第69話 赤い悪魔

 意外な展開とアケボーとネロと比べてもギャップのあるキャラに、観客たちは盛り上がる。


「なんだい、お嬢ちゃん。これはお嬢ちゃんには辛くて無理だよ。お子様ランチの大食い対決はあっちの方の店ダス」


 アケボーもこの小さな可愛らしい出場希望者に、そうやって茶化した。

 観客も迎合して笑う。


「ふん。おデブなおじさん、馬鹿にするとやけどをするですわ」


 腰に手を当てて少し体を前に傾け、見上げるように挑発するクラウディアのは可愛らしい。

 また、口から出た挑発とのギャップでまたまた観客は盛り上がる。みんな酔っぱらっているので、このおかしな展開を面白がっているのだ。


「強気なお嬢ちゃんダス。いいダス。二人ともこのアケボーが叩き潰すダス!」


 アケボーはそういうと店の者に合図した。

 激辛香辛料がたっぷりしみ込んだ地獄の唐揚げが山になって運ばれてくる。


「よし、勝負開始!」


 合図とともに大食い対決が始まる。

 しかも激辛料理の対決だ。

『地獄チキン悶絶』は完食したら金貨五枚ももらえるという破格な賞金だけあって、これまで誰も成功したものはいない。

 まず量が半端ない。

 総重量は6kgにも及ぶ。しかも肉は胸肉。

 脂っこさはないが、肉がぱさぱさで胸に詰まる。

 胃にずっしりと来るのだ。

 そして普通の人間なら一口でギブアップしてしまうという辛さである。


「うごっ!」


 一口目をアケボーがかぶりつく。

 すさまじい辛さが襲うがアケボーは顔を真っ赤にして咀嚼する。

 ひと噛み、ふた噛みで飲み込む。

 真っ赤なたれが口の周りにつき、その肌を焼く。すさまじい痛さである。


「ぐはああああっ~」


 口から火を吐くようにアケボーが熱い息を噴出した。

 目から涙が出ている。


「から~いダス!」


 先ほどの強気発言から一転した情けない声に観客たちは大笑いする。

 しかし、これをアケボーは狙っていた。

 リアクションで受ければ自分の人気も回復する。

 アケボーは『押し相撲』チャンピオンの肩書はあったが、その強さともに笑いも取れるおデブ芸人の面ももっていたのである。

 無様な結果で地に落ちた自分の人気を復活させたいと思っていた。

 ネロは自分の踏み台にするにはもってこいの人物である。

 誰が見ても弱そうな腰抜けへたれキャラ。

 それなのになぜかパンティオンのベスト8出場者という今の立場。

 だから人はやっかみ、その醜態を笑う。

 アケボーのリアクションは自分を落とすだけに、それより情けないのがいると返って自分が引き立つ。

 それを狙ったアケボーの計算高い勝負なのだ。


「ゲホゲホゲホ……」


 アケボーの狙い通り、一口目を口に入れたネロは無様に吐き出し、涙と鼻汁でべとべとになった。

 それを周りが笑う。冷静に考えれば、気の毒になってしまうはずだが、酔い客たちはそこまで気が回らない。

 その滑稽な姿を嘲り、笑い飛ばす。アケボーは目の前の激辛料理と格闘しつつ、小さな復讐の成功に満足した。

 しかしアケボーは一緒に参加したクラウディアのことを、単なるお飾りマスコットと決めつけたのは軽率であった。

 クラウディアは小さな口を細かく動かして、この激辛唐揚げを食べる。

 辛味を感じないのか、表情は変わらない。

 一筋の汗すら顔から流れていないのだ。

 最初の唐揚げだけで滝のような汗をかいているアケボーとネロとは対照的で、味方によっては不気味でもあった。


「ゲホゲホゲホ……」


 あまりの辛さにネロはむせて苦しむ。

 周りの心ない嘲りに心が折れそうでもあったが、それでもネロは勝負を投げ出さなかった。

 彼の両肩には村人たちがいる。

 ここで投げだしたら自分はここまでだと諦めてしまうだろう。

 奇跡的に勝ち残っているのは、自分の力だけではないことは十分承知している。

 だからこそ、この理不尽な状況でも逃げ出さずに立ち向かうべきだとネロは思った。


(負けてもいいっぺ。どんなに無様で情けなくてもいいっぺ。でも、オラは逃げないだっぺ!)


 焼かれるような辛さで喉に痛みが走り、涙と鼻水が止まらないが、ネロは食べ続けた。

 量的にもかなりきつい。

 ネロはこの3か月、十分な食事ができず、胃袋は小さくなっているのだ。

 それでも必死に食らいついた。

 その必死さにやがて観客たちは、馬鹿にした笑いから声援へと徐々に変化させていく。

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