03
4月13日
少し玲奈の様子が気になる。最近、あまり自分の部屋に入ろうとしない。壁のお友達の話も、あまりしなくなった。
それとなくあのお友達は最近どうなの、と訊いてみると、玲奈とおしゃべりしてくれなくなった、おかしくなっちゃった、と説明した。気にすることはないよ、と声は掛けたが、あまり響いていなさそうだ。
4月14日
昨夜、この日記を書き終えた後に妙なことがあった。一階からパタパタという音が聞こえたので、気になって見に行くと、黒い塊のようなものがキッチンに置かれており、それがぐにゃぐにゃと蠢いているのだった。思わず悲鳴を上げてしまったが、その塊はいつの間にか姿を消していた。
あれは何だったのだろうか。
一瞬はゴキブリかとも考えたが、それは違う。何かノソノソと動いていたのは確かだが、あれはゴキブリではない。そもそも生き物だったのだろうか。余りの気持ち悪さにまじまじと見ることは出来なかった為、あくまでもあいまいな感覚なのだが。黒い塊、としか言いようがないのだ。本当に気味が悪かった。
正行はのそのそと背中を曲げながら様子を見に来た。見間違いか何かだろうと解釈し、目をこすって寝室に引き返した。私も、現物が残っていない以上はあまり自信が持てないので、台所を一通り水拭きして就寝することにした。
4月16日
昨日は色々なことがあってこれを書けなかった。
順を追って説明すると、まず、学校帰りに玲奈が由美ちゃんを連れて来たのだ。この家に来た時から、態度が少しぎこちなかったのを覚えている。玲奈は居間で遊びたがったが、今日は客が来ていたので、少し躊躇った後に、玲奈の部屋で遊ぶことになった。
客が帰った後、17時を回っても降りてこない二人を心配して部屋を見に行くと、玲奈が呆然と座りこんでいるのだった。由美ちゃんの姿はない。
由美ちゃんはどうしたの、と訊いても玲奈は上の空で、放心状態といった様子だった。ひとまず家を捜索したが、由美ちゃんがいなかった。
玲奈に詳しく話を聞いてあげても。いつまで経っても玲奈はぽかんとしているだけで、最後は、壁、とだけ言って倒れてしまったのだ。
玲奈は救急車で運ばれ、一連の放心や気絶はショックによるものだと言われた。しばらく安静にしてから、事情を訊くのが良いだろうという話に最後はまとまった。
それにしても、あの子はどこに行ってしまったのだろうか。私は玄関の横の居間で客と話をしていたから、玄関に出入りがあれば気が付くはずなのだ。しかし、私の見ていた限りでは、玄関を出る気配はおろか、階段を降りる気配さえもなかったのだ。
私の視線をかいくぐって、というのなら話は別だが、普通に考えれば由美ちゃんはこの家の二階から出ていないはずなのだ。というより、窓からでも出ない限り、この家の外に出るのは不可能なのだ。
この家で、あの子は消えてしまった。そう考えるしかないのだ。
4月17日
玲奈は順調に回復している。
玲奈にゆっくりと話を聞いていると、徐々にその輪郭が掴めてきたのだった。
玲奈の言い分はこうだった。
遊んでいると、いきなり壁の向こうにいた人(もう玲奈は友達とはみなしていないらしい)が、手を伸ばして壁を飛び越え、由美ちゃんを壁の中に引きずり込んだのだという。
勿論娘のことは信じたいし、玲奈はそもそも人に嘘をつくような子ではない。受け答えをしている間も、嘘をついていると思わせるような素振りは見られなかった。
しかし、内容が余りにも突飛で、非科学的であるため、流石に全てを信じるのは難しい。
だが、ある意味で私は考えたのだ。
あの日、由美ちゃんは外だけでなく、一階に降りることさえなかった。行動範囲は二階だけ。窓から飛び降りたのでもなく、どこかに隠しているのでもないのなら、”壁の中ぐらいしか家から姿を消せ方法はない、と。
少々突飛な考えではあるのだが。
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