04

4月18日

絵だ。あの絵が良くなかったのだ。

前から、私は玲奈の言葉に何か引っ掛かりを覚えていた。

玲奈の話す状況が、俊介の描いた”あの絵”と一致していること、これこそが違和感の正体だったのだ。

緑の開けた大地に、一人の少女が泣きながら座り込んでいる。


壁の向こうにある草原は牧場。そこに佇む一人の少女は、由美ちゃん。泣いているのは、そこで一人になってしまったため。


奇妙な一致が、重なり過ぎている。


泣き声に関しては、正行が寝ている時にそのような声を耳にしたという。

正行の寝室は、玲奈の寝室の隣にあたる。

”壁を挟んだ”隣の部屋だ。


俊介の絵には、少し気を張っておく必要があるのかもしれない。


4月19日

今日は玲奈が退院した。暫く精神の不安定な状態が続き、入院が長引いてしまったが、今は特に問題なさそうだ。だが、やはり私から見ていると、その表情には翳りがあるように思えた。何かに怯えているような。


玲奈の寝室をどうしたものか、と考えあぐねていると、玲奈は意外にも部屋はそのままで良いというのだ。他でもない本人の希望なので、却下することはしなかったが、心配ではある。


4月22日

今日は俊介の部屋に入った。あの子は絵を自分の部屋に保管している。

部屋には、たくさんの絵が描かれた紙が丁寧に置かれていた。

どれもあの嫌な感じのする絵だった。妙に写実的な、絵。

私は丁重にそれらを見ていった。


黒い塊が紙一面を埋め尽くした絵。

あれは、まさにあの時台所で見たあの黒い塊そのものだった。俊介にあの台所の件は伝えていない。となると、本人が見たのか、或いは…ということになってくる。


この洋館の外観が描かれた絵。窓には、二階にうっすらと黒い影が描きこまれていた。これは、俊介が見たと言っていた影だろうか。バルコニーにも、黒い翳りが生まれていた。濃淡なのかもしれないが。


浴室と思しき場所に、どさりと人が横たわっている絵。傍には、どこかで見たような腕時計が記されていた。


あの牧場を描いた絵は多くの枚数があった。牧場は決まって誰かが一人だけ描かれているのだった。大柄な男性が描かれていることもあれば、少年が描かれていることもあったし、年を取った老婦が佇んでいることもあった。ただ、それれはあくまでもぼんやりと絵にされているため、具体的に誰を示しているのかは検討もつかない。


そして、例の少女の絵も見つけたが、あの絵は加筆されていたのだ。泣いていた筈の少女は、悲しい表情ではなく、明るい表情になっていた。笑顔、というべきだろうか。


他にも、大きなドアに手がかざされている絵。洋館の門前に立ち尽くす男の絵。

現実と怪しくリンクする絵もあれば、見当もつかない絵もある。

一体俊介は何を思ってあれを描いているのだろうか。


最も気に掛かったのは、これまた牧場の絵なのだが、少女が二人で楽しそうに遊んでいるのだ。特徴から察するに、一人は”例の絵”に描かれていた女の子と似ている。もう一人は、すらっとした体型に、ポニーテールらしきものが付けられている。ぼんやりとした絵だったが、私は本能的にそれを玲奈と認識してしまっていた。


まさか。

って、そんな訳ないか。


とにかく、これ以上俊介の絵は見ないようにするべきだろう。


4月24日

妙な物音や気配が、どうにも多くなっている。

ガサガサっと這いまわるような音。パタパタ、と爪を立てるような音。

家の外に誰かがいるかもしれない、という根拠のない気配。

誰かがこちらを見ているような、感覚もする。


4月25日

玲奈はあの遊びをまだ続けているようだ。

そして、あのメグちゃんが最近言いつけをこっそり破って、柵を超えて玲奈の部屋に来てくれるのだという。

それとなく由美ちゃんのことを問うと、壁の向こうで楽しく遊んでいるよ、と言っていた。


最近の玲奈は明るい。


4月27日

昨夜、寝ていると、ドアを何度もノックされた。怖くて堪らなかった。

今朝は正行がバルコニーに人のような影を見た、と言った。


私は少し疲れている。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る