世界最強なのにまったく自分が分かっていない付き人少年の話

九重七六八

0章 プロローグ

第1話 はじまり 人食い巨人と付き人少年

 森の巨人は目の前の屍を眺め、高々と笑い声を上げた。

 20の屍が足元に重なっている。すべて、自分を倒しに来た冒険者たちのなれの果てだ。

 戦いを振り返ってみれば、人間にしてはなかなか手強かった。

装備は一級品で剣や槍の攻撃技もかなりのもの。

そして攻撃魔法を使える魔術師に回復や支援魔法を使える神官までいた。

弓矢による遠距離攻撃する者もいて、なかなか楽しませてくれた。


(だが、魔王軍の中でも一軍を与えられた将軍であったこのわしだ。この程度の討伐軍では傷一つさえも付けることは不可能だ)


 巨人の名前は『ウラヌス』。

 300年前の大魔王軍の第7軍団下で1万の魔族を率いる将軍であった。

 勇者によって大魔王が倒され、ウラヌスも敗軍の将となって流浪した。そしてたどり着いたこの森を住処にしたのだ。

 それから300年。大魔王を倒した勇者は死んだが、ウラヌスの力はそのままであった。

 ニンフの森を支配し、森に立ち入る者は容赦なく殺した。貢ぎ物を捧げ、自分を神として祀った者には恩恵を与えた。

 しばらくは何もなく平穏であった。

 しかし、300年も経つと人間は増長し、この森も開発のために足を踏み入れるものが出て来た。

 この森を含む地を領地にもらった貴族は、ウラヌスを討伐するために何度も腕利きの冒険者を送り込んで来た。

 そのたびにウラヌスは容赦なく殺した。ウラヌスのもつ鋼鉄の戦斧は、長さが10mを越える巨大なもの。

 これで薙ぎ払えば、人間の重戦士はみんな吹き飛んだ。攻撃魔法もウラヌスには無効化の能力があった。よほど魔力の高い術者の魔法でなければ、ほぼ無効化できた。

 目の前に転がっている死体共も、そんなウラヌスの能力を低く見積もり、そして己の力を過信して挑んで来た者たちの変わり果てた姿だ。


(結果はいつも同じ。屍が積もるのみ……)


 ウラヌスは腰を下ろした。疲れたわけではない。

 この長い年月、暇で仕方がない。こうやって戦いに挑んでくる人間はある意味、よい暇つぶしであった。


「そういえば、光の勇者がこの森にやって来るという話だった」


 戦いの最中、巨大な手で鋼鉄の鎧ごと握りつぶそうとした時に、苦し紛れに人間の戦士がそんなことを言っていた。


「この巨人野郎。今は勝ち誇るがよい。だが、明日にでも勇者様がここにやって来る。勇者様ならお前を退治できる」

「勇者だと……」


 ウラヌスは面白いと思った。

 その光の勇者やらという一党は、自分を退治するために来るのではなく、森の先の洞窟に用事があるという。

 その洞窟には巨大な狼の魔獣がいる。ウラヌスも知っている奴だ。

 その洞窟には、魔界のゲートを出現させる封印があり、その魔獣はそれを守っているのだ。


「このわしを倒しに来るのではなく、洞窟に行く途中だと。馬鹿にするではないか。勇者とやら、絶対に後悔させてやる!」


 ウラヌスは吠えた。地響きが森中に伝わっていく。木々から鳥たちが多数飛び出した。


「ところで、先ほどから気になっているのだが……お前は誰だ?」


 ウラヌスは改めて地面を見下ろす。冒険者をすべて屍の山にした時にふらりと現れた人間の子供である。

 野草の入った竹籠を背負った人間の子供が何事もなく、野草探しをしているのだ。さらさらの黒髪の長めの前髪は、片方の目を少し隠している。ほっそりとして儚げな容貌の少年である。

 山に入るにはふさわしくない格好だ。パーティでグラスでも運んでいそうな上質なシャツに上着。赤いネクタイリボンにポケットには真っ白なハンカチーフまで差している。そして少年らしく半ズボンに靴下革靴という格好である。

 ここは森の中でも少し開けた場所。巨大な体躯を誇るウラヌスの恐ろしげな姿も、その前に敗れ去った冒険者の死体の山も目に入っているはずだ。

 その子どもは通りかかりのおっさんにでも話すかのような口調で口を開いた。


「ぼくは、ただのしがない付き人です」

「付き人だと?」


 自分を恐れない態度にも驚いたが、付き人という自己紹介にも開いた口がふさがらない。


「はい、勇者アリナ様にお仕えしています」

「ゆ、勇者だと!」


 ウラヌスは思わず『勇者』という言葉に反応してしまった。そして先ほど握りつぶした戦士の言葉を思い出した。勇者アリナと言えば、光の勇者と呼ばれる者である。


「ふうう……。す~っつ。はああああっ~」


 ウラヌスは深呼吸して早鐘を打つ心臓を抑えた。


「それでその勇者の付き人というお前は先ほどから何をしているのだ?」


 ウラヌスは勇者という言葉の響きと、その付き人である少年の行動が結びつかない。


(どうしてこうも平然としている。なぜ竹籠を背負っているのだ!)


