第5話 勇者と付き人の日常

 勇者の付き人、ユート少年の朝は忙しい。日の出とともに起きると身支度を整え、すぐに朝食の準備。

 彼が敬愛し、尊敬し、崇拝している主人に粗末なものは食べさせられない。

 旅先がどんな場所でも、新鮮野菜のサラダにチーズ。薫り高いコンポタージュに焼きたてパン。そして、自家製のハムと取れたて卵の目玉焼き。搾りたての果実ジュースをテーブルにセットする。

 勇者パーティのために食事の用意をする。それは付き人の仕事の一部である。それを成し遂げるためにユートは努力を惜しまない。

 今日も材料を集め、料理を作り、馬車を止めた野原にテーブルをセッティングしている。

 準備ができたところで主人を起こしに行く。彼の主人は寝起きが悪い。下手な起こし方をすれば、寝ぼけながらの高レベル火炎魔法でローストされてしまうのだ。

よって、ユートは主人を起こす用に耐火煉瓦を薄く張った盾をもってそろりそろりと近づくのが毎朝の日課だ。


「アリナ様、朝ですよ……そろそろ起きてください……」


 まずはそう扉の外で呼びかける。無論、これでアリナが起きることは100%ないのであるが、いきなり主人の部屋に入らないのが付き人のマナーなのだ。


「アリナ様、入りますよ」


 そーっとドアを開くユート。ドアの音を立てないのは不快な音で主人の眠りを中断させないため。

 起こすと言ってもその眼ざめは、常に心地よいものでなくていけないのだ。

 ユートが近づくと勇者アリナはベッドで寝ている。

 その姿は大貴族の令嬢とは思えない寝相の悪さの結果を示していた。寝間着はめくれあがり下着がもろみえの、それこそあられもない姿。

 だが、ユートはそんなアリナの姿を見ると膝まずいて両手を合わせて、天に祈りを捧げる。


「ああ……今日もお美しい姿。僕にはもったいない高貴なお姿を見せてくださるとは……ああ……アリナ様。僕は幸せです~」

「う……う~ん」


 寝返りをうつアリナ。でも、まだ目を覚まそうとする気はなさそうだ。

 祈っていても次の準備に弊害が起きそうなので、ユートはそっと立ち上がり、ベッドに向かって歩いた。

 そして、そっと主人のよく整った鼻をつんつんと突っつく。


「アリナ様、朝ですよ。起きてください」

「う~ん……まだ眠い……」

「アリナ様、昨晩は遅くまでカードゲームをしているからですよ」

「う~ん……あと…5分……」

「アリナ様、昨日、6時に起こせと命令なさいましたが……」

「はうううううっ……爆……烈……」


 二度寝に陥った勇者は、寝言で唱えてはいけない高度な火炎魔法を唱えた。

 それは1千度まで上昇した炎の塊をターゲットに投げつける第4位階の魔法。

高度な攻撃魔法を無詠唱で唱えられる勇者の力がなせる業だ。

 勇者には自動防御システムなるものが体に備わっている。

 これは睡眠中のような無防備な時、自分よりも危険な相手が近づくと自動的に攻撃魔法を唱えるのだ。

 慌ててユートは手にした盾で身を守る。命中した物体を破壊し、完全に焼き尽くす凶悪な炎の塊は盾に当たってはじけて消えてしまった。


「ふう~。アリナ様、僕は危険な相手じゃないですよ。一般人に向けて危険な魔法を唱えないでくださいよ。危なく少しやけどをしてしまいそうになりました」


 普通の人間なら、軽く消し炭になるような出来事である。

 しかし、何事もなかったように付き人の少年は再び勇者を起こす。


「アリナ様、起きてください。お召し物をお持ちしました」

「う、う~ん」


 やっと小さく背伸びをした女勇者は体を起こした。まだ未成熟な体ではあるが、女の子らしいシルエットが美しく躍動する。


「アリナ様、お召し物をお持ちしました」


 ユートはそんな勇者の麗しい姿には目もくれず、機械的に次の行動に移る。 

ぞっと主人の着る服をベッドに置く。ブラウスにスカートとゆったりとした服だ。そして、今着ているスケスケのネグリジェをそっと脱がす。


(ああ……なんて美しいのだ。アリナ様は女神様。真の女神様。その美しさに誰もが賞賛して、そして崇めるに違いない)


