する羅漢の攻撃は素手。そのパンチ1発でドラゴンの体に穴を空け、蹴り1発で城門を破壊する。
ユートが扮するウサギ男も樫の棒を構えた。
ユートの標準装備である。
「おい、クラウ、あいつ、人間じゃないぞ!」
これから行われるユートと羅漢の試合を見ているルーシーは、魔法の目で羅漢のステータスを見て驚いた。
羅漢 魔王 年齢? 攻撃力SS 防御力SS 体力SS 俊敏力SS 魔法力SS 器用さSS 耐性力SS 知力SS 運SS カリスマSS
オールSSである。しかも職業は魔王。羅漢が自分の力を制御せず、人間界で出せる力を解放しているために明らかになったのである。
「魔王ってなんだよ」
「やっぱりですわ」
クラウディアは最初から分かっていたみたいだ。でも、その表情はルーシーとは対照的である。
「正体が魔王だって、全く問題ないですわ」
クラウディアはそう平然と言った。
その言葉が言い終わらないうちに、羅漢が渾身のパンチをウサギ男に放った。
「うおおおおおおおっ!」
すさまじい突風が羅漢の拳と共に吹き、風下の観客たちの体を動かす。それほどすさまじいパンチである。
が……。観客は羅漢の人間離れした攻撃力に目を見張ると共に、その攻撃力が向けられたウサギ男の姿に思わず口を開けたまま凝視してしまった。
恐らくまともに受ければ、観客席まで飛ばされ、防御魔法で守られているとはいえ、大ケガはまちがいないと思われるすさまじい攻撃だ。
それを……。
「片手で受けてやがる!」
ルーシーも驚いた。魔法の目で見たら羅漢は『魔王』と表示されている。魔王の攻撃をユートは左手で受けたのだ。
さすがにパンチの威力だけでユートの魔法防御力の数値は300から一挙に150まで減っている。
しかし、ユート自身はまったくダメージは受けていない。羅漢の右の拳を左手で受け止めたまま、1ミリも動いていない。
「なかなかやりますね。防御壁が半分になりました」
そうウサギ男ははずんだような声になった。
「でも、この程度ではアリナ様には勝てません」
ポンと今度は左手で羅漢の胸を突いた。
「うおっ!」
羅漢の体が右回転しながら吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられ、転がり、危なく競技場から水の中へ落ちるところであった。
(ぐっ……)
防御壁の数値は20マイナスであったが、それ以上に羅漢の体はダメージを負った。まず、すぐに立てないのである。
ぶるぶると震え、痙攣を起こしている足を叩き、羅漢はなんとか立ち上がった。
「ば、馬鹿な……。50%だぞ、わしの全力だぞ!」
羅漢は今起こっている現実に混乱する。
絶対に瞬殺であった。間違いなく瞬殺であった。
それなのに瞬殺されかかっているのは自分だ。
「この野郎め!」
羅漢は全力攻撃に移る。両こぶし、両足による連続攻撃だ。目にも止まらないパンチとキックの嵐。
しかし……。すべて樫の棒で弾かれる。
そして樫の棒で突かれて、今度は左回りに回転しながら上昇。
そのまま、床に落ちた。床の石が壊れ、羅漢の体の形に凹んだ。
今の羅漢の攻撃でウサギ男の防御壁は残り10となった。
羅漢は10ダメージ受けただけで270残っている。
しかし、どちらが優勢かはだれの目にも明らかである。
(馬鹿な……明らかにウサギ野郎が儂よりも上。ありえない……)
羅漢は悟った。今のままでは勝てない。
(今のままでは……)
羅漢は手に向かって吠えた。
迷いは一切ない。
「限定解除!」
限定解除。
人間界に出た魔族が半分の制御されている己の力を100%引き出す行為。
これを行うと代償を払わないといけない。
それは元の力を取り戻すためには、何十年もの歳月が必要になると言うことだ。わずか3分程度の全力を出すために、この代償は大きい。
しかし羅漢は後悔していない。
今ここで、ウサギ男を倒さなければ、自分の存在意義が失われる。
それは生きていても自分の名誉が死ぬ。屈辱を抱えつつ、この先生きて行くのは苦痛である。
「だから、わしは後悔しない。限定解除でわしの力は最大。これで貴様を倒す!」
羅漢は気合を入れる。
ビリビリと空気が振動し、観客たちに強烈な風圧を浴びせる。あまりの闘気にあてられた人間は思わず吐いてしまうほどだ。
「死ね~っ!」
羅漢は渾身の力で右パンチを繰り出した。
それは闘気によって強大に見え、まるで身長10mを越える大巨人のパンチに等しい威圧感を与える。
しかしウサギ男は微動だにしない。
羅漢は知った。自分よりはるかに大きい大巨人の拳を。
羅漢は天高く舞い上がった。
ウサギ男のアッパーが炸裂し、その勢いで上へと飛んだのだ。
羅漢は空中で白目をむいた。意識が飛んだのである。
10mも空中に打ち上げられ、そして地面に叩きつけられた羅漢はそのまま気を失ったが、防御壁はまだ残っている。数値は80である。
一発のパンチで大逆転したかに見えたウサギ男であったが、羅漢の攻撃にあってられて、数値は0になっていた。
ルール上。羅漢の勝ちである。
しかし、観客の誰もが思った。
真の勝者はウサギ男である。
羅漢はぼこぼこに殴られた顔が2倍に腫れ、さらにあばら骨を4本骨折。両腕も骨折していた。
重傷である。これでは決勝で勇者アリナとまともに戦えるはずはない。
すさまじい戦いに観客は拍手をする。闘技場は割れんばかりの拍手に渦に包まれた。
それは勝ったけれどボコボコになった羅漢の健闘を称える意味と、本当の強さを発揮したけれど、敗者となったウサギ男へと向けられていた。
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