 心は今でも穏やかではないが、それでも冷静を装った。


「あ、ああ。気になさらずに。アリナ様の今晩のディナーに使うハーブを採っているだけですから」


 その少年は平然とそう答えた。実に平然とだ。この答えにウラヌスの冷静さを装うスイッチが軽く爆発して壊れた。


「はあああああああああああ~ん!?」


 ウラヌスは大声で聞き返した。その大声で森の木々が揺れ動く。

 それでも少年は平然とウラヌスを見るでもなく、野草を摘んでいる。


「小僧、馬鹿にするなよ。わしは森の巨人。人食い巨人だ。お前のような人間の子供は大好物だぞ」


 そうウラヌスは脅した。口をわざとあけて、鋭い歯を見せつける。

 確かにウラヌスは人食い巨人と言われている。しかし、実際に食っても大してうまくない人間を食うことはない。あくまでも人間の子供をビビらせるためだ。


「へえ……そうなんですか。それはすごいですね。でも、忙しいので黙っていてください」


 ぴしゃりと少年は言った。相変わらず、ウラヌスの方を見ない。


(あ、あ、あ、ありえねえええええっ~。このガキ!)


 ウラヌスは馬鹿にされたと思った。だが、冷静に考えるとこの子供、もしかしたら頭が悪く、今の状況を理解できていないに違いないと仮説を立てることにした。だから、もう一度、馬鹿でも分かるように話した。


「いいかよく聞け。この森はわしのものだ。わしが300年間ずっと支配しているのだ。だから、わしの許可なくものを盗るな!」


 しかし、子どもは「ぷっ」と噴出した。にやにやしている。


「何を言っているのですか。この森の領主様には許可を得ています。あなたこそ、森番にしては態度が悪いですね。もしかしたら、ここに勝手に住み着いたホームレスの人?」

「ホ、ホームレスだと~っ!」


 巨人はこの子どもの頭が悪いわけではないと知った。受け答えが微妙にかみ合っていないが、話している内容はレベルが高……いと思われる。


(となれば、単にわしを侮っている愚か人間に過ぎない!)

「貴様、改めて断言する。この森の主はわしだ。わしの許可を得ないで野草を採るなど、その罪は万死に値する!」


 ウラヌスには慈悲はない。手にした巨大な戦斧を振り上げた。これでこの人間の子供を一撃で潰す。ただそれだけだ。


「死ねや、クソガキ!」


 振り下ろしたウラヌスは信じられない光景を目にする。

 戦斧が手で払い除けられたのだ。

 バランスを崩してウラヌスは転倒した。地響きが起こり、木々が激しく揺れた。


「邪魔をしないでください。それに嘘は言わないでくださいね。この森はドゥケイン伯爵様の領地です。先ほども言いましたが、伯爵様からは許可をいただいています」


 平然と少年は答えた。

 ウラヌスは怒りに震える手を地面について起き上がった。


(馬鹿な……どういうことだ。このわしが転倒するなどと……)


 地面に転がされたのは実に300年ぶりだ。攻撃を喰らって片膝さえ、この300年に着いたことさえない。

 どうやって、この少年が自分の振り下ろした巨大な戦斧を払いのけ、自分を地面に転がしたのか理解ができない。


(そ、そうか、魔法だ。なにか魔法を使ったに違いない)


 ウラヌスはそう判断した。そうでなければ、今の出来事はありえない。こんな小さな子供に転がされたなどとは、元魔界軍の将軍としては屈辱でしかない。


「貴様が魔法を使うのなら、わしも使おう」


 ウラヌスは呪文を唱えだした。自分が使える最上級の魔法だ。

 巨大な火の玉が突き出した両手の前に現れる。


「ウダワ、エダウ、エルドガル……太古より破壊の象徴たる火よ。今、顕現してすべてを焼き尽くせ、火炎弾(えんだん)!」


 第3位階に相当する『火炎弾』の魔法である。この魔法は術者の魔力によって大きさが決まる。ウラヌスが出現させたのは、直径が10mもある巨大なものだ。


「これで骨まで燃えてしまえ、小僧!」


 ウラヌスは少年めがけて、その巨大な炎の玉を投げた。


「もう、野草が焼けてしまうじゃないですか!」


 投げた火の玉は少年が軽く右手ではらった。信じられないことにたったそれだけで進行方向のベクトルを変えた。それはウラヌスの方へと向かって来る。


「ば、馬鹿な……なぜ、わしの方に……」


 森の巨人ウラヌスには、魔法無効化の能力がある。しかし、唱えたのは魔力が高い自分。無効化はできない。

 そしてその火炎玉はなぜか、ウラヌスの放ったものの2倍の大きさになって返ってきたのだ。


「うぎゃあああああああああっ~」


 ウラヌスは自ら放った火炎玉の魔法で焼け死んだ。

 少年は何事もなかったようにハーブ摘みを続ける。

 今、カウンターで凶暴な巨人を倒したことさえ、意識をしていないようだ。


「はあ、やっと終わった。これでアリナ様のお夕食に出すシチューの材料が集まった。よかった、間に合って。あの怒っていた自称森番の人はどうしたかなあ。まあ、あとで伯爵にお仕置きをしてもらおうっと……」


 そう言って少年は森を後にした。


 少年の名はユート。

 光の勇者アリナに仕える『ただのしがない付き人』である。

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