第72話 女騎士の秘策
「ケイト、世の中には超人的な力をもった人間もいる」
「そんな人間がいるの?」
当時は5歳ほどだったケイト。
10歳も離れた兄はケイトに剣の修行を付けてくれた。
「ああ……いるさ。例えば勇者」
「勇者?」
ケイトはこの時、初めて勇者と言う言葉を聞いた。
勇者は大魔王を倒すために神に選ばれた存在。
この世界にほんの数人だけ存在する。
身体能力はもちろん、様々な魔法を使い、人類最強と呼ばれ、人々から賞賛され、そして復活する魔族に対しての人間側の切り札として崇拝される。
「兄さまは強いけど、勇者はもっと強いの?」
「ああ……。俺なんて全く歯が立たないよ」
そうケイトの兄レイノルズは言った。
兄は15歳だが、剣の腕前は町の剣術道場では一番であり、この歳で師範代を任された天才であった。
その天才の兄ですら、勇者にはかなわないとはっきり言った。
「でも……。実戦ではなくて競技……例えば、パンティオンならば戦いようはあるけどな……」
そういって兄ははほほ笑んだ。
競技ならば勝利条件を満たすだけでよい。
勇者を倒す必要はない。
「勇者アリナ、油断したわね!」
3連撃が受け流されたが、ケイトはそう叫んだ。
そうなることは分かっていた。分かっていた上での仕掛けである。
レイピアの攻撃は陽動に過ぎない。
そもそも人間離れした勇者に自分が放った攻撃は見切られるだろう。
「本当の攻撃はこれさ!」
ケイトの左手にはグローブを装着している。
拳に固い金属を埋め込んだ攻撃用のグローブだ。
右手の剣に意識が集中していたアリナの死角から左による攻撃をぶちかます。
(入ったあ~っつ)
確かな手ごたえを感じる。
強烈なボディブローが決まり、アリナの防御壁を削った感触を得た。
「ケイトさん……やるわね」
「うっ……」
ケイトは自分の左拳を見た。
手ごたえを感じたのは1発だけ。あと2発の正拳はアリナの手のひら。
拳全体をアリナは手で受け止めていたのだ。
アリナの防御壁の数値を見る。
270と出ていた。1発撃ち込んだ攻撃で30ポイントのダメージを与えたようだ。
(たった30ポイント……)
「うっ!」
自分の体が吹き飛ぶ。地面に転がっていく。
とっさに受け身を取ったが、ダメージは100を超えた。
アリナも左手による殴打をしたのだ。
(左手の殴打一撃だけで、このダメージ……。私のは30だというのに。受け身を取らねば半分は削られていた……)
ケイトの頭上に表示される数値は195となった。
「私から30ポイント取るとは、さすが騎士だけのことはあるわ」
アリナはそう言ってにんまりとした。
年下の生意気な女子の言葉と思えば腹が立つが、アリナは勇者で実力は天とと地の差がある。
そしてアリナには悪気がない。無邪気な心が言わせる台詞だ。
「そうよ、王国の騎士だからこそ、無様な負けはできない」
ケイトは再び剣を構えた。そして考えを巡らせる。
(勇者の反撃は想定内だった……。もう少しダメージを与えると思っていたけど、まあいいわ……。これも想定の範囲内)
ケイトは再びアリナの一瞬で距離を詰めて来る攻撃をレイピアで防ぎ、何とか踏みとどまる。
(収穫なのは勇者の死角から攻撃すれば、1度だけはダメージを与えられるということ。勇者と言えど、無敵じゃないことは分かった)
「くっ!」
アリナの攻撃を捌ききれず、ケイトの残り数値は100を切った。
このままでは徐々にアリナに押されて負けが決定されてしまう。
アリナは一撃で大ダメージを与えることもできるのに、それをしようとはしない。
観客に戦いを長くもてもらおうという気持ちがあるのであろう。
(それが彼女の油断……。こちらはそれを利用して一発で0にする)
ケイトには勝つための作戦があった。
それは自分の騎士人生すべてをかけたものであった。
(勇者アリナ……神に選ばれた存在。豊かな才能……そして恵まれた環境……。あなたは私にないものをすべてもっている……。私には何もない……)
ケイトは勝利への最初の1手を放つ。
「私にあるのは努力……絶え間ない努力だけ……。加速!」
ケイトは自分の動きを2倍にする強化魔法を唱えた。
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