 ユートは少年だが、主人の裸を見ても恥ずかしいという感情は一切湧かない。

 恥ずかしいと思うことは、主人を異性として意識すると言うことである。

 確かに主人は美少女であり、男子なら興味をもっても仕方がない容姿ではあるが、ユートは微動だにしない。

 そうユートにとって、勇者アリナは不可侵の女神なのである。

 あまりに神々しくて、ただひれ伏し、仕えるのみ。絶対服従の姿勢なのである。だから、目の前の美少女に邪な心など一片もない。

 そんな邪な心など起こりうるはずがないのだ。

 ユートの中の敬愛の念。目の前の神々しい女神さまへの敬愛の念が邪心を浄化の炎で焼き払ってしまうのだ。

 そんな邪念が一切ない少年に身をゆだねる勇者。

 こちらも羞恥心など一切ない。半裸に近い姿であっても、機械的に手を上げ、足を上げて着替えさせてもらっている。

 ユートはてきぱきと主人の着替えを終える。

 この頃になると、勇者アリナも本格的に目覚める。

 寝間着を折りたたみ終え、アリナが無意識のうちに出した右手にユートは次のアイテムを持たせる。

 それは歯ブラシ。既に歯磨き粉もスタンバイしてある。

 シャコシャコシャコ……。歯を一通り磨くとタイミング行くコップが差し出される。

 口をゆすいでこれまた絶妙なタイミングで差し出された壷にそれを吐き出す。コップと歯ブラシをすぐに回収するユート。


「はい、アリナ様」


 ユートは熱く蒸されたタオルを差し出す。それを目に当てるアリナ。


「ふああああああ~。気持ちいい」


 顔に当てて一気に目が覚めたアリナ。

 蒸しタオルをユートに渡すと、それと引き換えにクリームの入った小瓶がテーブルに置かれる。それは薬草で作ったフェイスクリーム。

 お肌に潤いと艶を与えるとともに、日焼けからアリナの若い肌を守る役目をする。


「はい、アリナ様、目を閉じてください。クリームをすり込み、アリナ様の穢れなき肌を保護したします」


 ユートは人差し指と中指でクリームを取るとちょんちょんとアリナの顔に塗る。そして両手の手のひらで優しくマッサージをするように伸ばしていく。


「ああ~。この毎朝のマッサージ効くのよね~」


 あまりの気持ちよさに目を閉じるアリナ。ユートのマッサージはあまりにも気持ちよく、思わずまた寝てしまいそうになる。


「アリナ様、起きてください。今日はとてもよいお天気です。朝食は外に用意させていただきました」


 そう言うとユートは部屋のドアを開ける。

 それは外につながる扉。部屋と思われたのは馬車の中であった。

 勇者パーティが使う移動馬車。移動手段は馬ではない。普通の馬ではこの電車のように5つも連結された車体を引くのは無理である。

 よって、引いているのは竜である。地竜(グランド・ドラゴン)と呼ばれる小型のドラゴンである。1頭で馬10頭に匹敵する力をもち、移動速度も馬並み。それでいて草食というモンスターである。

 飼いならして移動の動力にすることは難しいが、一端、人間への忠誠心を抱くととことん従う従順な面もある。


「はあ~、気持ちいい。今朝もいい天気のようね」


 アリナはすがすがしい朝の空気を吸い込むと、美味しそうな湯気を立てているいつもの朝食に満足そうに眺めた。

 ユートが椅子を引くと、アリナは当然のように座る。いつものルーティンである。

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